第13話 人形劇
お尻に火がついているヤーゲル王が次にどんな非常手段に訴えるか分からないとのことで、まずはベルーダ大公国の首都に向かうことにする。
フリーデンさんは諸手を挙げて賛成した。
「快適に過ごせるように最大限の努力をします。何なりとお命じください」
「それでは一つお願いがあります。アレクを特別扱いするのはおやめ下さい。その辺りを走っている子供と同じように接していただければと思います」
フリーデンさんは怪訝そうな顔をする。
「それではあまりに失礼かと思いますが」
「では、こちらの国では、普段から子供に対して失礼だと思われるような行動をしているということなのですか?」
「分かりました。なるべくご要望に沿えるようにします」
勇者かもしれないが、アレクはまだ5歳の男の子だ。
過度にチヤホヤされるのは絶対に教育上良くない。
それにアレクを利用しようという大人が大勢群がってくる。克彦は論外にしても、他の者がどういうつもりなのか、私がしっかりしなくては、と気を引き締めた。
都に向かう途中で立ち寄った町で馬車が宿屋の前で停車する。宿屋は広場に面しているのだが、広場には人だかりができていた。
馬車を降りたアレクがそちらをちらちらと見る。
「あの。お母様。何をしているのか見に行ってはいけないでしょうか?」
アレクは今まで王宮の外をほとんど見たことがない。
そのせいか、車窓からの景色も飽きずに眺めているし、旅の途中で様々なものに興味を示していた。
好奇心の芽を摘むのは良くないわね。
「いいわよ。それでは一緒に見に行きましょう」
「はい!」
嬉しそうな顔をしてアレクは早く早くというように私の手を引いた。
人の輪に近づくとその中ではマリオネットの劇をしている。
女性にしては上背のある私は隙間から見えるが、アレクの目線ではまったく何も目に入らないだろう。
周囲にいる子供を見れば父親が肩車をしてやっていた。
それを見上げるアレクの顔には憧れが見て取れる。
私の中でなにかが弾けた。
父親が居ないのがなんぼのもんじゃ。
「アレク。しっかりつかまってらっしゃい」
片膝をついてアレクの脚の間に首を突っ込み、片腕で腿を抱え、もう片方の手で体を支えてすっくと立ちあがった。
「わあ」
アレクは小さな歓声をあげる。
人形劇はちょうど山場にさしかかったところだった。
お城に魔物の大群が押し寄せてきて、お姫様が絶望にくれる。
そこへ華々しく白馬に乗って登場した勇者がさっと剣を抜いた。
効果音の太鼓が打ちならされ黄色い稲光を模した布が魔物の上に降り注ぐ。
勇者が馬を走らせて魔王に斬りかかった。
丁々発止の剣劇が繰り広げられるが、ついに勇者の剣にかかって魔王が倒れ伏す。
もちろん、最後はお姫様と勇者が結ばれてハッピーエンド。
私からすると単純すぎる展開であったが、観客は盛り上がっていた。
子供たちは手を叩き、大人たちは足を踏み鳴らす。
座長らしき男が帽子を持って観客の中を回り始めた。
私はアレクに呼びかける。
「もう、いいかしら?」
「あ。お母様。いつまでもすいません」
体を屈めるとアレクはぴょんと飛び降りた。
そして振り返ると背伸びをして乱れた私の髪の毛を直してくれる。
すぐ脇に控えていたフリーデンさんが白い歯を見せながら声をかけてきた。
「私で良ければいつでも肩をお貸しできますが」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですわ」
やっぱり馬を狙ってくるわよね。
将を射んとする者はまず馬を射よ。
同じ意味のことわざはないようだけど、アレクを取り込むには仲の良い母親を押さえればいいということは理解しているようだ。
克彦よりは目端が利くということなのだろうが、私としては少々鬱陶しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます