香夜様は気付かせたい

絶華望(たちばなのぞむ)

出会い

 1999年、ノストラダムスの大予言は外れた。この先も人類は存続していくのだろう。戦争と環境破壊を続けながら……。


 彼の名は、白井華月シロイカゲツ22歳の大学四年生だ。2000年1月1日、彼は世界の滅亡を望んでいた。彼は、どこにでもいる普通の青年だった。

 就職活動に失敗し、夢だったゲームクリエーターの道を断たれた。そして、4月からは聞いた事も無い中小企業で、やりたくもない仕事をしていくことになる。給料は15万、アルバイトと対して差が無い金額だった。


 華月は、初詣の帰り道、雪と満月しか存在しない世界で、月を見ていた。


 耳鳴りがするほどの静寂な世界で「ああ、なんと美しい世界だろう。人類が滅びた後、こんな世界になるのなら、人類は滅びるべきだな」と思っていた。

 そして「この日の世界の美しさ、月の美しさを表現したい」とも思っていた。


 そんな時に、華月は思い付きで神様に話しかけてみた。

「神様、もし、いるのなら私を殺してくれませんか?夢に破れ、絶望しかないこの世界で生きていたくありません。仕事なんかしたくない。命を捧げます。どうか安らかな死を救いを私にお与え下さい」

 華月は月に願った。だが、答えはなかった。いや、応えた者はいた。だが、華月には声が聞こえていなかった。


「なぜ、あなたは、崇高な魂を持って居るのに死を望むのですか?」

 月の女神、黒髪の美少女、香夜カグヤは華月を見て声をかけていた。


「あなたは私たちの教えを信じて、悪い事をせずに生きてきた。なのに何故、死を望むのですか?」

 香夜の声は華月には聞こえなかった。


 華月は独り言の後で「ああ、やっぱり神様にとって私は、どうでもいい存在なのか……。殺すにも値しない塵、それが私だ。だから、これから私がどれだけ苦しくとも辛くとも神様は私を救わない。世界など、滅んでしまえ」と世界と神を呪った。


「そんな事は無い。私は見ていました。そして、知っています。あなたは誰よりも心優しい人間です。暴力を受けても他人を恨まず。捨てられた子猫を見つけては手を差し伸べ救おうとした。友人から盗みを誘われた時も店番しているのが、年老いた老婆だと知ると、盗むのを辞めた。なのに何故、世界を呪うのですか?」

「香夜、人間にのめり込むな、あれらは未熟な魂、何が正しくて何が間違っているのか理解出来ていない。だから、地球に閉じ込められている。彼奴らが悟りを得るまでは、その世界に居るのが定め、あの者は特別に成りたかった。そして、失敗した魂じゃ。

 今は殊勝にしておる様じゃが、これから体験する人生で、元の傲慢なサタンになるのか、それとも釈迦の様に全てを許す存在になるのかは未定じゃ」


 香夜をたしなめたのは、天照大御神アマテラスオオミカミ、天界、高天原タカマガハラの最高神だった。天照の姿は、光り輝いて姿を目視できるものは居なかった。なので、美しいのか醜いのかさえ分からなかった。ただ、そこには光が在った。


「ですが、彼はあんなにも救いを求めています。少しだけ奇跡を見せても良いのでは?」

「香夜、今の世の人間の心を見て、どう思う?華月の事では無い。人間全体を見てのことじゃぞ?」

「醜いの一言に尽きます」

「そうであろう?神を信じず。悪行の限りを尽くし、神に罰せられるのが怖いから存在を否定している。そして、楽園に居る事にも気が付かず。自分を不幸だと嘆き、強欲を制御しようともせずに、自分の事だけを考えて生きている。そんな人間に奇跡を見せたら、何が起こると思う?」

「神の存在を認めて改心するのではありませんか?」

「はぁ~。香夜は人間の事を理解しておらぬな、奇跡を見た瞬間自分の悪行の数々を思い出し、神に裁かれるという恐怖で発狂するのじゃ。そうして、精神崩壊して壊れた人間を何人も見てきた。じゃから、奇跡を見せるのであれば、他の者が発狂しないように気のせいか、偶然でかたずけられるモノでなければならん」

