第八話 目覚め
誰かが自分を呼んでいた。
「アリツィヤ」
白んだ光のなかに、誰かが立っている。
(姉さん? 母さん? ……それとも、父さん?)
誰かに近づいて、悟る。
背が高いそのひとは、くしゃりと笑う。
「アリツィヤ」
「――キャシアス」
名前を呼んだ瞬間、アリツィヤの意識は浮上した。
白い光が眩しくて、目を開けたのに――すぐに閉じそうになったところで、声が響く。
「アリツィヤ! よかった! おい、キャシアスを呼んできてくれ!」
コリンが誰かに命じている姿を認め、つぶやく。
「コリン……?」
「ああ、コリンだよ」
「どう、なったの? 私、死んだと思ったのに……」
「君の体は撃たれすぎてひどいことになっていたけど――奇跡的に、頭部と左胸という急所を外されていたんだ。どうしてだろうね。とにかく、君は直る。不発弾も取り除けた。安心してくれ」
コリンは説明しながら、泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「もちろん聖都の技術と部品あってのものだけどね。君が聖王の暗殺に成功したあと、しばらくして天使の大部分が動きを止めたんだ」
「どうして……?」
「聖王の命と天使の動力装置が連結してあったみたいだね。自分の心臓ではなくて動力装置で動いていた天使が止まったんだ。圧倒的少数になった――自前の心臓を持った天使は、次々と自爆していったよ。それに巻き込まれたせいで、こちらもかなり被害が出た」
コリンの報告を聞いて、胸に痛みを覚えながらも納得する。
(それで攻撃が止まったのね)
あのときなにが起こったか、ようやく理解した。
「とはいえ、聖都は制圧した。おかげで君も直せたよ」
コリンはくしゃりと笑い、アリツィヤも遅れて微笑んだ。
キャシアスがやってきて、アリツィヤは再会を喜んだ。
「アリツィヤ、よかった。無事で……というか、帰ってきてくれて」
あちこち損傷していてコードにつながれているアリツィヤに「無事」とは言えなかったのだろう。
「うん。キャシアスも、コリンも元気そうでよかった」
「君のおかげだよ」
キャシアスは、そっとアリツィヤの頭を撫でた。
「聖王は、やっぱり機械だったのね」
「――そのことだが」
キャシアスは真剣な面もちになった。
「聖王は、全てが機械でできていた」
「え……? 脳だけは人間、とかじゃなくて?」
「違う。記録が出てきたよ」
アリツィヤの疑問に、コリンが答える。
「世界が一度滅亡する前、七人の科学者は自分たちの知能を残したくて――一体の機械人形を作りあげた。それが、聖王ヴィットリオ。ヴィットリオは、自分で思考する機械だった。ヴィットリオは世界の支配を望んだ。それは、彼の欲望ではない。彼が計算して、結論を出したんだ。人間は一度滅びるべき、と。そして絶対的な支配者のもとで生きるのが幸福だと」
コリンの説明に、アリツィヤは唖然とする。
「人間を階層化し、その上に天使という存在を作る。人間は奴隷的労働に従事させ、思考を奪う。崩壊後の世界はどの土壌も汚染でやせてしまい、農作物の収穫量は限られていた。だからこそ等配分し、貧富の差が生まれないように人間を等しく貧しくした。これが聖王ヴィットリオの考えた理想的な世界だった」
「なにも考えないことが人間の幸せだと――聖王は思ったのね」
「そうみたいだ。このあたりは記録に残されていないが、世界を滅ぼした世界大戦の引き金を引いたのも彼だという可能性もある。彼が聖王を名乗ったのは、宗教的な権力が人間に一番効くとわかっていたからだろう」
コリンはそこまで語って、大きなため息をついていた。
「天使になぜ人間の脳が使われたかも、わかったよ。人工知能は聖王ひとりではないといけなかったんだ」
「聖王こそが『全てが機械である唯一の存在だから』、ってことね」
天使が起動停止し自爆したのも、聖王が存在しない世界は聖王の計算外となり根底から覆るので――という理由だろう。
「そう。とにかく、僕らは正しかったようだ」
「そうね……」
相づちを打ったが、すぐに飲み込める話でもない。
「正直、あんなにうまくいくと思わなかったわ」
ぽつりとつぶやくと、コリンが迷ったように口を開く。
「実は――聖王の脳が機械なのではないか、という仮説は反乱軍でも上がっていた。それは勝機になるだろうと」
「どうして、勝機になるの?」
「僕は聖王の人工知能ほどの高性能な機械は開発できないし、いじっていない。でも、わかるんだ。機械をいじっているとね。機械ってのは、人間よりも
「……難しいわ。あなたの言うこと」
正直に告げると、コリンは苦笑していた。
「まあ……機械と人間は思考が違い、機械は人間ほどは臨機応変に対応にしにくい――というのが言いたかったんだ。聖王を構成する機械はとても高度だったけれど、機械の本質を越えられていなかった」
コリンが簡潔にまとめてくれたので、ようやくアリツィヤは納得できたのだった。
きっとなにより、「天使の裏切り」は聖王の計算外だったのだろう。
外に出ていいとコリンが許可を出したのが、聖都制圧から二週間経ってからのことだった。
アリツィヤはキャシアスに肩を貸されて、城の屋上に出た。
ふたりで、沈みゆく夕日をなんとはなしに見る。
「ねえ、キャシアス。私って――生きてて、いいのかしら?」
もうアリツィヤの背中に羽はない。
天使の攻撃で激しく損傷したため、コリンが取り外したのだ。
だが、アリツィヤの体の一部は機械でできている。いや、損傷後にかなりの部分を部品で置き換えたというから、ほとんど機械――と言うべきか。
もう、天使は存在しない。
作り手だった聖王がいないし、そもそも天使は生きるはずのない人間が機械の補助で生き延びた姿だ。
「もちろんだ。君の体がほとんど機械でも――天使として生きたことがあっても、君は人間だよ。君が望み、人間に味方をしたのだから」
キャシアスは微笑み、アリツィヤの頭をぽんと叩いた。
「そう……なら、よかった」
下を見ると、涙でにじむ視界に、手を振る人々が映る。
「ほら、アリツィヤ。みんな、君にお礼を言いたいってずっとうるさかったんだ。下りて、会ってやれ」
「わかったわ」
あれだけ敬遠しておいて現金なものだと、思わないでもない。
だが、仕方ないだろう。アリツィヤだって、彼らの立場なら怖がったかもしれない。
思わず下まで飛びそうになって、羽がないことに思い至る。
「どうした?」
「ううん。――行きましょう、キャシアス」
アリツィヤが手を伸ばすと、キャシアスは自然と手を取ってくれた。
(あなたが肯定してくれたから、私は人間になれる)
いつか窓から見た彼の笑顔を思い出して、胸がぎゅうっと苦しくなる。
(本当にあなたは、昔から――嫌になるぐらい優しいのね)
手を握り直し、アリツィヤは心のなかでささやいた。
【END】
天に弓引く天使の恋 青川志帆 @ao-samidare
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