第14話 釣り

 私たちの旅はそれほど急ぎのものではない。

 距離を稼ぐよりも私たちが快適に過ごせることの方を優先していた。

 名所旧跡があれば立ち寄り、名産があれば食卓に供される。

 観光旅行と言って差し支えない内容だった。


 とある村では魚釣りをしているのを見て、アレクがやってみたいと言い出す。

 道具はすぐに用意された。

 ただ、フリーデンさんを始めとする騎士たちには釣りの経験は無いらしい。

 釣りは暇な金持ちか、生活のすべとしている下々の者のすることだった。


 フリーデンさんとしては漁師と私を直接には接触させたくないらしく、どうやったらいいのかと漁師に質問をしている。

 しかし、あまりうまく話が伝わっていないようだった。

 面倒になった私は壺の中からワームをつまみ出すと曲がった針の先につけた。

 簡素な釣竿をアレクに持たせる。


「アレク。お魚はね、虫がご飯なの。これを水中に垂らしてやるとご飯がきたと思ってお魚が食いつくわ。そうしたら、竿を引き上げるのよ」

 前世の父は釣りが趣味で私もよく付き合わさせられていた。だから、ワームを釣り針につけるぐらいはなんてことはない。

 克彦と一緒に釣りに行ったときは信じられないという顔をしていたけど。


 川の流れに合わせて上流から下流へと竿を動かすようにアレクに教える。

 流しきったら竿を上げて、また上流へと竿を戻させた。

 何度か繰り返しても食いつかないので、餌のワームを付け替える。

 真剣な顔でアレクは釣り針を川の流れへと投じた。


 今度はすぐに引きがくる。

 糸がピンと張った。

「アレク。竿をあげて」

 ニジマスに似た魚が糸の先で跳ねている。

 すぐに私がタモ網をその下に差し出した。


「お母様。やりました。釣れましたよ」

 アレクは満面の笑みを浮かべる。

「良かったわね」

「はい。でも、お母様は釣りのことまで知っているのですね。凄いです」


 アレクの尊敬のまなざしがこそばゆい。

 いやあ、それほどでも。

 騎士の中には驚きあきれるような表情を浮かべている人も居たけれど見なかったことにしよう。


 まあ、元とはいえ一国の王妃がワームを指でつかんだり、タモ網で魚をすくったりするのは一般的ではないのだろうな。

 ただ、公式には私は今では身分をはく奪されているので、ただの男児の母親でしかない。

 多少眉をひそめられるとしても、アレクが喜ぶことの方が大切だ。


 コツをつかんだのか、アレクは順調に釣果をあげる。

 大きめの籠に一杯になるほど魚を釣ったアレクは大満足だった。

 その日の宿ではアレクは籠を差し出して料理人に一品追加してくださいとお願いする。

「これね、僕が釣ったの。一番いいのはお母様に出してね」

「ほう。坊ちゃんが釣ったんですか。任せてください。美味しく料理しますよ」


 夕食時には給仕にくっついて回って、ジェームスや護衛の騎士たちにくまなく行きわたるように目を配っていた。

 それが終わると私のところにすっ飛んでやってくる。

 私が魚のソテーを口にするのをじーっと見つめていた。


「アレク。美味しいわよ」

「本当? 良かったあ」

 自分のお皿の上のものを口に運んで嬉しそうにもぐもぐするとこくんと喉を動かす。

「うん。美味しいです」 


 アレクはにこりと笑った。

「お母様。心配しないでください。これからどこに住むにしても川の近くなら、僕がちゃんとお魚を取ってきますから」

 まさかそんなことを考えていたなんて。

 

 小さな子供に心配させてしまったことに申し訳なさを感じる一方で、頼りがいのある姿に胸が熱くなる。

 結婚時に持参したお金はジェームスが持ち出してくれたので当面の生活の心配はない。

 それでも蓄えが尽きたとしてもアレクのお陰でなんとかなりそうな気がして心強くなった。



 

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