第2話 『奪われた明日』
十月、八塚は大量の書類を持ち出し、瀧叢に説明をしながら書類を書かせていた。
彼女がこの岩国に現れた経緯が特殊すぎて、問題が起きたからだ。彼女はどこかの国どころか別世界の住人の可能性が高い。このまま放置していては彼女は無国籍扱いを受け、いつそれが彼女の首枷となるかわかったものではない。さらに困難に拍車をかけたのは、彼女自身記憶喪失なところがあり、両親はおろか、小さい頃の記憶すらもなく、どこからやってきたのかすら分からない点である。が、しかし現状で彼女が帰化の形で日本人として生きていく未来を選ぶ可能性がわずかでもあるのなら、そうしてやりたいと八塚は考え、数日もの間調べ物や書類の用意をしてきた。
出撃も特に無く、八塚達はたまに白蛇が差し入れで基地内購買のマスタードーナツ、日本人も購入可能な米軍御用達バーガージャック等を持ってくるのを食べる。しかし瀧叢は成人男性の3倍は平気な顔をして食べるので、白蛇の家が裕福な家庭であることに感謝せねばならない。それにしても笑顔で平らげるから悪くない。
記憶がないとはいえ、彼女から発せられる言葉や彼女の許可を得て手に入れた細胞からは日本人に多く見られるDNAも検出されたりと、起源は日本のはずなのに中々難儀なものだなと八塚は思考を巡らせていた。
それと同時に、瀧叢が待っていたあの武器について、彼女に許可を得て戦闘がない時に解析をさせてもらえるようにしており、今後を考えるとネックとなる可能性のあった、彼女の武器専用の弾薬不足問題について解決する見込みである。
それに併せて、八塚や白蛇の扱うP9特装拳銃の改良にも繋がっている。より特攻性の高い弾丸を射撃できるように改良中で、P9-D2として組み立てている途中である。
そんなある日、ふと八塚は古本屋であまり知名度のない、あるいは忘れ去られた龍神にまつわる伝説を記した本を発見する。
『星降る大海を泳ぐ者、滅び行く住処を脱し、己が理想郷を求めて果てしなき旅を歩む。
その果てで辿り着きし蒼き楽園、その地に棲みつき、その地に住む原住民と交わり、その楽園を豊かにせんとするは龍神と呼ばれし者。
時代の大嵐の中、強く願う者の前に突如として現れてはその絶大な力を人々にもたらすだろう。』
まるで胡散臭い予言書のようではあるが、八塚は頭の片隅においておこうと考えた。
息抜きに、八塚は瀧叢を連れて岩国の錦帯橋へ向かっていた。その道中、瀧叢はあることに気付く。道行く人の考えている事が少しだけ聞こえるようになっていたことに。
彼女がその頭に生えている獣耳をピコピコと動かすのをじっと八塚が見つめていることにに気づいた時、瀧叢は八塚のことを見上げ、彼から穏やかな草原を彷彿とさせるような暖かさを感じとった。
二人は錦帯橋付近の白蛇館に立ち入ると、シロヘビの子供や成体を見つめていた。
「白蛇のあの髪の毛や眼みたいに綺麗。」
「シロヘビはこの岩国では大切な存在で、白蛇はそんなシロヘビを保護している活動家の娘なんだ。自分のことをシロヘビだと思っているくらいには、気に入っているらしいが。」
眺める二人を見つめながら、チンアナゴのようににょろんとまっすぐ伸びて舌をチロチロと出す小さな子供蛇や、とぐろを巻いて目を開けたまま静かに眠っているものなど、個性豊かなシロヘビを見て瀧叢は自分の尻尾に手を触れた。
自分の起源はなんなのか。周りの人間とは違う、翼やその尻尾、そして頭部に生えた獣耳の意味も、よくわからなかった。
しかし、ひとつ分かったのは今までにない感覚が芽生え始めている気がすることくらいで、その感覚に困惑している彼女を横目で見た八塚は無言で被っていた帽子を深く被り直した。
その後、何度か出撃を重ねるうちに白蛇や覇鬼達との連携に磨きをかけ、いつしかホワイトスネーク小隊は、その名を広く知られつつあった。
そんなある日、深く眠る雪城の意識の中で、衰弱しきった表情を浮かべる瀧叢の首筋に刃が振り下ろされ、辺り一面の鮮血の返り血とともに転げ落ちてゆく彼女の首と、その日を境に悪夢から醒めないような幻覚に陥った八塚の憔悴しきった表情が走馬灯のように流れ行く中、最後には複数の巨大な鋼鉄の杭が自分自身の身体を貫き、絶命してゆくリアルな感覚に襲われる。
悪夢だ。何度目か。この凶兆や胸騒ぎはなんなのか。雪城は毎日、少しずつ違う結末ではあるが、瀧叢のその死に行く時の絶望した目が深く感情を揺さぶる。しかし、それを相談しようとしても頭が痛くなったり思い出せなかったりしてもどかしい。これは彼女の未来を暗示しているのか、あるいは。雪城は答えを求めて彷徨ううちに、八塚の書棚にあった古びた本を発見し、開いて驚く。
