大切な事

 「今日はいっぱい食べる」

 「3時間のコースとったから、ゆっくり食べろよ」


 修羅はテーブル上のタブレットを吟味しながら沢山の料理を注文する。

 俺はとりあえず白ご飯だけを頼んで、二人で分ける様の唐揚げやギョーザなどをつまむ事にした。


 「相変わらずよく食べるな」

 「ダンジョンに行くのは体力使う。栄養補給は大事」


 サラダ、みそ汁、麻婆豆腐、焼き魚、釜めしなど多彩な料理が修羅の口に運ばれている。

 もしダンジョンがこの世界に生まれなかったらフードファイターとかにでもなってそうな喰いっぷりだな。


 「そう言えば、コラボの準備は大丈夫?」

 「ああ。アカレコchさんとも連絡がついてる。明日、埼玉に言って合流した後撮影準備だな」

 「ホテルは取ってるの?」

 「佐藤さんが手配してくれたよ。安いけど評判のいいカプセルホテルだ」

 

 今度のコラボの話。

 修羅が好きな重火器の話。

 昨日の配信があーだったこうだったとか、そんな軽い世間話をしながら箸を動かす。


 「見ろよコレ。『切断能力付与の毒薬』があまりに弱すぎて擬人化イラストまで描かれてるんだぜ」

 「ポンコツ。メンヘラ。カップリング要素……属性多い、作りこまれてる」

 「スゲーだろ、俺のリスナー」

 「ファンアートなら私だって負けてない。見てるだけで火薬の臭いと血の臭いを感じられる力作が沢山」


 気が付けば世間話はリスナー自慢に変わっていた。

 何をしていても頭の片隅でリスナーの事を考えてしまうってのは、もはや職業病と言っても過言じゃないのかもしれないな。


 リスナーが配信を見て、そして心を動かされたからこそコメントやファンアートと言う行動に繋がる。

 そう言うものを見れば見るほど、聞けば聞くほど、自分や誰かの配信が誰かの人生を支える希望になっているという事を強く実感できる。


 だから俺は同業者と一緒に互いのリスナーの話をするのは嫌いじゃないと思うんだ。


 『ヨーマは雑魚ヨーマは雑魚ヨーマは雑魚ヨーマは雑魚』


 「ヨーマ、この前の事気にしてる?」

 「この前の事って?」

 「荒らしbotの事。さっき一瞬顔が暗くなってたから」

 「お前、いつもあんな感じなのに案外良く人の顔観察してるんだな」

 「多分遺伝。お母さんがこう言うの得意だった」

 「……別にそれで病んでる訳じゃ無いんだ。とりあえず事態は沈静化出来てるし、そもそもあれが俺にだけ向けられるアンチコメだったら全然気にしなかっただろうしな」


 第一、本気で病んでたら配信活動とかコラボの準備とか出来ないしな。

 まぁ、あの騒動が心に引っかかてるってのは当たってるんだけど。


 何というか……あの日の騒動は今まで出会ってきたアンチとは何かが違う感じがする。

 俺が嫌いと言うだけなら、俺と全くない女配信者を巻き込んでまであの荒らし行為をする意味が分からないし。


 「ヨーマが皆に希望を与えたくて配信を始めたのは知ってる。だから自分のアンチにさえ希望を持ってもらわなくちゃ気が済まないと思ってるのも何となく分かる」


 修羅は残り少なくなったギョーザを貪り喰いながらそう言った。

 この時の修羅の顔が今まで見た事無いぐらい神妙で、少し新鮮だった。


 「どれだけ美味しい料理も、どんなにありがたい教えも、辛い現実をぶち抜いてくれる近代兵器も、神様でさえも万人に希望は与えらない。それはきっと私の配信やヨーマの配信にも当てはまる」


 ズズズとスープを飲み、フゥと一呼吸置いた修羅は「それでも」と声を出して真っ直ぐに俺を見つめた。


 「存在している以上、それは何処かで誰かの希望や救いになってる。だから大事なのはブレない事。私が唯一感心したお母さんの一言」

 「急にいつもと違う事言い始めたと思ったら、親の教えだったんだな。良い事言うお母さんじゃねーか」

 「そうでもない。お母さんの言う事、基本的に役立たず」


 そこまで辛辣な事言わなくても。

 あんまりプライベートは詮索しない主義ではあるんだが、家族仲あんまり良くないのか?


 まぁでも。


 「ありがとな。励ましてくれて」

 「ご飯奢ってくれたお礼。大したことじゃない」


 修羅はそう言い切ってムフーと自慢げな顔を浮かべていた。

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毒薬信者の希望に満ちたダンジョン配信活動 アカアオ @siinsen

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