第3話 『目醒める運命と代償』

「コウヘイ!あの壁に描いているのは」


錦帯橋からそれほど離れていない場所にある小高い場所の神社へ伸びる階段の横の壁に描かれた龍のような絵に向かって指を伸ばす黒髪の女性の後ろ姿を見つめる八塚は、何かを彼女に伝えたが、その声は自分には聞こえないことに違和感を覚えた。しかし、彼女と共に歩みを進めていく中で錦帯橋に辿り着く。


「深い霧とは珍しいな。」


伸びる橋の途中から先が霧に包まれていて、先が見通せないでいた。


「コウヘイっ!川の水がとても綺麗だよ!」


彼女は河原から川に入り、少しずつ奥へと行こうとする。そして、彼女がふと足を止めて振り返った瞬間、八塚に衝撃が走る。


「りゅう・・・ッ!!!」


彼女の胸元には6枚の黄金色に輝く小さな円盤状のものに紐を通したネックレスが光り、彼女の黄金色と美しい海色をしたオッドアイから涙が溢れていた。それはまるで、何かとの別れを前にした時の感情にも感じた八塚ははっとする。そして、無意識のうちに彼女の腕を引っ張り、彼女を川から引き上げ、そして河原で強く抱きしめる。


「あぁ、間違いない。りゅう、この川は渡るな。」

「コウヘイ?」

「これは、三途の河だ。そしてお前の首には六文銭がある。渡ったら最後、帰って来れなくなる。頼むからまだ行かないでくれ。君の言葉をまだ聞きたいんだ。」


きっと間違いない。彼女は今まさにあちら側へと渡ろうとしていた。そしてそれは、彼女が二度と目覚めないことを意味する。この手を離すものかと決意した八塚はだんだんと意識が遠のく感覚に襲われていた。


八塚が目を開くと、目の前でメカノイドの魔の手が迫り来るのが見えた。避けようとするも、いつのまにかダメージを負っていたのか、避けることはできないと判断する。


「あぁ、河を渡ってしまったか。」


八塚は静かに目を閉じて呟く。すると、八塚に魔の手が届く寸前のところで水の弾丸が盾になる。そして八塚は静かに目を開きながら静かに息を吸う。


「だが、時に強い意志によって再び鼓動を脈打つこともある。」


八塚はさきほどのダメージを全く感じず、気が付けば再び拳銃と槍を構えて立ち上がっていた。


「今ならわかる。この蓮の花をほのかに感じさせる水の気配は白蛇、君の力か。」

「何よ!間に合わないかと思ったわよ!」

「いつの間にか、瀧叢のもつ力に似たものを得たんだな。」

「今の八塚もね!あなたからは大地のような匂いがするけどね。」


2人は背中合わせになり、周囲の無数にいるメカノイドの軍勢を相手に死闘を繰り広げる。

白蛇の周囲に浮かぶ水の弾丸で弾幕を張り、八塚の拳銃から放たれる弾丸には大地の息吹が吹き込まれる。

 そしてあらかた撃破したところで、後方で見ていたギャル系の少女が語り始める。


「へぇ、やるじゃん。でもね、裏切り者は始末したからアタシはもう帰るわ。」

「裏切り者だと?」

「何だよ兄ちゃん知らなかったんか?あんたらが大事にしている翼を持っていて、尻尾が生えている、アタシがミンチにしてやった奴のことだよ。」


衝撃的な発言に対しても臆せずに八塚は会話を続ける。


「あいつは、瀧叢は裏切り者なんかじゃ無い。」

「ハッ!!知らなかったのかよ。お前らがりゅうだかたきむらだか呼ぶそいつは実は人間なんかじゃない。その本質は龍神叢雲が宿る形で利用するための肉の器ってトコさ!つまり、あいつは叢雲の人形で、必要に応じて龍神の子を宿す為だけの存在って訳。んで、叢雲はかつてアタシらと共にこの星の守護をしていたのに、ある日突然反抗してきたってワケさ!」

「彼女は道具なんかじゃな・・・」

「ハッ!!アタシですら肉の器に宿して人間共に見えるようになったんだ。道具以外の何だって言うんだっ!人間共の巨大な欲望にこの星が持たなくなっていることに神として手を打つ為の道具でしか無いのさ。アタシ、スザクが朱雀様の意志で動く人形であることが何よりの証拠だ!」


