【ショートショート】釣り

賢者さん

第1話

地球オゾン層付近-----


チョム.. チョム.. チョム..

ひとりの老人のような何かが歩いている。


下を見ながら、品定めするように、狙い目を探すように。


右肩には釣り竿のような何かを抱えている

左手には小さなイスのような何かを持っている。


チョム.. チョム.. チョム..


ーーーーーー


スニエリス・スミス氏によるある発表は学会を震撼させ、

ノーデワ科学賞受賞にまで至った。


その発表とは


『人間界のすべての事象は、ミクロ規模でも、マクロ規模でも、

共通して起きている…のでは?』


ーーーーーー


チョム.. チョム.. チョム.. ピチャ


老人のような何かは立ち止まり

小さなイスのような何かに座った。


カチャカチャと何かを組み立てると、釣り竿のような何かが完成した。


ーーーーーー


スニエリス・スミス氏による受賞スピーチの一部


「たとえば、釣りを考えてみましょう。人間は生きるために釣りという手法を編み出しました。針に餌をつけ、海や川に垂らし、食いついたら引き揚げる。しかし実は、この釣りという手法はミクロ規模で言えば、チョウチンアンコウという魚が自らの生態として取り入れています。頭についている提灯のような見た目の擬餌状体という発光する器官を使い、光に引き寄せられた魚を捕食します。まさに釣りと同じ行為です。人類はこのチョウチンアンコウから釣りを学んだのでしょうか?おそらく違うでしょう。彼らは深海200m-800m付近に生息しており、これまでほとんど人類に姿を現していないからです。実際その生態も未だ謎が多いままです。たとえもし、古代の釣りが行われ始めたころ、もしチョウチンアンコウが奇跡的に浜に打ち上がったことがあったとしても、その死体から釣りの発想を得ることも難しいでしょう。つまり何が言いたいかというと...人間は釣りを開発した...魚、チョウチンアンコウ、は釣りを自分の生態として持っている...この釣りという人間界での事象はミクロ規模でも起きているということです。そしてさらに言うならば、これはマクロ規模でも起きているのではないか?という推測です...。」


ーーーーーー


スーーーーー


釣り糸のような何かが垂らされる。

目には見えないほどの細い糸のような何か。


その釣り糸はずーーーーーと下まで垂れていき、どこかの大陸のどこかの国のどこかの街の路面(底)についた。


ーーーーーー


スニエリス・スミス氏による受賞スピーチの続き。


「もしマクロ規模で釣りが起きていた場合、その標的は何になるのでしょうか。そもそも釣りをする者は何者なのでしょうか。それは謎と不可解で包まれています。しかし、一つの糸口として見えるものは、世界各地で起きる謎の失踪事件です。宇宙人、UMA、霊的な存在など、世の中では様々な呼ばれ方をしますが、失踪事件について人々が共通して言う言葉は「人智を超えた存在が介入した」ということです。マクロ規模で起きる釣りがもし本当に存在するならば、このような事象はそう呼ぶに相応しいのかもしれません。もしこの説が正しいとするならば、その正体も、その目的も、その手法も、何もわかりませんが、一つだけはっきり言えることがあります。それが“釣り”だということです。」


ーーーーーー


路面についた糸は、ゆっくりと膨らみ、形を成し、ゆくゆくは若い女性の姿となった。頭頂部から目に見えない細さの糸が空と繋がっている。若い女性はニヤリとし、夜の街に出て行く。


ーーーーーー


スニエリス・スミス氏による受賞スピーチの続き。


「科学者である私がこんなことを言うのは大変奇妙に感じられるかもしれませんが、この度発表した説が全て嘘っぱちであってほしいと個人的には思っています。なぜなら、もしマクロ規模の釣りによって自分の愛する人が得体の知れない何かに釣り上げられ、どうなるかもわからない場所に連れて行かれたらと考えると、心が締め付けられてしまうからです。謎の失踪事件で片付けられてしまうほど悲しいことはありません。しかし、もしこれが本当だった場合...甘い誘いに注意してください。チョウチンアンコウは暗闇の中で光を操って小さな魚を誘います。人間は魚の好みの餌をつけて釣りをします。そのパターンで考えると、おそらくマクロ規模の釣り人は、狙いを定めた人の好みの餌を調べ、選び、糸を垂らすでしょう。これが受賞スピーチであり、注意喚起集会ではないことをはっきり知りながら、あえてもう一度言います。あまりに都合の良い甘い誘いに注意してください。」


ーーーーーー


夜の街の夜の小道。

若い女性は少しフラフラと歩く。


ーーーーーー


老人のような何かは釣竿のような何かを軽く振っている。


ーーーーーー


若い男性が2人、彼女とすれ違う。


「めっちゃかわいくね?」


1人は若い女性の美貌に興奮し、もう1人は「いいよ、もう行こうぜ〜」とあきれながら、2人は振り返り、ひとりフラフラ歩く女性に近づく。


「お姉ちゃん大丈夫?飲み過ぎちゃった?」


パフッ


誘惑めいた笑顔を浮かべながら

若い女性が興奮している方の男性の胸に身体を預ける。


「なになに、これなんのご褒美!?」


「お前やめとけよまじで」と呆れながら、もう1人の男性は見守る。


すると若い女性は目を閉じ、唇を近づける。


「え、まじ?」と興奮した男性は

ゆっくり顔を近づける。


もう1人の男性は「おい怪しいって、マジでやめとけ」と止めようとするが...


チュ


ーーーーーー


その瞬間


老人のような何かは釣竿のような何かを大きく振り上げた。


ーーーーーー


キスをした瞬間、若い女性の姿は消え、

キスをした男性は困惑した。


「え、、どういうこと?な、何が起きてる?」


すると次の瞬間 ブルブルブシュンッ

その男性は一瞬のうちに空高くに飛ばされた。


残された男性は悲鳴をあげ、助けを求め走り去った。


ーーーーーー


老人のような何かの手に、

あの若い男性であったものが握られている。


釣りの後片付けをして、満足そうに歩き始める。


チョム.. チョム.. チョム..


しばらく歩みを進めると、


ピカ ピカ


先の方に輝く何かがある。

見るからに良い釣りスポットが目に入った。


チョムチョムチョム..ウヒョヒョ


早歩きでそこに向かい、イスをセットし、釣りをしようとした瞬間


ブルブルブシュンッ


老人のような何かは、網のような何かに包まれ、ゆっくりと、どこかへ引き揚げられていった...

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【ショートショート】釣り 賢者さん @kenja-san

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