第5話 オズの溺愛とお勉強

「トール、君は勉強は好きかい?」


 食堂のテーブルに座ったトールに、オズはにっこりと微笑んだ。

 彼はトールの復讐相手であるルイとカレンのことをいつの間にか調べ上げ、彼らが王城のパーティーに参加することを突き止めた。

 オズはトールをパーティーに参加させるために、料理を目の前にした彼女にテーブルマナーの授業を始めるのであった……。


 果たして、トールは王城に潜入することはできるのか?

 そして、王城のパーティーでルイとカレンに復讐を果たすことはできるのだろうか……?


 ルイとカレンの屋敷から逃げ出したトールは、オズの泊まっている宿で一緒に暮らすことになった。

 とはいえ、さすがにオズと相部屋あいべやというわけではない。彼は自分の隣にトールの部屋を取ってくれた。


「気持ちは嬉しいけど、部屋代まで立て替えてもらうわけにはいかないわ」


「でもさ、君どうやって部屋代を払うつもり?」


 言われてみれば、ほぼ無一文で屋敷を飛び出してしまった。

 彼女はもともと召使いとして屋敷に住み込みで働いていて、荷物も着替えくらいしかない。

 もらっていたお給金だって、何日も宿に泊まれるほど多くはない。というか、トールのお給金は他の召使いに比べてずっと少なかったくらいだ。ルイとカレンの嫌がらせのひとつである。トールはわずかな贅沢ぜいたくもできなかったのだ。


 というわけで、渋々しぶしぶではあったが、オズに宿代を払ってもらってトールは一人部屋を得た。

 かれこれ三日ほどお世話になっており、窓から月が差し込む部屋の中で、彼女はベッドのすみっこで、ひざかかえて座る。


(オズを私なんかの復讐のために巻き込んでしまった……)


 それが彼女の心に深く食い込む後悔であった。

 オズの言葉に触発されて、思わず「復讐したい」と声に出てしまっていたのだ。

 彼はそれを快く了承して、こうして手を貸してくれることになったけれど、理由がわからない。

 彼女はたまたま彼の使い魔である黒猫――クロエを助けただけ。

 それだけで、気に入られるものだろうか? こんなに優しくしてもらえるものだろうか?

 彼はルイに、石を幻術で金貨に見せたとはいえ、三億ジェニーを払って彼女を買った。

 ルイも言っていたが、トール自身が自分に三億なんて価値があるわけがないことは百も承知なのである。

 ――オズは、何が目的なんだろう?

 トールの心には、なんとも言えないモヤモヤした感情がくすぶっていたのである。


 不意に、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 トールはビクッと肩を震わせる。


「トール? 僕だよ。入ってもいいかい?」


「あ、うん。どうぞ」


 ガチャ、と優しく丁寧にドアが開かれ、オズが入ってくる。


「復讐の計画について、少し話し合いたいから、一階に降りよう」


「え、一階で話し合うの?」


 この宿屋は一階が食堂兼居酒屋で、二階に宿泊部屋がズラリと並んでいる形式だ。


「一階で計画の話し合いなんかしたら、誰かに聞かれない?」


「平気だよ。酒飲みの喧騒けんそうまぎれて聞こえるわけがないさ。それに、ちょっとした盗み聞き防止の魔法も使うからね」


 まったく、魔法とは便利なものだ。

 まあ、聞かれないならいいかと、トールはオズに手を引かれて一階への階段を降りた。

 夜の宿屋はにぎやかだ。あちこちで乾杯の音頭が上がり、店員たちが忙しそうに料理や酒を持って駆け回っている。

 オズは店員に料理の注文をしてから、それが届くまでの間に手短てみじかに話をした。


「ルイとカレンのことは調べておいたよ。今週末、王城のパーティーに参加することがわかった。そこで復讐を果たそう」


「えっ? でも、私みたいな身分の低い者が王城になんて入り込めるものなの?」


 それとも、召使いとしてオズに付き添うのだろうか?

 ……あれ? そもそもオズも王城に入れる身分なの?

 トールの頭が疑問符で埋め尽くされているのを尻目に、オズは話を続ける。


「パーティーへの参加については心配しなくていい。君も僕も、問題なく入れる手はずになってる。問題は君のほう」


 オズがまた意味深なことを言っている間に料理が到着した。

 彼が店員にお礼を言ってから、料理を目の前にしたトールに微笑ほほえんだ。


「トール、君は勉強は好きかい?」


「何の話?」


「テーブルマナーってどこまで知ってる?」


「ナイフとフォークは問題なく使える、と思う」


「じゃあちょっとやってみせて」


 トールは恐る恐るナイフとフォークを手に取り、肉料理を切り分けて食べ始める。


「ああ、肉料理は最初に全部切り分けないほうがいいね。左端から食べやすい大きさに切って」


 オズがトールの背後に回り、彼女の両手を自分の両手で包むようにして、しっかりとナイフとフォークを持たせる。


「手が震えてるけど、やっぱりカトラリーを持ち慣れてないんじゃない?」


「いや、これは……」


「うん?」


「オズが近くて緊張してるだけ……」


「ふふ」


 ……やはり確信犯だったようだ。

 トールは顔が熱くなっているのを自覚すると、余計に熱が上がっていくようだった。


「魚料理もやっておこうか」


「あ、魚料理はわからないかも。教えて」


「いいよ。まず、フォークで魚を押さえてから……」


 オズはトールにテーブルマナーを教えながら、彼女のナイフやフォークを持った手を愛おしそうにでた。マナーを教えるときも、耳元でささやいてくるものだから、トールの耳はゾワゾワとしびれるようで、それでも悪い気分になるようなものではなかった。彼女の耳が真っ赤になると、オズはさらに「トールって、初々ういういしくて可愛いね」なんて言うものだから、耳はさらに赤みを増した。そんなトールとオズのただならぬ雰囲気は、彼の魔法のおかげか、まったく誰にも注目されなかった。

 トールは恥ずかしさで頭がいっぱいになるのをおさえて、なんとかパーティーで必要なマナーを覚えた。


「あとはダンスだね。食堂の楽団に頼んで、曲をいてもらおう」


「ダンスなんて、踊ったことない」


「大丈夫、一から教えるつもりだから」


 こうしてパーティーへの準備を整えたトールに、オズは王城の招待状を渡してきた。もちろんオズとトールの二人分ある。

 そして週末になって、馬車を呼んだオズは、トールとともに乗り込み、王城へ向かう。

 とうとうルイとカレンに鉄槌てっついくだすときが来たのである。


〈続く〉

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