第25話 幕引き

◆◆


 目の前で、真っ赤な炎が広がっている。


『大陸中に、戦禍は広がるだろう』


 頭の中で、胡乱な声がこだましている。

 性別不詳のその声は、神なのか否か。

 毎日、雑踏の中にいて私の耳元で通行人の誰かが聞きたくもないことを囁いている感じだ。気分が悪い。


(益々、戦禍が広がるだって……)


 どうして、そうなってしまうのか。

 最善を尽くしたつもりでも、その声は先回りをしたように、私を想定外の未来に導いてしまう。

  

(何で私だったのかな? 神様)


 むしろ、死んでしまったメイヤの方が適任だっただろうに……。


 ――アーティマの崩壊。


 かなり前から、決まっていたことだ。

 神託者は予知する側だから「予知したこと」に関して、能力を行使することは出来ない。

 何度か試してみたけれど、預言の内容に抵触すると、火の力を使うことは出来なかった。

 ――でも。

 便乗することは出来る。

 叛乱軍が王城に攻め込み、火をつけた頃合いで、私の能力で火を放った。

 私がヤーフェ側に肩入れしていることは、皆分かっているのだから、それこそルカム王の復活はないし、何処の国もアーティマ王家には手を貸さなはずだ。


(最後まで愚かな人だったな)


 ルカム王は、私が本物の「神託者」と分かった時点で、王位を返上するしか手はなかった。

 それなのに、狼狽えるだけで何もしなかったから……。

 完膚なきまでに、アーティマの王家は取り潰されるだろう。

 それも仕方のないことだ。


(でも、ヤーフェ君、三年前は大神殿を全焼させるくらい、大々的に焼いたくせに、今回は思い切りがないよね?)


 十分に時間もあったし、無関係の人は逃げたはずなのに……。

 ヤーフェの緩慢な動きが解せない。


(もう少し早く来ると読んでいたのに)


 あれから一月足らずなのだから、充分早いとも言えるけれど、私はもっと早めにこうなることを目指して手を打っていたのだ。

 一体彼は、何を逡巡していたのだろう。

 さすがに、あの夜負った怪我が祟ったなんてことはないだろうけど……。


(まさか、私を待っていたなんて?)


 そんなはずない。

 神託者は城から逃げたと、噂を流したのだ。

 たとえ、その情報を疑ったとしても、とっくに私が逃げたものとして、彼は大々的に攻めるべきなのだ。

 ヤーフェの個人的思惑で、兵を動かすわけにもいかないのだから……。

 

「ミソラさん!」


 はあ、はあ……と、マーヤ先生の荒い息が室内に響いている。

 まだいたのか……ではなくて、私が彼女を拘束したのだった。


「貴方、このままここで死ぬつもりなのっ!?」


 先生は腕の拘束を解こうと、躍起になっていた。

 いい加減、逃げないと火に巻かれて死んでしまうのだから、必死にもなるはずだ。

 アイデルと対峙した日から、私は貴賓室にこもっていた。

 マーヤ先生だけ傍らに置いて、役に立ちそうな預言だけを記録しながら、ヤーフェが来るのを待っていた。


(先生も可哀想に)


 せっかく、神学校の一教師から出世して、王城を我が物顔で歩けるようになったのに、最期が落ちこぼれ生徒と心中なんて……。

 彼女には同情している。

 逃がすつもりはないけれど。


「大丈夫ですよ。先生。私も一緒に逝きますから。声ばかりのフリューエルより、ちゃんと御姿の方を見てみたかったので、それなりに楽しみなんです」

「何を……言っているの? 貴方は本物の神託者なのよ。預言の力があれば、大陸中何処に行っても、受け入れてもらえる。それなのに、こんな形で命を絶つなんて。正気じゃないわ。こんな馬鹿げたことやめて……」

「先生は神学を教えているのに、ご存知ないのですか?」


 私は窓の外、背景として広がっている炎に目を遣りながら冷ややかに答えた。


「そんなに都合よく、神の声が下りてくるわけではないのです。当日の天候から、国際情勢のこと、人の生き死に関して……時系列も、何もかも滅茶苦茶。短時間で結果の出る預言もあれば、長期間に至る預言。私にも訳が分からないことばかりなのです。こんな不完全な能力で、一体何が出来るというのですか?」

「出来るわよ!」

「何を?」

「貴方にはライラの能力もあるし、大丈夫。私が補佐してあげるわ。とにかく、早くここを出て……」

「そうですね。このままだと、メイヤちゃんとお揃いになってしまいますものね」

「…………」


 焦燥感に駆られているマーヤ先生とは対照的に、私は優雅に足を組んで座り直した。

 ここから動くつもりなんてなかった。

 そろそろ、この部屋にも火の手が及ぶだろう。

 煙を吸って失神後に、焼死という流れが良いと考えていた。

 自ら命を絶つという選択肢もあったが、短剣と毒薬と睨めっこをしてやめた。

 私が本当の神託者だと証拠を得た途端、熱心な神職者が甲斐甲斐しく世話をしてきたので、毒を盛られる隙もなかった。

 決して、死にたい訳ではないのだ。

 でも、私が生きていることは「火種」になってしまう。

 脳内に、泉の如く溢れ出てくる知りたくもない情報の波。

 そんなもの、凡人の私に整理できるはずもない。


 ――だから、ヤーフェに託すのだ。


 彼は私なんかより、ずっと生きる価値のある人だから……。


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