「気が付かなかったら、どうされるのです?」

「諦めるしかない」

「そんな薄情な……」

「ワシとて、人間を見捨てたくはない。じゃが、神を否定しているのは人間の方じゃ、ワシに出来る事は無い……」

「なら、私が……」

「人を殺したいのか?」

「いいえ」

「なら、さっき言ったように気のせいか偶然で済まされる奇跡にせよ」

「分かりました」


 香夜は、日本で滅びたはずの狼の鳴き声を華月に聞こえるように発した。それを聞いて華月は「狼の遠吠え?」と思ったが、願った事は「もし、ここに飢えた狼が居たとしたら、私は逃げる事も出来ずに喉笛に食いつかれ、ビッタビッタンと雑巾を振り回すように振り回されて死ぬのだろうな……。少し面白い死に方だな、狼さん。ここに獲物が居ますよ。どうぞ食べてください」だった。


「どうして、気が付いてくれないのです。もう直接語りかけます」

「だめじゃ、それはならん」

「どうしてですか?」

「あ奴は条件を満たしておらん」

「条件?」

「ああ、天界には天界のルールがある。神の声を聞いて良いのは、神への恐れを手放した者だけじゃ」

「それは、どういう意味ですか?」

「そのままの意味じゃ、神を恐れぬ者、それは神の愛を理解した者、神の教えを守り、裁かれないと自負している者だけじゃ」

「では、華月には、その資格があるのでは?」

「ない、あ奴は神を恐れている。正確には目に見えない存在全てを恐れている。今、声をかければ恐怖で自我を失う」

「そんな……。どうして……。私には見ている事しか出来ないのですか?」

「そうじゃ、信じて待つ、ワシたちにはそれしか出来ん。最初に、そう教えたであろう?それに、なぜあ奴に固執しておるのじゃ?」

「だって、彼は、欲に塗れた人間たちの中にありながら、欲を持たない人間です」

「はぁ~。よく見よ。あ奴の中にも欲がある。一番に成りたい。金持ちに成りたい。そういう欲があるが、他の者の欲がひどすぎて欲が無いように見えているだけじゃ。泥中に咲く花は、他の華と比べると泥で汚れて見えるが、泥中にある間は綺麗に見える。そういう類の美しさじゃ」

「でも、私は彼を救いたいのです」

「お主、恋をしておるな?」

「うっ……」

「どこが良いんじゃ?」

「硬派な所が……」

「漫画の影響で、硬派を気取っておるだけじゃろうが……。男なんて女に言い寄られれば簡単に何人とでも付き合うぞ?」

「ですが、割と美人な女の子が、年老いた男の教師を悪しざまに言ったのを聞いて幻滅して、その後、告白されても断っていましたよ?顔の良し悪しで惚れない所が素敵です」

「そうか、頭お花畑か、なら条件がある。

1:天界のルールを守る

2:姿を見せたり触れたりはしない

3:直接話しかけるのも禁止

 この条件を守った上で華月が神の存在に気付き、お主に恋をして名前を当てたのなら、結婚でも何でも好きにするがよい」

「け、結婚だなんて……。そんな、まだ心の準備が……」

「あほう、ルールを理解しおらぬのか?ムリゲーじゃぞ?」

「いいえ、奇跡は起こせるんです。華月は私に気が付いてくれます」

「どっから来るのじゃ、その自信は……」

「大丈夫です。私が導きます。だから、きっと大丈夫」

「根拠は無いんか……」


 こうして、香夜は華月に神の存在を信じさせ、振り向かせ、名前を当てさせるという無理な条件で恋を始める事になった。

 触れない。姿を見せない。声は聞かせない。気のせいの様な奇跡しか見せない。この条件で人間を惚れさせることは可能なのか?神様の挑戦が始まった。

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香夜様は気付かせたい 絶華望(たちばなのぞむ) @nozomu_tatibana

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