第24話 彼女の最期 【神学校時代】


「王が……殺された!」


 物騒な言葉が、混迷極まる大神殿の外では飛び交っていた。

 咳き込んで、身を屈めた私を踏みつけるように、大勢の人達が逃げ出していく。 


(王様が殺されたって、ヤーフェ君って王様直属の神官じゃなかった?)


 どれくらい、王の傍に侍っていたのだろう?

 賊は何人?

 正直、雲の上にいる王様なんてどうだって良かった。

 私はヤーフェが心配で仕方なかった。


(王様護って、負傷なんてことはないよね?)

 

 こんなことが現実で起こるはずない。

 ……なのに、耳を覆っても、聞こえてしまう。

 大勢の人の悲鳴と怒号が……。


「神事中に刺されたらしいぞ」

「賊が入り込んでいるらしい」

「早く、逃げろ!」


 大火傷を負って手当てを受けている人たち。

 煙を吸って倒れ込む人々。

 

(ヤーフェ君、この中に紛れてると良いな。逃げてくれていれば良いけど……)


「どうにもならない……よね」


 私は余りにも無力だった。

 ヤーフェが心配だったが、王が神事を行う場所なんて、特定できるはずもない。

 絶対に彼は逃げたのだと信じるしか……。


(そうだよ。二人は私なんかより、しっかりしているんだから、大丈夫だよ)


 無事だったら、メイヤと笑い合って、嫌がらせとばかりにヤーフェに抱きつこう。それしかない。


(とにかく、私も何処か安全なところに避難して……) 


 這うようにして、その場から立ち去ろうとしたものの……。

 ……その時だった。


「まだ残っている子がいるぞ!」

「神官見習いの……ほら……女の子。逃げないんだって!」

「自分で居残っているのなら仕方ないだろう!?」


 空恐ろしい怒号を聞いた。


(えっ)


 ……神官見習いの女の子?


(まさか?)


 見習いで配属されている神学校の生徒は、十人以上はいるはずだ。

 メイヤではない。


(よりにもよって、メイヤちゃんが、そんな……)


 そんな情報、信じない。

 ……だけど。


(自分で居残っているって?)


 昨夜のメイヤの様子を思い出して、私はぞくりと身体を震わせた。

 

(また会おうねって、メイヤちゃん、私に言わなかった)


 社交辞令でも未来に繋げる言葉を使う子だった。

 ……なのに、昨夜は言わなかった。

 胸騒ぎがする。

 このまま放置できない感じ……。


(行かなきゃ)


 発作的に、私は全力疾走していた。


(勘違いに決まっている。……でも)


 メイヤの居場所なら、何となくだけど想像ができた。

 大神殿内部は、神学校の授業の一環で一度しか訪れたことがなかったが、庭園の場所なら分かりやすいから覚えている。

 メイヤは庭園側の一室で、神職者たちの小間使いをしていると話していた。

 とにかくその近くまで行ってみて、何も手掛かりがなければ、逃げたということで、私は脱出すれば良い。

 逃げ惑う人達の流れと逆走して、やっと辿りついた大神殿の庭園。

 灰色の煙が立ち込めていたが、満開の花々は鮮やかに咲いていた。


 ……誰もいない。


「大丈夫……だよね?」 


 無人の庭園を見渡して、一息吐く。

 もう良いだろうと、逃げようとして、踵を返したら、くすくす笑う少女の声が聞こえてきた。


「誰?」


 幻聴か?

 

(違うよ。この声は……)


 私のよく知っている彼女の声だった。


「メイヤちゃん?」


 辺りを念入りに観察すると、少女の笑声は頭上からしていた。

 逆光でよく見えないけれど……。

 最上階の窓。

 身を乗り出して、座っている女の子の姿があった。

 間違いない。


 メイヤ……だった。


「何……しているの。メイヤちゃん。火事だよ。逃げて!」


 大声で叫んでいるというのに、彼女は私を無視する。

 聞こえていないのか?

 再び声を張りあげようとしたけれど、私は煙を吸って咽せてしまった。


(こうなったら)


 直接、メイヤのもとに行くしかない。

 裾をたくし上げて、私は螺旋階段を駆け上った。

 最上階の部屋に行くと、扉は開いていて、勢いのまま室内に飛び込むと、メイヤがそこにいた。

 ぼうっと外を眺めている。


「……メイ……ヤちゃん」


 ゆらゆらと、彼女の頭が揺れていた。足をばたつかせているのだろう。

 火の手も怖いけれど、このままメイヤが落ちてしまいそうで、見ていられなかった。


「何……してるの? 早く逃げなきゃ」

「私、ここであの方を待ってないといけないの」

「死んじゃうよ。とにかく、ここから出ようよ」

「ここ、あの方の部屋だったの。もう、何処にもいないけど」

「早く!」


 火の勢いを警戒しながら、私は大股でメイヤのもとに行った。

 ハッと息を飲んだのは、彼女の顔に青あざが出来ていたからだ。


「……メイヤちゃん。何、されたの?」

「あの方に会いたいって掛け合ったら、殴られちゃった。でも、またここに来るって言ってくれたよ」


 巫女服の隙間から垣間見えた腕に残る傷跡。

 その男だって、彼女に何をしているのか分からないのだ。

 

(何で、こうなるの?)


 消えない傷なんか作って……。

 寮母の暴力から彼女を守っていた私は何だったのだろう。


「ミソラちゃん。私ね、あの方に捨てられたのが悲しいんじゃないのよ。……悔しいの。神学校にも通えて、その中でも、大神殿の神職見習いになれた。私は恵まれているって思っていたわ。勉強して知識を武器にしたら、世間に立ち向かえるって希望も持ってた。でもね、しょせん孤児上がりだって。出自不明の卑しき女だって、皆が言うの。ねえ、諦めたら幸せなの? みんなに莫迦にされて、それでも笑っていられたら、幸せになれるの?」

「そんなの分からないよ。今はそんなことどうだっていいから、こっちに……」

「力が欲しい。誰にも何も左右されない力が……」


 決死の言葉のはずなのに、虚ろに呟く。

 眼下で庭園の花が火に包まれていた。


「行こう」


 一刻の猶予もない。

 私は強引に彼女の手を掴もうとしたが、彼女は頑なにその手を拒んだ。

 その拍子に、風に煽られたメイヤは態勢を崩してしまって……。


「メイヤちゃん!」

 

 以前、私が寮の窓から落ちそうになった時、支えてくれたメイヤの元気な姿が浮かんだ。

 星空を見上げながら、二人で笑っていた夜。


 ――大丈夫。


 私は必死に手を伸ばした。間に合うはずだ。

 きっとそのために、私は大神殿にやって来たのだから……。


「掴んで!」


 彼女に向かって、喉を嗄らして叫んだ。

 ……けど。

 メイヤは私の手を取らなかった。

 無言で火の中に落ちて行った。

 最期に笑っていたのは、私に対する嘲りか? 皮肉か?


(……何でまた「火」なのかな?)


 あの日以来、火は苦手だ。

 それなのに、私に宿った力は「ライラ」の能力。

 いつの日か、自分を滅するための炎だって思っていた。

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