第44話 迷子の

 シャーロットはさっそく表に出ていくと、スグサマ標的である見張りの元へと向かっていく。見張りの男はシャーロットの存在に気が付くと、すぐさま不躾な視線を向けた。


「ねね、お兄さん?」

「ああ、どうしたんだい?」


 下心を隠す素振りすらなく、見張りをしていた男は鼻の下を伸ばしながらシャーロットの姿を凝視した。


「ねぇ、私も少しお金が欲しいんだよねぇ」

「そーだよなー。でも、どうしようかなぁ」


 ボロのローブをはだけさせ、自分の体に密着するボディースーツを披露する。アンやサツキと比較すれば劣るが、それでもシャーロットは美少女である。

 口では興味のないそぶりを見せているが、その視線はシャーロットの胸元と下半身を世話しなく往復している。


「そっかぁ、じゃあ別のお兄さんに行こうかな」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。大丈夫だから、ちゃんと相手してあげるからさぁ」

「ほんと?」


 慌ててシャーロットの手を両手で握りしめて引きとどめる。必死な様がとても情けなく見えるが、結局男なんてそんなもの。

 心の中で微笑みながら、シャーロットは嬉しそうに男の手を引っ張って路地裏に引きずり込んだ。


「それで?いくら払えばいいの?」

「え?簡単だよ?私が欲しいのは、あなたの命なの」

「えっ………」


 男が驚きの声を上げた瞬間、男の手足はばらばらに切り裂かれて地べたに転がり落ちた。


「ひぎぃ……んーーー!!」

「もう、騒いだらだめでしょ?」


 急激に襲い掛かる激痛に悲鳴を上げた瞬間、シャーロットはのどを破壊することで声が出るのを防いだ。そのまま口元にナイフを添えると、小さく口元を切りつける。


「っ!!」

「あはは、悲鳴すら上げられないなんて可哀そうだねぇ」


 血をまき散らしながら必死に足掻く男をナイフで突きながら、シャーロットは愉快そうにその姿を見つめる。血の海が広がり、初めは滝のように溢れ出ていた血が少しだけ落ち着きを見せるころには、男はすでに物言わぬ人形とかしていた。


「あーあ、思ったよりも早く死んだかぁ。でも、一回目の人間なんてこんなもんだよねぇ」


 死ぬまでジーっとその姿を見つめていたシャーロットだが、死んだと判断するや否や、すぐに興味をなくした。ゴミを見るような視線をその死体に向けて、最後はきれいに首を刎ねてからその場を後にした。




 この後、僅か20分ほどの間に30人もの両手両足がバラバラに分解され、喉が潰された変死体が作り上げられることになる。しかし、その事実が明らかになるのは、すべての出来事が終了し、この館がスラム街に取り込まれてからのことであった。


 すべてが終わるまで、誰もその事実には気が付かなかった。





「ねぇ、瀬名様?」

「なに?」

「はじめは100人程度だった筈の兵士たちがなんでこんなに増えてるの?私、この三日間で100人以上殺したと思うよ?」


 シャーロットのいうことはもっともで、当初は100人程度殺せば終わるはずだった。しかし、シャーロットと瀬名の両名が殺した人間の数はすでに100人を超えている。


「俺たちが初めに把握できていたのは表の守備と警護だけだった。それに、避難している人間もいつの間にか買収されているようだよ。今僕が殺してきた人の中に、大柄の筋肉質の男がいたけど、見覚えがあったもん」

「そうなんだ。ねぇ、瀬名様」

「なに?」


 自分が殺してきた人間の中にどれくらいの避難民がいたのかなと、場違いなことを考えながらシャーロットは立ち上がった。

 悲観的な思考や感情があったわけではない。ただ、純然たる事実としてシャーロットは自分が殺した人間のことを把握したかったのだ。


「うーん、シャーロットは狙ったかのようにあちら様の人を殺していたからね。俺は、誰も殺さなかったけど。というか、シャーロットが殺さなかった人が、みんなソレだっただけなんだけどね」

「そっかぁ、それは悲しいなぁ」

「なんで?」

「どうせなら、いろんな人を殺して、殺して………。それで、もっと多くの人間を殺して、私は達人になるの。そしたら、私の目標に手が届くから」

「そうか」


 言っていることは物騒な中身なのに、小さな子供が夢を語るよう話した。夢見る少女の姿で語るが、その内容が大いに問題があるが、ここにそれを問い詰める人間はない。


「もう、瀬名様は私に興味がなくてひどいなぁ」

「興味がないわけじゃないけど、君の夢は君が叶えるべきだ。大事なのは、そこに自分なりの正義があるかどうかで、君の場合は目標に追いつく事が正義だろ?だから、問題ないよ。全速力で走り抜けてくれ」

「なーんか、いつも騙されているような気がしてならない……」


 「近くにいれるなら、何でもいいけど」そう呟くシャーロットは、ゆっくりと振り返ると、瀬名をきつく抱きしめた。


「ね、瀬名様はいなくならないよね?」

「当たり前だろ?なんで、そんなことになるの?」

「だって、アンもサツキも離れ離れになってる。あの二人は、最後は瀬名様のところに帰ってくると思うけど、それでもまた会える保証はないんだよね」


 シャーロットにとって、瀬名と二人きりに時間は非常に尊いもので他に替えの利かないものであった。しかしながら、シャーロットは二人の心配が尽きなかった。

 シャーロットは、頭脳面を二人に投げていることもあり、少しだけ末っ子のようなところがあった。


「そうだね」

「だから、不安なんだ。ずっと一緒に頑張ってきたからさ、瀬名様とずっと一緒に居られるのは本当にうれしい。でもさ、幸せすぎて不安になるんだ」


 幸せすぎて辛い、この感情を理解できる人間がどれほどいるのだろうか?普通に生きていれば、自分は幸福になりたいし、幸福になるために努力する。

 しかし、スラム街という特殊な環境で育ったシャーロットは、自分が幸せになってはいけない人間だと思い込んでいた。心の片隅で、常に考えていたことだった。


 しかし、そんなシャーロットの悩みを嘲笑うかのように瀬名はノータイムで回答をした。


「大丈夫だよ、君は幸せになっていい。他の誰が保証しなくても、仮に神なる異物が否定しても、俺が否定するよ。生きてるなら、概念でも存在しているなら、その時はその神だって殺して否定して見せる」

「今の時代、神様なんていないよ。でも、そっか。ありがと、瀬名様。それじゃあ、私はまた殺してくるね」


 少し陰りを見せながらも、やはりうれしそうに反応するシャーロットだった。

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