『龍の力宿りし娘は、澄み渡る満天の星空が如く澄んだ心でもって人々に接し、人を愛するも彼女のその未知数な力に恐怖を抱く人間が現れる。その人間は彼女を疎ましく感じ、そして時をかけて追い詰めた先で、彼女に自身の斬首を懇願させ、その言葉通り実行した。すると、雷雲がどことなく湧き起こり、首を失った彼女の亡骸に豪雨が降り注いだ。』
自身が見る夢に近いものを感じ、より胸騒ぎを覚える。あの子の死の運命を覆さねばと。そう思っていた時にサイレンが鳴り響く。
ターゲット出現場所は基地内の滑走路上で、瀧叢はたまたま近くにいたため現場で戦闘をしていた。
「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・ッ!」
メカノイド群の指揮官個体のコアを彼女の愛武器のガンソードで破壊するたびに数を数える。
そして最後の標的に対して刃を振り下ろしながら引き金を引こうとした刹那、コアから目が開眼し、にやけた目をしながら
『ツカマエタ。オヤスミナサイ。』
という言葉が発せられたと感じたと同時に、瀧叢の動きが止まる。それを見たその物体は危害を加えるでも無く、姿をくらませて撤退していった。
心配になって駆けつけた米軍兵士が語りかけ・・・・・・
目を開いた瀧叢は異様な光景を目にする。周囲には何もなく、先ほどまでの戦いの痕跡など綺麗になくなっていた。するとほどなくして、何やら声が聞こえ始める。
「何が神の力だよ。人間と違う怪物なだけじゃん」
「とうしてこんな奴がここにいるんだ。」
「こいつはあの時あんな事を・・・」
「え?マジぃ?生きる価値無いじゃん。」
「お前が居るからきっとあの悪夢が起きるんだ。」
「お前さえ居なければこの街は平和だったのに」
ひたすら続く悪意ある言葉に、彼女の心拍が跳ね上がり、呼吸が荒くなる。
「誰もお前の事なんて大切にしちゃいないんだよ。」
「お前はこれまで孤独で、これからも孤独。そして人知れず死ぬんだよ。」
耳を塞いでもその声は直接脳に響き渡る。
「ゔあぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
錯乱して叫ぶ彼女は、助けを求めて八塚達の名を叫ぼうとするが、喉を締め付けられたかのような感覚に襲われてまともな声など出ず、胸元で輝く緑翠の輝きは徐々に弱々しくなっていく。
と、同時に彼女が見ている周囲の景色がどんどんと、ブラックホールへと飲み込まれているかのように暗闇に飲み込まれてゆく。
「ぁ。」
最後に小さく声を発した彼女はその場に倒れた。そして、深い眠りに襲われるように意識が遠のいていき、そして静寂が訪れた。
「どうして起きないのよ、あんたがここに運ばれてから八塚、ずっと部屋に籠りきりなのよ!」
ベッドの上で静かに、深く眠る眠り姫に対して早く起きろと言う白蛇の真紅の目に涙が浮かんでいた。
「あんたが、りゅうが戦わなくて誰がみんなを、この街を守るのよ!あんたのこと、神様だとか女神とか変なこと言うひと達もいるけど、この街に居場所ができはじめたんじゃなかったの!?なのに、なんで、なんで、起きてくれないのよ!」
「諦めなさい、白蛇。瀧叢さんは今でこそバイタルが安定していますが、彼女が大切にしていたペンダントの輝きが日増しに弱まっているの。このペースだとおそらくあと数日しか持たないわ。」
無反応な瀧叢のそばで声を荒げる白蛇に対して、雪城は瀧叢の置かれた状況を説明する。
「雪城さんはなんでそんなに諦められるのよ!死んだ訳じゃないのに!」
「私だって・・・ッ!諦めたくないわ。でも、どうしてこうなったのか分からないなら助けたくても助けられない。それだけよ。」
「分かった。もういいわ。」
白蛇は珍しく感情が昂った雪城を置いて病室を後にした。そして、冬の冷たい風が彼女のスカートを揺らす。そしてふと想いが込み上げる。
「だって、私、知っているんだもん。二人で出かけているところ、見たから。りゅうが少し乙女顔になっているのに、八塚は気付いていたんだ。でも、あの時に意識を失って、全く起きなくなった。胸元のペンダントの輝きが完全に失われたら、もうりゅうが苦しまなくてもいいように安楽死させると言った時の八塚の、あの顔を忘れられる訳、無いじゃない。」
独り言をひたすら話す白蛇の目の前にメカノイドが出現する。白蛇は二丁拳銃を構え、絶対にこの先へはいかせまいと息巻いていた。
「私は、私はッ!!大事な人の涙を見たくないのよっ!!」
その瞬間、白蛇が腰のキーチェーンとしてアクセサリーにしていた海色の宝玉が強く輝き始める。と、同時に周囲に水の塊が複数浮き上がり、それらが無数の弾丸へと変化し、敵を穿つ。