朱雀の意志で動くと言う彼女は短刀を振りかざし、八塚に剣先を向けると焔の刃が八塚に向けて鋭く飛んでゆく。


「なにぼさっとしてんの!八塚!」


白蛇の放つ水の弾丸でなんとか相殺することができ、八塚は炎の刃に貫かれることはなかった。しかし、それがさらに朱雀の怒りを買う。


「気に入らないねぇ!蛇神の力を得たのに何故人間なんかを庇うのさ。」

「何って、仲間を守ることに理由なんている!?」


白蛇は朱雀の言うことが全く理解できず、格の差を感じつつもなんとか対峙していた。するとスザクは口を開く。


「人間を滅ぼすのに、いつもいつも叢雲は邪魔をしてきた。あの何を考えているのかわかんないあのムカつくアイツの存在を抹消できたから、人間共を絶滅させるという神判を実行できるわ。」


そのギャル系の少女の話が正しければ目の前の彼女は神と呼ばれる存在の一柱となる。燃え盛る焔のような雰囲気を感じさせる彼女を含めた神々は、人類を滅ぼすべきと決定し、その意志を執行しているだけと言う。

 しかし、そんな神々の中で人間を誰よりも愛し、誰よりも見守ってきた龍神は人間の可能性を信じて、人間の絶滅という運命に抵抗しているというのだろうか。それが抵抗軍のひとりの、記憶を失っている瀧叢の本来の戦う意味だというのか。


「そういうことか、少なくともりゅうの言っていた叢雲様は人類の可能性に賭けているという訳か。」

「叢雲だぁ?あの頑固者は先日殺したし、その器も破壊したはずなのになんでまだそいつの名前を出せるのサ!神々は死ぬと人間共に全く認識されなくなるはずなのに!」

「それは瀧叢が言っていたからな。自分の名前はわからないが叢雲様だけはわかると。」


八塚が言葉を返すと彼女はイライラしはじめ、髪を手で掻き乱す。


「クソがっ!!どうして殺しても殺しても叢雲のアイツはアタシの邪魔ばかりすんだよっ!人間共が好きな歴史からも抹殺したというのにっ!なんでまだいやがんだよ!・・・ハァ、ハァ。でもそんなムカつくアイツが宿る為の器はぶっ壊したし、もうアイツの力も感じないからやっとくたばっただろうけどなぁ!あぁ、お前、おもしれーから選ばせてやるよ。ミンチにしてやったりゅうだかなんかだった肉塊と奴が付けていた緑色に光る首飾りをアタシに引き渡せばこの世界の人類を滅ぼすのはやめてやるよ。慈悲で三日後に来てやるから答えを決めときな!じゃあな、人間。」


そう言い残すとその少女は空間を切り裂き、その隙間の空間へと高笑いをしながら消えていった。


「今回は、なんとかなった、のか。」


疲れ果てた八塚は力が抜けてその場に崩れるように座った。そして、ふと頭に眠る瀧叢の顔が脳裏に過ぎる。


「りゅう!そうだ、探さないと。」


八塚は立ち上がるが、力が入らずそのまま倒れ込む。そしておそらくそこにいたはずの方向を見て悔しがる。


「八塚・・・さん。」


聞き覚えのある声に八塚は顔をあげると、そこには先ほどの戦いに巻き込まれて瓦礫に潰されたはずの雪城が立っていた。


「見せたいものが、あります。」


雪城がそう言って八塚を介抱しながら案内をすると、臨時病室のベッドに怪我ひとつない瀧叢の姿がそこにあった。


「たまたま、まだ眠ったままな彼女に日光を浴びせたいと思って、車椅子に移動させて外に出ていたんです。結果的にですが、八塚さんとの約束、まだ生きていますよ。」


そろそろと震えながら八塚は瀧叢に近づき、彼女をしっかりと抱きしめる。そして、安堵の涙を溢した時、彼女の瞼がわずかに動き始める。静かに、ゆっくりと目を開いた彼女は八塚の体温を感じながら、息を整える。


