第4話『少女の選択』

 その後しばらくして、瀧叢は夜に外出を希望し、許可が出たので基地近傍のバーでひとり、思い悩みながら座っていた。


「お嬢さん、隣いいかい。」


まさに生粋のアメリカ人という風貌で西部劇に出てきそうなカウボーイの被る帽子を被った男が瀧叢に話しかける。瀧叢は断る理由もなく、断らなかった。


「なんだか悩んでいるように見えてネ。」

「そう、ですか。」

「あぁ、俺にはそう見える。」

「特に悩みなんて。」

「いいや、何かに対して無力感を感じていないかい。」

「うぅ、どうして、それを。」


まるで気持ちを見透かされたかのような感覚を覚えた瀧叢は彼が何を言うのか気になっていた。


「お嬢さんは見たところ、誰かを守りたいと思っても、そのための力を持っていなくて辛い思いをしているかのようだ。」


瀧叢はむすっとした表情で言葉を返す。


「どうしてそんな事がわかーーー」

「もちろん、見えるところで見ていたからだよ。」


男性は瀧叢の反発を一気に制し、そして続ける。


「君がはじめてこの街に来た日を覚えているかい。あの日、我々は助けられた。と、同時に俺にとっては印象に残る日になった。なぜなら、あの日君に投げ飛ばされて空へテイクオフしたからね。」

「んなっ!?」

「俺はジャック。ジャック・ウェイバー。ベース・イワクニで働くしがないアメリカ人さ。タキムラ、だっけ?これからよろしくなっ!」


中々にぐいぐいと来る勢いに流され、気がつけば飲み物のボトルが数本空になっていた。

ジャックの正体はいまいち掴めないが、八塚と同じく悪意を持った人の匂いがしないことに少しばかり安心感を感じていた。そして会計をしようとした時、外で大きな音が響き渡る。


「シット!!タキムラ嬢!この前の奴じゃないか!?」

「・・・!!」


瀧叢は嫌な予感がしたため、お金を余分にカウンターに置いて外へ走り出す。

街にはやはりメカノイドが溢れかえり、初動対処部隊が苦戦していた。とっさに瀧叢は戦おうとするが、武器を置いてきてしまっていた。力が使えなくてもガンソードさえあれば末端の相手なら戦えるだけに、彼女は地団駄を踏んだ。

彼女の目の前で転倒した少年に狙いを定めた魔の手は少年を貫かんと勢いよく飛び込む。

その瞬間、瀧叢の時間が止まったが、彼女は何もできない。心の中ですまないと叫んだ。


「ヘイユー!諦めるな!」


背後からその声が聞こえたと同時に、巨大な弾丸が魔の手を爆ぜさせる。


「ジャックッ!!」


その弾丸を放ったのはあのジャックだった。

彼は巨大な対物ライフルのような長物を背中に背負うと、腰に装着しているホルダーからリボルバーを取り出し、早撃ちで牽制をする。


「君に投げ飛ばされたあの日、俺も力が欲しいと強く願ったものさ。今は力がないかもしれないが、きっといつか誰かを守る為に力を取り戻すその日まで護衛するのが、俺の今の仕事だ。」


ジャックが彼女にそう話すと、床に這っているチェーンを勢いよく引っ張りあげ、引き寄せた箱の中から彼女が使い慣れたガンソードを取り出し、彼女に向けて投げ渡す。


「ゴー!心のままに抗え!」


ジャックの叫びと共に、瀧叢はガンソードを手に取り、空中で身体を回転させて目の前の敵を斬り裂いて行く。その先で、突如見覚えのある人影が目に映る。


「へぇ、まだ生きていたのね。叢雲ぉ!!」

「スザ・・・ク!?」


しかし瀧叢は違和感を感じた。先日会ったときのスザクには全身に傷などなかったはずだったと。すると、スザクは口を開く。


「あんたが、生きてやがったから、アタシは怒りを買ってッ!」


瀧叢はスザクから思念や記憶を感じ取った。

あの後、帰還した時に親玉のような存在に叱咤され、落ち込むスザクの両手足に枷がはめられ、そして鎖に繋がれた彼女は尊厳を無視した壮絶な罰を受け、泣き叫びながら乞い、次に仕留め損ねた場合は始末すると言い渡され、解放された記憶の断片を鮮明に覗くことになった。


「スザク、貴女は。」

「ハッ!?同情のつもりか!?どうせ叢雲の力でアタシの過去を見たんだろ!?言ったよね。アタシ達は所詮道具だって。同情する道理なんて無いんだよ!」

「でもどうして、そんなことをされても付き従おうとするの。」

「甘いんだよ。道具でしかないアタシ達があのお方に逆らう事は万死に値することだ。何を疑問に思うんだ。」

「そんなの、間違っている!」


瀧叢が否定した刹那、彼女はスザクの一撃によってかなり吹き飛ばされ、後方の壁に叩きつけられる。瀧叢はその衝撃で後頭部を強打し、そして目が霞み、力も抜けてゆき、次第に意識が薄れていった。


「力が、あれば。」


ジャックの呼びかけすらも聞こえないほどに意識が薄れていく中で、スザクの重い一撃をまともに喰らった彼女はこれが死かと、瞳をゆっくりと閉じた。そして、スザクは瀧叢が命の灯火を失うその過程を恍惚とした表情で眺めていた。


「んだよ。威勢の割には、じゃれあいの小突きで死ぬなんて張り合いがねぇんだよ。だけどあんたの今際の際は話が別だね。」


ジャックが止めに入ろうとするが、スザクはそんなジャックを一蹴する。そして一歩、また一歩と意識が朦朧としている瀧叢に近付き、剣を鞘から抜き、スザク自身の頭上に刃を構える。


