第15話 ごきげんよう
ベルーダ大公国の都に到着すると一気に忙しくなる。
未婚の子弟を有する高位の王族や貴族からの招待が数多く寄せられた。
アレクから目を離すのが不安なので、同伴できる日中のものだけに絞って応じたが、それでもかなりの数になる。
アレクは昼食会やお茶会の席に出しても恥ずかしくない子供だった。
私と誰かが話をしているときは大人しくしているし、自分が話しかけられれば物怖じせずに答えている。
話題は自然と大公国の印象を聞くものとなった。
「我が国の料理はどうです? 歴史あるエルタニア王国のものとは比べものにならないでしょうが」
アレクはカトラリーを置くとナプキンで口を拭う。
「とても美味しいです」
「エルタニア王国が恋しくはない?」
「お母様が一緒なので全然気になりません」
食後に庭園をそぞろ歩きするときもアレクの周りには人だかりができた。
まばゆいばかりに輝く美貌の令嬢がアレクに話しかける。
「ねえ、アレクサンダー様、迷路があるんですのよ。一緒にいかがですか?」
庭園の中に生け垣で作った迷路があるらしい。
アレクが私の方を見てくるので、行ってらっしゃいと送り出した。
迷路とは言っても、どちらかといえば二人きりで語り合うための口実という趣のようだ。
しばらくして出てきたアレクは、お相手の令嬢に手を振ると、私のところへと駆けてくる。
「お母様もやってみたらどうですか? 外で見ていると簡単そうなのに中に入ると難しいんです」
「そうね。私はいいわ」
エスコートしようと待ち構えている誰か一人を選ぶのも面倒だった。
ぶっちゃけ、色恋沙汰はもういいかなと思っている。
私に男を見る目がないらしいということは克彦との件でよく分かった。
ただ、私を巡ってしのぎを削る若い男性は、もう一つの厄介ごとに比べれば、まだ可愛いものである。
大使館というほど立派なものではないけれど、周辺国同士でお互いの都に拠点を構えていた。
そこには責任者と魔術師がおり、情報収集を行って本国へと連絡している。
賢者ノーマン様のところで見たような水晶で、ほぼリアルタイムでの通信ができた。
アイディーンが生を受けた国が設けている拠点に招かれ、水晶の向こうに父親が出てくる。
「一人では大変だろう。一度戻ってきなさい」
うわあ。ヤーゲル王の発言を鵜呑みにして帰ってくるなと言った同一人物がどの面下げてこんな発言ができるのだろう?
私はにっこりと笑みを浮かべる。
「折角のお言葉ですけれど、ご心配いただかなくても大丈夫です。アレクと二人で慎ましく生きていきますから」
何か言っていたが背を向けて建物を出た。
もっと面倒だったのは、エルタニア王国からの呼び出しである。
最初は宰相からだったが埒が明かないと、ヤーゲル王が直々に水晶の中に現れた。
「アイディーン。変わりはないか?」
「ええ。お陰様で」
「私が悪かった。すべてを水に流してくれないか。一緒にやり直そう」
相当追い詰められているのか、恥も外聞もかなぐり捨てたヤーゲル王が猫なで声を出す。
危ない。危ない。こういうタイプは自分が有利になったら態度を豹変させるのだ。
「そういうセリフはちょっと遅いんじゃないかしら。衆人の面前で面罵され、あなたの兵士に襲われかけ、怪物に食べられそうになる前でしたら、もしかすると受け入れる余地はあったかもしれませんけど。もう手遅れですわ。それに、あなたはもう奥さまがいらっしゃるはずよね」
ヤーゲル王は私を追放した10日後にはジェーンと華燭の典を挙げていた。
さすが堪え性のない克彦と春香らしいと言える。
渋面を作るヤーゲル王に言ってやった。
「私のような者は忘れてくださいませ。では、ごきげんよう」
「待て! おい。勝手に話を終了するな。俺を誰だと……」
癇癪をおこして喚き散らすヤーゲル王を映す水晶玉を捨て置いて立ち去る。
直接文句を言ってやりたいところだが、逆ギレされて怪我をさせられてもつまらない。
放っておいてもこれからのアレクの活躍が伝わるたびに、玉座の座り心地がどんどん悪くなるだろう。
下半身に理性が負けて大切な勇者を追放した暗愚な王というわけだ。
実際そんなものだしね。
もう夫でもないのだから、どうなろうと知ったことではない。
足取りも軽く私はアレクの待つ宿へと足を向けた。
「お母様!」
木彫りの玩具で遊んでいたアレクが飛びついてくる。
やっぱり、可愛いわあ。
ぎゅうっと抱きしめ幸せな気分に浸った。
***
元夫に対してビシッと離別を告げるシーンまで到達しました。
お題はクリアしたので、ここで完結とさせて頂きます。
お読みいただきありがとうございました。
サレ妻は転生先でも追放に。でも天使な息子がいるから平気です 新巻へもん @shakesama
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