性格整形、始めませんか

青いひつじ

第1話

電車はまるで、起きたばかりかのようにノロリノロリと進んでいる。

雨のため遅延していることを連絡し、ふと顔を上げると、ある広告と目が合った。


"性格整形、始めませんか?"





性格整形とは、最近若い人たちの間で流行っている整形の一種らしい。

整形と聞くと、身体の形を変えることをイメージすると思うが、性格整形も言葉の通り、性格を変えることを意味する。


数年前、ある研究者が人間の性格を実体化させ、その形を美しく整えるという実験を成功させ、ナントカ賞を受賞していた。


近年これが医療の現場にも導入され、精神病の治療に貢献しているという。

性格整形のターゲット層は20代〜40代、就活生や転職活動中の人、婚活中の男女らしい。


なぜ私がこれほどにも詳しいのかと言うと、この整形を受けようかと夜な夜なリサーチしているからである。

美しい容姿を持つ私であるが、性格だけはどうしても直すことはできなかった。

しかし、技術が進歩した現代において、不可能なことなどないのかもしれない。



明朝体で書かれた、施術時間最短30分!初診無料!料金1万円〜!ダウンタイム不要!の文字が輝いている。

この手の広告は、どうしてこうも無駄に華々しいのだろうかと思うが、それでも惹かれてしまうから不思議である。


検索してみると、そのA美容クリニックとやらは家の最寄駅近くにあった。

初診無料の言葉に見事釣られた私は、週末にクリニックへ行くことにした。





「山田さん、こちらへどうぞ〜」


甲高い声の看護師に呼ばれた。


「初めまして。院長の田中です。今日は初診ですので、あなたの心の形を見て、どんな施術ができるかをご説明できればと思います」


私は指示された通り、上着を脱いでベッドに横たわった。

院長の男は、小さな機械を私の心臓部分に当て画面を眺めている。


「おぉ、なるほど。分かりました。それでは、お戻りください」


男が見せてきた紙には、三角の模様が描かれていた。


「これがあなたの心の形です。

それでは、美しい心と比較してみましょう」


そう言って見せてきた、もう1枚の紙にはきれいなハート型が描かれていた。


「今の形も悪くはありませんが、少し角があるような感じですね。イライラした時、誰かにあたってしまったり、喜怒哀楽が激しかったりしませんか?」


男は次から次へと、私の性格を言い当てた。

最後には、よく当たると噂の占い師に見えてくるほど、私は男の言葉に心酔してしまっていた。


「では施術は説明した通りとなります。

もし、他のクリニックと比較されたいということでしたら、詳細を記載したお見積もりを提示できますよ」


如才のない説明と締めくくりに、すっかり安心感を抱いてしまった私は、すぐに首を横に振った。



「次回の予約をお願いします」


「かしこまりました。それでは、こちら注意事項を確認いただき、ご署名をお願いします。

それから、1つ大切なことを。施術後、元の形に戻すことはできませんが、大丈夫ですか」


「大丈夫です」


私は注意事項をスーッと流し読み、名前を書いた。






私には、付き合って3年になる彼氏がいる。

私が鼻と目の整形をしていることを伝えた時、彼は、私の性格を好きになったんだと言った。

こんな性格を好きになる人間がこの世にいたのかと驚いたのを覚えている。


しかし、それも3年前の話である。

最近は、私の性格が原因で喧嘩することも多くなった。

美しい心を手に入れた今、彼とまたうまくやっていけるに違いない。




施術から2ヶ月が経ち、私たちは平穏な日々を送っている。

性格整形を受けたことはバレていないようだ。

やはり、この選択は間違いではなかった。




ある晩、いつものようにテレビを見ながら食事をしていると、彼がそっと箸を置いた。


「最近、泣いたり怒ったりすることがなくなったみたいだけど、無理はしていない?」


「ええ。無理なんてしていないわよ」


「なんだか、口調も前より上品になったみたいだけど」


「そんなことないと思うけれど、、、」


「、、、そうか、、ならいいんだ」


そう言った彼は、悲しそうに笑って箸を持ち直した。

すっかり生まれ変わった私に戸惑っているんだわと、そう考えていた。




性格整形を受けてから、彼との関係だけでなく、仕事も順調に進んでいる。


嫌いな女上司に嫌味を言われても、体の中に流れるのは以前の大雨の濁水ではなく、山の湧き水のようである。

私は、本当に美しい心を手に入れたのだ。




金木犀の香りが漂う季節が来た。

彼とは喧嘩することもなく、良好な関係を築けている。


ちょうどいい暖かさの日曜日の朝。

彼が脱ぎっぱなしにした靴下を拾い、洗濯機に入れる。



「怒らないの?」


「え?どうして?」


「いや。前だったら、ちゃんと洗濯機に入れて!って怒られてたから」



「うふふ。そんなことで怒ったりしませんよ」



「そっか」


彼はまた少し寂しそうな顔をした。





それからどれくらいの時間が過ぎただろう。

今となれば、喧嘩していたあの頃は懐かしい思い出の日々である。

きっと、このまま彼と結婚し、そのうちに子供もできたりして、これからずっと一緒に暮らしていくのだと思う。




そして、その日は突然やってきた。

木枯らしで切ない気分になるある日、彼が温かいコーヒーを淹れてくれた。



「話があるんだ」


私は、少し崩していた姿勢を正した。




「僕たち、終わりにしよう」



予想外の言葉に、開いた口が塞がらなかった。



「どうして、、どうしてそんなことを言うの」



彼は少し言いにくそうに口を噤んだ。



「お願い。理由を教えて」



「もしかして、性格整形を受けたのかい?」



「どうしてその事を」



「君は、変わってしまったよ」



「、、なぜ、、、私の心、美しくなったでしょ」



彼は大きくため息をついた。



「僕は、疲れた日には思いっきり泣いて、美味しいものをお腹いっぱい食べて笑顔になって、気づけばソファーで寝ている、そんな君が好きだったよ」



「そんな、嘘よ。私の性格のせいで嫌な思いをたくさんしたでしょ」



「喧嘩したって、君となら何度だって仲直りしようって思っていたよ」



「、、、、、」



「でも、そんな君はもういない。

 最近の君はまるで、心を失ってしまったようだよ」



彼はボストンバックを持ち上げた。



「今までありがとう」



そう告げると、また、悲しそうに笑った。



バタン。


物語の終わりを告げるように重たい扉は閉まり、

私に残されたのは、美しい顔と美しい性格だけであった。








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