「せめての情けで、昔あんたが使っていたこの剣であんたの心臓を貫いてやるよ!」


剣先を振り下ろそうとした時、瀧叢の感じる時が止まった。

広がる静寂、そしてほのかに感じる暖かさ。そして水の流れる感覚、そして眩いほどの光。


『瀧叢よ。』

「・・・。」

『力が欲しいか?』

「・・・それは一体。」

『この羽衣を着れば神々とより強く繋がり、大いなる力を得ることができる。選べ、我が愛しき者よ。』

「叢・・雲様?」

『力を手にするか、もしくはこのまま死を迎えるか。』

「力には代償があると雪城さんが言っていた。その力の代償は。」

『神々と繋がり、人の子でいうところの欲が消える程度のものだな。』

「私は、力のために大切なものを捨てたくない。」

『ならば死を選ぶか?』

「私は・・・ッ!!」


叢雲と呼ばれる龍神の問いに瀧叢は叫ぶ。


「自由な風を、永遠(とわ)に望むッ!!!」


その叫びを聞いた龍神は、うっすらと微笑んだ。


『ほう、初めて聞く答えだ。これがヒトの可能性に触れた結果、産声をあげる輝きか。』


そして龍神は少し考え、続ける。


『わが愛しき者よ、人の子の可能性をよくぞ見つけた。掴み取れ、絶望の夜空を切り裂く雷光を!』


叢雲は力の波動のようなものを瀧叢に向けて発した。すると、瀧叢が持っていた、一度も輝いたことがない紫色のギアが強く輝き始める。


龍神に愛されし少女の時が今、動き始める。


突然の強力な力の胎動に驚いたスザクは一度後ろへと飛び退き、冷や汗をかく。


「何よ!この力!聞いたことないよ!」


スザクの前には稲光を従え、美しいオッドアイから真紅の瞳へと変化し、右の側頭部に一本角の生えた、龍神の力宿す少女が立っており、その手に持つ銃と大剣が融合したその銃大剣(ガンソード)には稲妻の力が宿っていた。

 そんな異様な姿に畏れを抱いたスザクはありったけの機械の槍を放つ。


「本当、いつもいつもアタシの邪魔をしやがってッ!!」


強く苛立ちながらスザクは短剣を抜き、諸共のつもりで雷光の龍神となった存在に向かって飛びかかる。機械の槍の弾幕は数発の稲妻を纏った弾丸によって吹き飛び、瀧叢の目の前でスザクの姿が露わとなる。


「叢雲ぉぉぉぉぉ!!!」


吼えるスザクとは対照的に、瀧叢は無言のまま一閃を繰り出しながらスザクと交差する。直後、スザクは激昂する。


「貴様ッ!何故私を殺さなかった!!今のは貴様の勝ちだったはずだ!!何故、わざとアタシの腰に差している短剣の鞘だけを弾き飛ばしたッ!!」


スザクは自らの一閃が瀧叢を全く捉えられなかったばかりか、逆にその気になれば首を刎ねられると言わんばかりに、わざと腰に差している短剣の鞘だけを弾き飛ばされた事に納得ができなかった。


「叢雲、あんたの勝ちだ。アタシの命をさっさと奪えよ!」


スザクは胸元に指を突き立て、ここを刺して命を奪えと言わん限りの表情であった。しかし、瀧叢はその真紅の瞳で見つめるだけで何も言葉を発しない。


「むかつくんだよ、その赤い瞳が!叢雲の目そのものじゃないか!それにその力はまさか羽衣じゃないのか!?」


スザクは神々がまれに与えるとされる羽衣の持つその力を知ってはいたが、彼女はその力を得てはいなかった。それだけに、納得のできない目の前の龍神少女の力に対して羽衣の存在を疑った。


『スザクという少女よ。羽衣は確かに神々の強大な力を貸す。だが、それは人の意志がなければ力を引き出せず、羽衣の哀しきはその人の意志が時間と共に霧散してゆく事にある。そして、羽衣は一度羽織ると脱ぐことを忘れる。』

「叢…雲!?」


スザクの脳へ叢雲が直接語りかける。


『だが、私が手塩にかけた百人目の龍姫、瀧叢は人間の可能性に触れ、そしてそれを捨てたくないと言ったばかりか、自由に生きる世界の永遠を願った。九十九人目までは、正義感に絶望や哀しみ等様々な感情の先で羽衣の力を頼るか、私が問いかける前に悲劇的な末路を辿って行った中での特異点だ。』

「だからって!」

『スザクよ、これが人の子の可能性だ。』


叢雲の言葉を聞いたスザクは、自分ですら朱雀様から目の前の龍神少女程の加護を得ていないのに、何故彼女がそこまで愛されるのかが理解できずに叫ぶ。


「ちくしょおおおがあああ!!」


彼女は叫びながらその場を離れて行った。それを見たジャックは瀧叢に話しかける。


「追わなくていいのか?」

「いや、いい…」


 全てが落ち着き、彼女の瞳が元の美しいオッドアイに戻り、生えていた角もどこかへと消えた時、瀧叢は道路の上で崩れるように倒れて意識を失うものの、ジャックに運ばれて基地へと帰還した。


「・・・たきむら。」

「・・・ん。」


いつから眠っていたのか、瀧叢が目覚めると目の前には八塚の顔があった。勝ったのだ。人類を殲滅せんとする神々の一柱に。安心した瀧叢は静かに瞳を閉じ、すぅすぅと寝息を立てて天使のような寝顔で眠った。

 彼女は頭部を強く打ったことへの治療の為、しばらく入院が必要と診断されたものの、彼女からかつてよりもはるかに強い力が溢れていることを八塚達は知ることとなった。

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白蛇小隊戦記 りゅうのねどこ @RavenUtrout

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