「ここは絶対に通さない!」
動ける者が今この瞬間、白蛇しか居ないからこそ、彼女は自分がなんとかしないといけないと心を燃やしていた。その優しさは、まるで水のように優しく、そして激しく迸る。
全てが終わった時、白蛇は全身から力が抜ける感覚に襲われ、力を使いすぎたと本能で感じ取った。
「や、づか・・・。たき、む・・・。』
意識を失った白蛇はその場に倒れ込んだ。その日は白蛇の奮戦もあり、犠牲者はなかったものの、いまだに眠る瀧叢は起きることはなく、ついにその時が来てしまう。
「この日が、来てしまったか。」
彼女を苦しみから解放するソレを手にしたまま、八塚は静かに眠る、もう目醒めないかもしれない瀧叢の顔を見つめていた。何度かソレを彼女に対して投与しようと考えるも、手が進まない。それをしてしまえば、瀧叢はほどなくして意識が完全に失われ、その後強制的に心停止し、苦しみも感じずに安らかに送り出せるというのに。そんな八塚の脳裏に、あの日の彼女の頬を赤らめた顔が脳裏に過ぎる。
「何故だ、何故俺は奇跡なんてものを待ち望んでいるのだ。もう、目醒めることもない彼女がこれ以上苦しむことがないよう、せめてのことをしようとしているのに。」
手が震えて何もできない彼は、己が持つ感情に困惑していた。
「八塚さん、あなたは彼女に特別な感情を持っているのではないのですか。」
「雪城。」
「彼女が思う本当の本心を、あなたはまだ知らない。それを聞かないで、あなたの決断だけで、彼女の望むことを奪うのですか。」
八塚の背後から語りかける雪城の言葉に彼は戸惑い、そして言葉を返す。
「俺は本当は、気付いていた。だけど、りゅうの持つ力に恐れや嫉妬を抱く連中がいてな。こうなってしまった以上は、俺がこの手で彼女の命を摘み取らなければ、そんな連中から何をされるのか分からない。保身だと、蔑まされるだろうさ。俺は何も守れなかったんだ。」
「ッ!!」
雪城は八塚の頬にビンタする。
「二度とそんなことを言わないでください。そんな事、嘘だってわかりますから。でなければ、あなたは躊躇いもなくソレを投与して彼女を永遠に眠らせていたでしょうから!」
無言になってしまった八塚に対して雪城は続ける。
「私が、この子が起きるまで、何があっても護り抜きます。だからあなたは、彼女が覚醒するまで信じてあげてください!」
まっすぐな、覚悟を決めた瞳で睨みつけられた八塚は覚悟を決め、眠る瀧叢に唐突に口付けをし、雪城に答える。
「雪城、俺は先日、彼女の想いが込められた書き置きを見た。まだ途中だったその言葉の続きを、俺は聞きたい。だからこの眠り姫が起きるまで、頼んだ。」
「やっと、正直になりましたね。八塚さん。」
前よりも一層男前な面構えになった八塚に対して雪城は微笑んだ。
八塚は向かう。次なる戦場へと。そして彼はいつか必ず愛する者が目を醒ますことを信じて戦う。しかし、そんな覚悟も打ち砕かれてしまう。
「キャハハ!やづか?だっけ?悪いけど、あんたの大切なもの、破壊させてもらうね?」
まるでギャル系のような女子高生のような少女が建物の屋上から八塚を見下ろしながら言い放つと、彼女の背後から巨大なメカノイドの塊でできた刃が雪城が護る瀧叢のいる建物へと振り下ろされた。
「貴様ぁぁぁぁぁ!!!」
八塚は激昂し、おそらく人ではない少女の背にある塊を拳銃で狙い撃つ。しかし、その弾丸は途中で弾かれてしまう。
「アッハハハ!その感情だよ!その負の感情!それが私たちにとって最ッ高のご馳走なんだよねぇ!!」
八塚は今の一撃で、雪城や大切にしようと決めた者を奪われ、取り返しのつかないことになってしまったと絶望した。
「もっと絶望しろぉ!最高にできあがったところでお前を喰らってやる。」
人でないその存在は絶望する八塚を嘲笑い、そして笑い止んだところで仕上げに取り掛かる。
「神にでも祈るのかい?龍神とやらの小娘はアタシが眠らせ、同時に心も折っておいたのさ。もうそいつが目醒めることは無いのさ。魂の深いところまでズタズタにしてやったからなぁ!最早自我なんて無い植物みたいな女が一匹、蚊みたいに潰れただけで喚くなよ。」
八塚はその言葉を聞き、しばらくして返す。
「そうか、お前はあいつの事を知らないんだな。」
「おや?狂ったのかい?その女はもう今はただのミンチなの。どう美化したって肉塊でしかないんだよ。そんなにその女に会いたいなら死ねッ!」
勢いよく、八塚に向けてメカノイドの巨大な釘先が向かっていった。
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