「やづ、か。」

「りゅう。」

「なんだか、夢を見ていた気がする。」

「そうか。」

「暗い、暗い、溺れていくような感覚の中でいきなり腕を引っ張られて。」

「あぁ。」

「なんだかあたたかい、ぽかぽかしたものに抱きしめられた気がする。」

「良かった。」

「うん。でも、なんだか、力が出ないし、叢雲様も感じない。」


それを聞いた時、今の瀧叢には昏睡する前の力を失っている事に八塚は気がつく。


「お前はもう、戦わなくてもいいんだ。まずはゆっくり休んでくれ。」


八塚は瀧叢の胸元にあるギアが全く輝いておらず、本当に力を失い、ただの有翼で鱗のある尻尾をもつ違いはあれど普通の女の子と変わらない状態になっていることを確認する。


そして丸一日休んだところで瀧叢は歩くことができるようになり、外出も可能となったので八塚は彼女を連れて岩国の街を散策し、止まった時間が動き出したかのように世界が色付いてゆくのを感じていた。


「りゅう、何かを願うとしたら君は何を願う。」


八塚が聞くと、瀧叢はしばらく考えるも、何も答えを出さないでいた。八塚は彼女の心からの願いが消えた事こそ、力を失った本当の理由ではないのかと考えた。


「うーん、前は何かあった気がするけれど、今は何も。いや、言葉が何も出てこない。それに、私は何のためにここにいるのかも分からない。」

「そうか、いつか見つかるといいな。それと、これからは君が正しいと思う事をやるといいかもな。」


瀧叢は頷くと、八塚とともに基地へと歩き始め、戻ったところで疲労からかすぐに眠りについた。


「雪城、本当にいいのか。力を失った瀧叢を護るという話。」

「約束ですから。」

「そうか、俺がいない時は頼む。本来なら強いが、ひとりぼっちじゃダメなんだ、あいつは。」

「私には八塚さん達みたいに特別な力はありませんが、任せてください。」


八塚と雪城は別室で話を終えると、お互いの部屋へと向かって行った。




そして約束の日、八塚は瀧叢のギアペンダントをあのスザクという少女に引き渡すべきかの答えを出せないでいた。


「人類全てと、ひとりの少女。神とやらは無慈悲な選択を与えるものだな。」


八塚は悩みながら、三日前の言葉を思い返す。その度に、もしも瀧叢を引き渡せばどうなるのかを考える。彼女は殺された時、残された者は今までの記憶が残るのか、それとも神が死ぬのと同じく、彼女の事を認識できなくなってしまうのか。そうなったときに何を思うのか。何も変わらない日常で、今のこの思い出は無かった事になるのか。そして、あの激しく燃え上がるような感情の記憶も。

そして、八塚は決心する。と、同時にメカノイド出現のスクランブル警報が鳴り響く。


「来た来た。ヤヅカ、あの時の答えは決まったか?」


強大な神と、対峙するちっぽけな人間という構図のような雰囲気の中、スザクは不敵な笑みを浮かべながら八塚に問う。


「俺の答えは。」


八塚が答えようとした瞬間、彼の頬をメカノイドの触手が高速で通り過ぎる。


「何故だ、何故生きている!叛逆者の瀧叢ァ!!」


八塚はその声を聞いて振り返ると、そこには瀧叢が立っており、力のない彼女に向かって機械の槍が飛んでゆく。八塚が叫ぼうとした刹那、その穂先は彼女を捉えていた。


「あぁ。」


八塚が落胆しかけた時にガンソードの刃を盾にして後ろに吹き飛んでいく彼女の姿が見えた時、少しだけ安堵する。


「ちぇっ。まだそんな半端な武器使ってたのか。神々が創造した剣を昔は使っていたというのに。」


スザクは不満げな表情を浮かべながらも、八塚に再度問いかける。


「選べ、人間。人類全てか、あの無力な女か。選ばなかった方は、アタシが奪ってあげる。」

「俺は、俺は。」


八塚はそして、叫ぶ。


「俺はッ!!りゅうと未来を生きる!!」


するとにやりとしたスザクは再度瀧叢の方へ先ほどの攻撃をする。


「アハハッ!あの女を捧げていれば見逃してやったのにねぇ!人類全ての内にあの女が含まれていないとでも?これだから人間は愚かよ。」


瀧叢の周りに砂埃が包み込み、確かに何かを貫く感触をスザクは感じ取っていた。


「分かってはいた。人類全てを選んだとて、貴様は“その瞬間”しか約束を守らないと。」

「ハッ!それがとうしたっ!」

「人間、舐めるなよ。」


八塚が言葉を返した時、砂埃が晴れた先に不思議な方陣のようなものが展開されているように見え、先程の攻撃はその三重の護りの一枚目のみを貫いていた。


「たとえ、たくさんの神様が人類を見放したとしても、力がなかった私に力を与えてくれた偉人達の意志は裏切らない!」


最期を覚悟していた瀧叢の前で雪城はそう叫んだ。


「この数式は…」


雪城の脳内に直接、数多の数式が浮かび、解を導き出す。


『重力加速超音速砲ッ』


雪城の方陣から放たれた一撃はスザクの背後に逸れるも、その一撃で背後の暗雲が吹き飛んだ。が、しかしスザクはすかさず飛び込み、雪城の盾へその手に生成した鋭い刃を差し込む。


