第28話 その瞬間まで……

「何……?」


 ヤーフェが掌を広げた瞬間、彼の手中から飛び出したのは……。


「つめたっ」


 ――「水」だった。

 手で触れて、目で確認した。

 間違いない。

 飛び散った水の雫が、私の頬を掠めたのだ。


「まさか、レイリーの能力?」

「……ああ」

「神託者の……四大の能力の一つ」

「神託者は一人だなんて、何処の歴史書にも書いていないみたいだな。……お前と違って不完全な能力だけど、今日は使えて助かったよ」

「ちょっと待って。……でも」


 足元で燃えていた火を簡単に鎮めてしまった彼は、早足でこちらにやって来る。

 確かに、水の能力があれば、隠し通路なんて使う必要もない。

 燃え盛る城に潜入するのだって、楽勝なはずだ。


「残念だが、俺は単純で父ほど政治力なんてないんだ。サーファス領で、俺がのし上がったのだって、こういう芸当が出来るって一部の人間が知っているからだ」

「ま、待って……」

「待たない」


 断言したヤーフェは、窓枠まで退いた私を追いつめるようにやって来た。


「神学校時代、マーヤ先生に促されて、そのおかしな腕輪に触れた時、俺は水の能力に目覚めた。でも、預言は出来なくて、能力も不完全だった。アーティマで力を発揮して欲しいと先生に懇願されたが、逆に俺は「預言に従って、やることがある」って嘘を吐いた。だから、表舞台に出ることはないって言って……。その時、もしも俺のことを誰かにバラしたら、天罰が下って「死ぬ」って先生を脅したんだよ」

「さっきのやりとりは、そのこと……」

「あいつは、俺がサーファス領のクラートであることは知らなかったはずだ。それでも、俺が神託者だから、お前に縁談を用意することが出来たのだと思い込んでいた。信奉者がいると考えたんだろう」

「本物の神託者がいると知りながら、偽者を担ぎ出すって。先生もまた……」

「だから、お前を偽者にでっちあげたんだ。お前は人質みたいなもんだろう。俺が絶対に害せない人間だから……」

「人質? 私を害せない? 君が?」

「鈍すぎる。察しろよ。ほら、行くぞ」

「だから、行かないって」

 

 ヤーフェが強く私の腕を引っ張ったが、私はありったけの力で抵抗した。


「痛いって。ヤーフェ君」

「知るか」

「滅茶苦茶、害しているじゃないの? 私、君のこと大嫌いだって、言ったよね?」

「お前の「好き」は呪いだけど、「嫌い」って何なんだろうな?」

「そのまんまの意味に決まっているでしょ。ともかく、私はここに残る。一世一代の覚悟で決めたんだよ。神託者が二人ってことは、一人はいらないってことでしょ。だったら私が……」

「ああ、はいはい。分かったよ。お前が頑なすぎる理由。どうせ、俺が死ぬとか、そんな預言でも拾ったんだろう?」

「……何……で?」

「図星か」


 とうとう、当てられてしまった。

 私は懸命に首を横に振って、誤魔化そうとするが、すべて看破しているヤーフェに通用するはずもない。


(どうして、皆バレてしまうの?)


 彼は四大の能力だけではなく、心を読む力まで会得してしまったのではないだろうか?

 ヤーフェは私から目を逸らすことなく、地味にレイリーの能力消火活動に勤しんでいる。

 彼は自身について、預言の能力が宿らず、水の能力も不安定だと話していたが、要するに、預言によって能力が左右されないということだ。


(それって、無敵なんじゃ?)


 人としての器が違うのか、単純に神経が図太いだけなのか?

 衝撃的なことを知ってしまったはずなのに、ヤーフェは落ち着き払っている。

 そして、何てことでもないように、さらりと言うのだ。


「いいよ。そんな預言、気にしなくて」

「か、簡単に言わないでよ」

「俺がいいって言っているんだ」

「私はよくない。全能の神の言葉なんだよ。君に対する絶対的な未来だ。私だって外れることを期待して、色々と試してみた。でも、預言は外れなかった。君は私がきっかけで死ぬんだよ。君まで私のせいで。そんな未来……」

「……ミソラ」

「人って簡単に死ぬんだよ。メイヤちゃんだって、あっけなく死んじゃった。私が殺したようなものだった。それって、罪なんじゃないの? だから、こんな厄介な力が身についちゃったんでしょう?」

「お前は何も悪くない」

「私が悪いんだ」


 こんなに激しい言葉の応酬、初めてだった。

 感情的になって、私は涙まで流している。

 ずっと蓋をして見ないように目を背けていた感情が荒波のように押し寄せて、対処できなくなってしまった。


「頼むから、ヤーフェ君。ここから出て行って。君はアーティマを滅茶苦茶にしたんだから、責任を取るべきだ。私なら大丈夫。どうせ神託者なんて二十歳以上生きられないんだから。ちょっと早まっただけのことだよ。私の分も君が長生きしてくれたら……」

「……で? 俺がお前の話に納得して、このまま置き去りにする男に見えるのか?」


 そうだった。

 そういう人なのだ。

 だから、彼にバレないよう、事を進めていたのに。

 こうなったら……と、火を放とうとしたけれど、無駄な抵抗だった。

 能力を使ったところで、彼の水に消されるのがオチなのだ。


「気が済んだか?」

「…………」

「初めて、感情を吐きだしたお前を見たよ。最高だな」

「変態なの?」

「お前に関してはそうなのかもな。神学校時代、いつも、お前が飛びついてくるのを待っていた。寸前でかわしたって、お前は言っていたけれど、あれは苦肉の策だった」

「私のこと、気色悪いって言ってたよね?」

「そう言うしかなかったんだ。飛び付いてきたところを逆に俺が抱きしめ返したら、お前……怖くなって逃げ出しただろう? だから、嫌々、追っ払ってるフリをしていた」

「何……それ?」

「……だから、もう逃げるなよ」


 ――……逃げるの?


(……メイヤ……ちゃん?)


 ふと彼女の声が重なって聞こえたような気がした。 

 ぼうっとしていたら、隙だらけになっていたらしい。

 そのままヤーフェに引っ張られた私は、彼の腕の中にすっぽり収まってしまった。


「莫迦だな。フリューエルの預言があろうが、なかろうが、死ぬ時は死ぬし、壊れる時は壊れる。それより、今この瞬間だろう」


 そうして、私の背中に手を回したヤーフェは、肩口に顔を埋めて……。


「……捕まえたからな。ミソラ」


 怖いくらい、甘やかに囁いたのだった。



【 了 】

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壊れた君が世界を審判する 真白清礼 @masirosumire

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