第6話(最終話)二度目の復讐と幸せな結末

「身分が低いくせに場違いなんだよ!」


 ルイがトールをにらみつけて、吐き捨てるように怒鳴る。


 王城のパーティーに参加したトールとオズ。

 ルイとカレンも貴族として、当然のようにその場に来ていた。

 そして、ルイとトールが鉢合わせしたときに、ルイが虫けらを見るような目で、トールに冒頭の台詞せりふを吐いたわけである。

 しかし、トールはもうビクビクとおびえたような顔はしなかった。

 まっすぐに、ルイとカレンを見据みすえて、彼女はんだ声で言葉をつむぐのだ。


「場違いなのはあなたたちでしょ」


 ――いよいよ、彼女の浮気夫と浮気相手への華麗なる復讐劇が始まるのである。


 少し時間をさかのぼって、トールとオズが馬車に乗り込む場面から始めよう。

 馬車というのは思いのほかれる。舗装ほそうされているとはいえ、石畳の道を硬い木製の車輪で走行しているからなおさらだ。

 ガタガタと音を立てて走る馬車の中で、座っているトールの体は振動に合わせて小刻みに飛び跳ねていた。彼女はいつも徒歩で移動しているから馬車に乗るのは初めてだったけれど、車の進歩というのは素晴らしいものだったのだなと、かつて生きていた現代日本に思いをせていた。現実逃避とも言う。


「トール、会場に着く前に、君に打ち明けておかなければいけないことがある」


 オズは馬車には慣れっこのようで、体を揺らしながらも平静な態度でトールに話しかけた。


「まだ――話すことが――あるの?」


「僕には隠し事がたくさんあるんだ」


 たしかに、トールはオズのことをまだほんの一部分しか知らない。秘密をたくさん抱えている男だというのはなんとなくわかった。

 そうしてオズがトールに教えた秘密は、驚くことではあったけれど、今までのことを思い返せば納得がいくものだったのだ。


 やがて、馬車は王城の門前で停まり、トールとオズは車から降りた。

 そのときにはもう彼らはきらびやかなタキシードとドレスをそれぞれ身につけていた。オズの魔法だ。仮面を外したトールの化粧もバッチリ乗っていて、召使いの頃とは比べ物にならない美しさ。

 こうしてトールはオズと腕を組んで、招待状を片手にパーティー会場に乗り込んだのである。


 ルイに声をかけられたのはパーティー会場に乗り込んだ直後のことだ。彼は会場に入ってくる女性たちを逐一ちくいちチェックしていたらしい。すぐにトールに目をつけて、隣にオズがいるにも関わらず、ナンパしてきたのである。


「美しいお嬢さん、あとで僕と一緒に踊りませんか?」


 トールは思わずき出しそうになった。この男は、ナンパしている相手が自分の捨てた元妻とは気付いていないのだ。


「浮気男はお断りよ」


 ルイはそう言われてぽかんと口を半開きにしている。まじまじとトールの顔を見て、初めて「あ!?」と声を上げた。


「と、と、と、トール、なんでお前がここに……」


「招待状をいただいたからに決まってるじゃない」


「そんなわけがない! ここをどこだと思ってるんだ! 王城だぞ、王城!」


 一人で騒ぎ立てるルイに、「なぁに? どうしたのルイ?」とカレンが歩み寄ってくる。

 ルイの大声に、会場の視線も独り占めだ。


「あら……あなた、まさかトール? 嘘でしょ、なんで火傷やけどが治ってるの?」


「フン、なんだか知らんが、身分が違うくせに場違いなんだよ! さっさと帰れ!」


 ルイはシッシッと手で追い返すような仕草をした。

 トールに自分から声をかけてきたくせに、相変わらず勝手な男だ。

 トールは冷めた目線をくれてやりながら、言葉を紡いだ。


「場違いなのはあなたたちでしょ。下品な格好でパーティーに来ないでくれる?」


 なにせ、ルイはだいぶタキシードを着崩して胸元が見えるようになっているし、悪趣味なゴールドチェーンのアクセサリーもひけらかすようにしている。カレンもドレスの胸が大きく開いていた。ひと目で成金とわかる二人だ。