「お前か!あの方が見せた未来全てを拒絶し、何度も何度もその龍神の器の始末を邪魔している狐とやらは!」


スザクの怒りが増し、力が増すことで2枚目の盾が貫かれる。その時、雪城の脳裏に全ての可能性と未来の映像が同時に流れ込む。鼻や口、目からも血を流し始めるほどの過負荷を受けた雪城は目を見開いたまま吐血し、意識を失ったままその場に倒れ込む。


「なんだ、力に耐えきれずに潰れたのかよ。これじゃシメておかなくても勝手に死ぬしいいか。それよりも、あいつを。」


スザクは目の前で立ち上がることもできなくなっている瀧叢を仕留めんと機械の槍で突く。それに対して瀧叢は何度もガンソードで受け流しながら凌ぐ。やがて限界が来てガンソードを手放してしまい、無防備になる。


「アッハハハッ!今度こそさようならッ!!」


その槍で瀧叢を貫かんとした刹那、スザクの脳裏に静止の声が響く。


『下がれ!』

「何故ですか…朱雀様ッ!」

『視野が狭くなったのか。お前は今照準に捉えられているぞ。』

「なっ!」


スザクは慌てて後ろへ飛んでその場を離れる。と、同時に遠くから狙撃銃の弾丸が先程スザクが立っていたところに飛び込む。


「・・・命拾いしたなっ!今日はさらばよっ!」


スザクが次元を切り裂いた切れ目へと帰ってゆくと、瀧叢は安堵したが、すぐに雪城のもとへと駆け寄り、彼女を背負って医務室へ運び込む。自分を守ってくれた時のことを医師や八塚に話すと、相当な負荷が脳に流れ込んだことで限界を超えてしまったと判断し、緊急治療を行うことになった。


「あの力は、多分、人間が紡いだ想いそのもの。」

「りゅう。雪城が初めて使ったその力をそう見るのか。」

「うん、それに雪城さんが言っていたのもそうだし、何よりなんとなく、前にコウヘイに見せてもらった歴史書に描かれていた人の気配を感じた。」

「・・・かつて天才と呼ばれ、数式にて世界に革命を生んできた偉人達か。確かに神業でもあるのだが。」

「たぶん、彼らの全ての想いや理論の結晶が今だとしたら、その先を見たのかも。

「だとしたら、昔アニメでやっていたロボットモノの殺人システムみたいなものなのか。」


白蛇は現場の修復指揮で不在な中、八塚と瀧叢は雪城の緊急治療が終わるのを待っていた。

そんな中、瀧叢は八塚に対して涙をこぼしながら呟く。


「私が力を失ったばかりに、ごめん・・・!!私なんかが居なければ雪城さんは!!」


瀧叢の言葉に八塚はそっと彼女を抱きしめ、その烏の濡れ羽色のような髪をもつ頭を優しく撫でる。


「これは、雪城が決めた覚悟なんだ。それに、雪城はな、深い眠りから醒めなかったりゅうを、何があっても護り抜くと宣言した。結果的にとはいえ、本当にそれをやったんだ。だから信じよう。」


八塚が語り合えると同時に緊急治療室のランプが消灯する。


「不思議です。あの状況で助かるなんて奇跡ですよ。」


医師も驚き、脳死の可能性が濃厚だったとも添えられた。


「しかし、あれでは恐らく次同じことをした時持たないかもしれません。我々を救ったあの力は彼女には負担が大きすぎる。」


八塚はやはりかと思いつつも、これで戦えるのは自分と白蛇と別任務についている覇鬼の三人だけになってしまったと認識する。

 とはいえ、とりあえず雪城については安静が必要なため、ひとまず病室に彼女を預けることにした。また、瀧叢は以前の力はないが日常生活をする分には問題ない程度に回復したため、事務所で待機してもらうことになった。

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