第12話 戯言
ようやく熱が下がってベッドから起き上がれるようになると、間が悪いことにエルタニア王国の使者が到着する。
フリーデンがご要望であれば追い払うと提案したが、一応話を聞くだけは聞くことにした。
結論からすると会わなければ良かったとしか言いようがない。
身分で判断するのもどうかと思うが、使者が単なる書記官でしかないというのには、同席したジェームスも驚きを隠せなかった。
先方の主張する内容もお話にならない。
「我が国から誘拐したアレクサンダー王子をお返し願いたい」
この主張はさすがに予想できなかった。
最低でも離縁して追放したことはなかったことにする、ぐらいのことは言ってくると想像していたが、その斜め上を超えすぎている。
今さらそんなことを言われてももう遅い、と返事をしようとしていたので言葉を探してしまった。
「アレクサンダー王子というのは? 半月ほど前に貴国の国王から我が子ではないという発言が出たのはひょっとしてご存じないのかしら?」
貴国という言い回しにもう無関係だというニュアンスを込めたのは通じたようだ。
使者は額に汗をかき始める。
「ですから、陛下はその言葉は取り消すと仰せです」
「仮にも国王が軽々に前言を撤回するなど、自らの権威を否定するものでしょう」
「それは……」
「その点は一旦置いておくとしても、ヤーゲル国王がアレクサンダーを我が子と認めたのであれば、母親である私が不貞を働いたという告発はどうなるのかしら?」
「その点については小官にはなんとも……」
「気の毒な役回りには同情するわ。でも、これ以上の会話は無益なようね。お引き取り下さい」
「せめて王子に一目お会いさせて頂きとうございます」
「お断りするわ。ではごきげんよう」
さっと席を立って私が部屋から出ようとすると、使者が追いすがってきた。
「無礼者!」
ジェームスが立ちはだかる。
老いたとはいえ元は騎士だったジェームスにかかれば青二才の書記官ぐらいは難なくつまみ出せた。
あまりに身勝手な要求に反射的に断ってしまったが、アレクにとって本当に良かったのか悩んでしまう。
そのせいか、その夜の夢枕にアイディーンが立った。
「サユリさん、とお呼びすればよろしいのかしら?」
「あ、はい……」
「この度は面倒な役割を引き受けて頂いてありがとうございます」
「あ、いえ……」
先ほどから、単語しか言えていない。ええと、適当な話題は……。
「えーと、アレクサンダーはとてもいい子ですね」
アイディーンは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そうでしょうか」
「それでなんですけど、アレクサンダーがエルタニア王国を継げなくなってしまい申し訳ないです。将来をとても気にかけていらしたのでしょう?」
「いえ、それは構わないのです。あの子が幸せになってくれるなら。それに私にはあなたを責める資格はないですもの。子供よりあの人を選んだのですから」
「あの人?」
話を聞いて驚いた。
アイディーンが事故の際に蘇ることを拒絶したのは、元のヤーゲル王の魂は復活できないと告げられたからだという。
「他所様のことだし私が言えた義理じゃないけど、ヤーゲル王ってアイディーンさんの扱い酷すぎじゃないですか」
「そうかもしれません」
アイディーンがニコリと微笑む。
「でも、好きなんです。私が息子を大切にしていたのもあの人の子供だからなの」
そ、そうなのか。
まあ、本人が納得してるなら……。それに過ぎた話だし。でも、アレクが気の毒な気もする。
アイディーンが両手を組み合わせた。
「私が頼むのもおかしいですけど、アレクをよろしくお願いします。あなたなら安心してお任せできると確信してます」
返事をしようとしたところで、脇腹になにかが強く当たって目が覚める。
薄闇を透かしてみると、アレクがグイグイと栗色の頭を押しつけてきていた。
王宮にいるときは一緒に寝ていなかったので分からなかったが、アレクは寝ている間によく動く。
目が覚めると180度回転していることもよくあった。
この頭突きは結構痛い。
けれども、たぶん、いや、きっと、このことは幸せな思いとともに死ぬまで覚えているんだろうなという気がした。
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