 トールの発言に、ルイもカレンも顔を真っ赤にして怒っている。


「な――な――なんだと! お前はどういう権利があって俺に口答えしているんだ、俺は貴族様だぞ!」


 ルイは今にもつかみかかりそうな勢いでトールに迫ったが、それを体で阻止するようにオズが割り込んでくる。


「僕の妻に、なにか用ですか?」


「ああ? あっ、お前はあのときの! おい、どういうことだ! お前はいったい何なんだ!?」


 ルイにうながされて、オズは『変身魔法』を解くことにした。

 そう、トールに初めて会ったときから今まで、彼はずっと『変身』していたのだ。

 漆黒しっこくの髪は美しい銀髪に。闇色の目は金色の目に。

 オズは、この世のものとは思えない美男子に変わった――いや、この場合は『戻った』というのが正しいのか。


「なッ……」


 オズの正体を見たルイは、ガクガクと震えだした。


「なに? どうしたの、ルイ?」


「カレン、お前まさか何も知らないのか? この世界に生まれたときに習うはずだろう!」


「え~、授業とかダルいから大半聞き流してた」


「銀髪と金の目を持つ人間は、この世界では王族だけなんだよ!」


 ルイの言葉に、カレンはぎょっとした。


「自己紹介をする機会がなくて、申し遅れました。僕の名はオズワルド。オズワルド・シルバーブレッド。ご紹介いただいた通り、王族です」


 オズはにっこりと微笑んだ。

 王族ということは、当然一介の貴族でしかないルイなんかよりも、ずっと地位も身分も高い。


「あの……それで、トールが妻というのはどういう……?」


「僕はあなたから妻を三億ジェニーで買い上げたはずですが、覚えていませんか?」


「お、王族の妻が召使いなんて、そんな馬鹿げた話があるか!」


「トールは今は公爵です。爵位をお金で買う……というのは少々人聞きが悪いかもしれませんが、僕と結婚するなら相応の身分になってもらわないといけないので」


「こここ、公爵ぅ!?」


 ルイは目が飛び出すかと思うくらい大きく見開いた。

 ルイとカレンの爵位がどのくらいかは忘れたが、この反応を見るにトールよりも身分が低いのは明らかだった。


「ところで……妻から話を聞いたところ、あなたは随分な仕打ちを彼女にしたそうで……」


 オズの口はえがいていたが、目は笑っていなかった。ルイはその突き刺すような視線に震え上がる。思わず床に膝をつき、ジャパニーズ土下座スタイルを取った。


「お、お許しください、殿下! トールのことは昔の話! 今は彼女とは関係ありませんので!」


「ほう。僕が治療しなければ、今も彼女の額にはひど火傷やけどが残っていたはずですが」


 氷のように冷たく硬質な声に、ルイは「ヒィッ」と小さく悲鳴をらす。

 今度はトールに向き直り、土下座で額をガンガン床に叩きつけながら許しをうた。


「トール、頼む! オズワルド殿下のお怒りをしずめてくれ!」


「私にそんなことをする義理、ないでしょ」


 トールは短く拒絶した。そして、ルイにカレンの秘密を暴露ばくろし始める。


「いいこと教えてあげる。あなたがオズからもらった三億ジェニー、もうカレンが全部使っちゃったらしいわよ」


「は?」


 ルイは呆然ぼうぜんと口を開け、床に座り込んだままカレンを見上げる。

 カレンは他人のふりをしているかのように、ルイと目を合わせない。

 実はあとから聞いた話では、オズがトールを買い上げた三億ジェニーは、石を幻術でお金に見せていたわけではなく、すべて本物のお金だったというのだ。トールに気をつかわせないように嘘をついたらしい。


「カレンは、この世界に転生して見知った相手があなたしかいなかったから、あなたを頼るしかなかった。でも、転生する前からあなたのことは金づるとしか思っていない。日本にいた頃だってあなたに買ってもらったブランド物を売ってお金にしていたのは知ってたけど、まさかこの世界でもあなたの財産を勝手に使って豪遊してたなんてね!」


「……おい……嘘だろカレン……」


「今頃、あなたの家は借金だらけで火の車のはずだ。せっかく汚職おしょくで貯め込んだ財産だったのに残念でしたね」


 オズの言葉に、ルイはヒュッと息をんだ。彼の汚職はすでに調べがついている。領地から必要以上の税を巻き上げて余剰分を自分の財産にしていたのも、他の下級貴族から賄賂わいろを受け取っていたことも、オズにはお見通しなのだ。


「そもそも、僕はそれを調べるために、あなたたちの統治する街に潜入していたんですよ。魔導執行官としてね」


 そこでこうして妻に会えたのはラッキーでしたけどね。そう言ってトールにウィンクした。


「さて、魔導執行官として、あなた方には裁きを下します」


「や、やめて、助けて……」


 ルイとカレンは震えながら周囲を見渡すが、パーティーの参加者たちは無言、無表情で二人を冷たく見つめている。二人の体の震えが一層強まった。


「嫌だァァァ!」


 ルイとカレンの叫びが、王城にこだまする。

 こうして、トールの復讐は果たされたのであった。


 その後、ルイとカレンはオズの魔法でイボガエルにされ、王城の森に放たれた。

 果たして彼らは獣の暮らす過酷な森でカエルの姿で生き残れるのか……。

 二人、いや二匹は醜いカエルの姿のままお互いに責任をなすりつけあってののしり合うが、森の狼に襲われて、抱き合う格好で仲良く逃げ出すのであった。


 そしてトールは、オズと結婚式を挙げた。

 王族であり魔導執行官でもあるオズは書類を読んで判をしたりと毎日忙しい日々を送っている。

 トールはそんなオズのそばに寄り添って、彼の癒しになっていた。


「オズ、メイドさんがお茶を淹れてくれたから、少し休憩しない?」


「ナイスタイミングだよ。さすがに少し疲れてたとこ」


「お茶菓子もあるから、少し糖分補給したほうがいいわ」


「……あーんで食べさせてくれないかな?」


「甘えないの」


 しかし、トールはほんのり顔を染めながらも、なんだかんだで甘やかしてくれることを、オズは誰よりもよくわかっていたのである。

 ――こうして、トールの異世界復讐物語は幕を閉じるのです。めでたし、めでたし。


〈了〉

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【異世界復讐物語】生まれ変わっても許さない 永久保セツナ @0922

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