第26話 火が迫る中で
「本当は、アイデル殿下にもご一緒してもらう予定だったのに。それだけは残念だな」
彼がその後どうなったかは知らないが、城の最上階。生きてはいないだろう。
こんな形で復讐することになるとは思ってもいなかったけど……。
死に方もメイヤと同じなんて、皮肉めいていた。
「滅びの預言……なのね?」
ぼそっとマーヤ先生が呟いて、私を恨めし気に見つめている。
「貴方がここで命を絶とうとしているのは、このままだと滅びの預言をしてしまいそうだからなの?」
「時間稼ぎしても無駄ですよ」
「そのくらい、教えてくれたって良いじゃないの?」
「その預言に関しては、まだ何も受け取っていません。ただ……」
「……ただ?」
無視しても良かったが、室内にも煙が流入してきた。
落城間近。
今、逃げたところで、マーヤ先生も間に合わないだろう
だったら、こうして彼女と話しながら意識を失うのも悪くない。
「私が生きていることで、最悪なことが起きるようなのです。私は……それを阻止したい。メイヤちゃんの復讐も、そのついでみたいなものです」
「じゃあ、私がここで命を落とすということも、貴方の預言にあるって言うの? ……そんなはず」
――ない……と、言いたげなマーヤ先生の苦悶の表情。
(前向きだな)
こんなところで自分が命を落とすはずがないと、思い込んでいるようだ。
最早手遅れだと言うのに、縄を解くべく彼女は足掻いている。
髪をふり乱し、露出の多いドレスの胸元には薄ら汗が浮かんでいた。
その活力を、少しだけでも私に分けてもらいたかった。
「先生がここで私と一緒に心中するのは、その方が良いと判断したからです。私が己のために力を隠したせいで、命を落とした人もいるはずだし、貴方の振る舞いで不幸になった人もいます。二人で仲良く償うべきでしょう」
「本当のことを言いなさい。そんなの嘘でしょう?」
「酷いな。私だって、罪悪感くらい抱きますよ」
「あのね。ミソラさんは何も分かっていないみたいだけど……。私、ルカム王なんて、あんな男、愛してなんていなかったわよ。ただ利用しやすかっただけ。私が欲しかったのは、権力。それだけよ」
断固として言い切られて、私は目を瞬かせた。
「……権力?」
「神託者の証。その腕輪を貴方に託した時、力が欲しいのかって、貴方に訊いたでしょう? それがすべて。私だって力が欲しかった。神学校の一教師なんかじゃなく、国を動かす力を……」
「貴方が国を動かすんですか?」
そんな大それたことが出来るように思えないのだが……。
「遅かれ早かれ、アーティマ王朝が終わるなんてこと預言者でなくったって分かるわよ。だから、精々甘い蜜だけ吸って、危うくなったら、逃げるつもりでいたわ。当然、「神託者」である貴方も連れて行くつもりだった。もっとより良い国に……。ロリネルもその候補だったから、今回だって王太子を引っ張り出して来たのに」
「説得力がありませんよ。私も一緒だって言っている割には、アイデル殿下と一緒に茶に毒を盛ったりしてたじゃないですか?」
「あれは毒だけど、致死性は低いものよ。貴方が自由に動くとロクなことがないから、当面、大人しくしてもらおうと思っただけ。兵士に剣を向けさせたのだって、致命傷は避けるつもりだったわ」
「私を殺して、新しい神託者を据えるつもりだったという方が得心できるような気がしますけどね」
薄ら笑いを浮かべて指摘するも、マーヤ先生は真顔で首を横に振り続けた。
「そんなことしたら、私、ヤーフェに殺されるわ」
「……どうして、ここでヤーフェ君が出てくるんですか?」
分からない。
そういえば、先生はいつも事あるごとに、彼の名を出してきた。
恨んでいると罵りながら、積極的にヤーフェを害することはしなかったような気がする。
単純に彼のことが好みだったんじゃないかって、私は思っていたけれど……。
……違うのか?
「貴方は大きな勘違いをしている。私は本当に彼がサーファスのクラートだなんて知らなかった。混乱しているのは私の方よ。だって、ヤーフェは……」
――と、その時だった。
がたん……と、耳に痛い激しい音が響いて、扉が足蹴と共に吹っ飛んだ。
凄まじい脚力……と感心している場合ではなかった。
「……何……で?」
さすがにこの段階でこの展開は想定外だった。
私は混乱の余り長椅子から立ち上がって、数歩、後退した。
真っ赤な炎を背景に、黒ずくめのヤーフェが一人立っていた。
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