第27話 破滅を望む理由

◆◆


「隠し通路?」


 何となく分かっていた。

 シズルがサーファス側の間者であるのなら、ヤーフェに抜け道の情報が伝わるだろうことは……。

 しかし、ここは大神殿ではない。王城だ。

 シズルは大神殿で巫女をしていたが、王城の構造については知らないはずだ。


(それとも、他に間者がいたとか?)


 いずれにしても、ここまで炎が席巻した状態で、城の最上階までやって来るなんて、自殺行為に他ならない。


「何しているの。ヤーフェ君。死ぬ気?」

「まさか。ルカム王を捕獲するのに時間が掛かって、ここに来るのが遅れただけだ。死ぬ気なんて、さらさらねえよ」

「いくら、隠し通路の場所を聞いていたところで、こんな状態で戻ることなんて」


 煙が充満しつつある。

 私は巫女服の袖で鼻から下を覆った。

 無防備なマーヤ先生は、酷く咳込んでいた。


「ん? お前、まだ知らないのか? まあ、知らないと言うのなら、律儀にこの女は俺の言いつけを守ったということだから、それでも良いんだけど」


 じろっと、ヤーフェが睨みつけると、マーヤ先生が竦みあがった。

 とても、かつての生徒と教師には見えない光景だ。

 ヤーフェは蹲っているマーヤ先生のもとに長い外套を翻しながら向かうと、腰に差していた短剣で、先生の縄を切って解いてしまった。


「一体、何して……?」

「ミソラを良いように利用したことは腹立たしいけど、俺のことを吹聴しなかったことだけは助かったからな」

「ヤーフェ……君?」

「策略好きのくせに、俺が吐いた嘘なんかよく信じたもんだな」

「嘘……だったの? そんな……」


 先生は明らかに動揺していた。

 

「私、意味が分からないんだけど?」

「話すと長くなるからな。諸々後で説明するから、今は逃げることに専念しろ。先生なら、この城の抜け道なんて知ってるだろ。行くぞ。ミソラ」

「私は行かないって」

「まだ言っているのかよ!?」

「付き合い切れないわ!」


 床が揺れんばかりの二人同時の怒声に、私は両手で耳を塞ぐしかなかった。


「まったく! この子、やっぱり見込みないわ。私はさっさと避難するから、自死でも何でも好きにすれば良いわ」


 マーヤ先生が氷の微笑で私を一瞥する。


(ああ、先生ったら、そういう顔がずっとしたかったんでしょうね)


 ……が、そんな彼女をヤーフェが一喝した。


「元はと言えば、お前がミソラを担いだのが原因だろ? お前の浅はかな考えくらい、お見通しなんだからな!」

「それは……」


 途端に、先生が大人しくなってしまった。


「そ、そんなことないわ。現にミソラさんは……」

「ああ、もういいから行けよ。お前はかえって目障りだ。こいつは俺が説得する」

「……でも」

「消えろ」


 皆まで聞かずに、ヤーフェはマーヤ先生を切り捨ててしまった。

 先生は何か言いだけだったが、ヤーフェの怒りに萎縮して、よろけてながら、扉の外に消えて行った。

 ……森閑。

 城が燃えて炭になっていく。その過程の音しかしない。

 ともかく、ここから彼を追い出したい一心で、私は口を開いた。


「説得なんて無駄だよ」

「じゃあ、強制なら良いのか?」


 ああ言えば、こう言う。

 ヤーフェが躊躇いなく、こちらに近づいてきたので、私は慌てて後ずさった。


「お前があの日来なかったから、わざわざ迎えに来てやったんだぞ」

「頼んでないから」

「駄々を捏ねてないで、早く来い」

「嫌だって」


 私は尚も接近してくるヤーフェの足元に、指先から火を放った。


「悪いけど、私は一緒に行けない。どういうわけか、神託者なんかになってしまったからね」

「……ライラの力か」


 ヤーフェが足元の絨毯を燃やしている炎を静かに見下ろしていた。


「今まで隠していたんだな。回りくどいやり方しやがって」

「少し前まで、何処かの段階で神託者をやめられないかなって思ってたんだ。偽者だって話したら、お役御免にならないかなって。そんなこと不可能なのにね? 力が欲しいって、望んだのは私。自業自得なのに」

「後悔でも何でも好きにしろよ。お前の意思なんか、どうだっていい。とにかくここから連れて行く。……絶対だ」


 この状況を目の当たりにして、自信満々に言い放つ。

 マーヤ先生も凄まじく前向きだったけれど、ヤーフェはその上を行くようだ。

 だけど、私は彼と行くつもりはないのだ。

 精々、思い残しがないように振る舞うことしか出来ない。


「え……っと。あの時の怪我、大丈夫かな? それ……新しい外套だね。あの時貸してもらったのは大神殿の方にあって、返せなくて、申し訳ない」

「はっ?」

「それでね。一応、当たり障りのなさそうな預言に関しては、私なりにまとめたものを残しておいたんだ。燃えたら嫌だなって思って、頑丈な金庫に収めておいたから。もし良かったら」

「時間がないんだ。話を逸らすな。お前の悪い癖だぞ」

「わざわざ、炎を命中させずに、足止め程度に留めたんだから、私を置いて出て行ってよ」

「そこまで頑ななのは、何か嫌な預言でもあったってことだろう? ここで死んでしまいたいほどのものが!」

「…………」


 真実を衝かれて、私は黙りこむしかなかった。

 そのまま頷いてしまいたいけど、そうしたら、彼の方が終わってしまう。

 

(声が……するんだよ)


 私にとって絶対、望まない言葉が頭の中で何度も繰り返されるのだ。

 狂ってしまいそうなくらいに……。


『アーティマの神託者と再会したことによって、サーファス領のクラート=フォン=シギルは死ぬこととなる』


 ――死ぬ……と言っていた。

 クラートは私と再会したら。


 まさかと思って、サーファス領のクラートのことを調べたら、彼がヤーフェと同一人物だということが分かってしまった。


 ……ヤーフェが死んでしまう。


 決して、自分の命を軽んじたわけではなかった。

 その預言を無視して、生き残ることだって考えた。

 でも、すべてひっくるめて、私は限界だったのだ。


「私は……ここで死ぬ。そういう自由はあるんだから、好きにさせてもらう」

「本当は助けて欲しいくせに、よく言う」

「違う」

「じゃあ、どうして今ここで死のうとしているんだよ。本当に一人で死ぬつもりだったら、もっと死ねる機会があっただろう?」

「…………っ」


 狼狽のあまり、私は……。


「君への嫌がらせみたいなもんだよ」


 我ながら、滅裂なことを口走ってしまった。 

 ヤーフェが信じるはずもないのに……。


「じゃあ、受けて立たないとな」


 ああ、明らかな怒り口調。


(殴られるんだろうか?)


 彼がおもむろに片手を振り上げたので、私は単純にそう思った。

 ……が、違っていた。

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