アフター3 己が正義の為に
真夏の青い空の下、熱線かと思わせるほどの日差しに照らされながら、俺は今日も自転車を漕ぎながら街のパトロールを行っていた。
決戦が終わった後、俺はこれから自分が進む道についてとても悩んだ。
これからも人気配信者「轟ガンマ」として活動を続けるか、それともこれを機に冒険者を引退するか。
何日も何日も悩んでいたが、ある日決め手になる事件が起きた。
コンビニで買い物をしていた時に、そのコンビニに強盗が入って来たのだ。強盗は魔法を使って無差別に攻撃して、店員から金を奪った。
考えるよりも先に体が動いていた。俺は魔法で強盗に向けて電撃を放って気絶させた。あの時、客や店員から数えきれないほどの感謝を貰ったことを覚えている。
そこで俺は思ったのだ。俺は人気配信者として名を轟かせるよりも、目の前にいる困っている人たちを助けたい。今までは街に現れた魔物を倒すことでそうしていたが、もっと多くの人を助けたいと思った。
そして俺は、警察官になることを決意した。冒険者を引退することを報告する配信では今までに無い程に緊張したが、皆俺の進む道を快く受け入れてくれた。
あの決戦から一年半が経った今、俺も皆と同じように、新たな道を踏み出すことができていた。
『ガンマ、緊急事態だ!』
そんな事を思っていた時だった。俺の勤める交番の所長から、緊急の連絡が入って来た。
『つい先ほど、東京ドーム周辺で傷害事件が発生した! 被害者は国会議員の大平ヒロキ! 犯人は男一名、凶器のナイフを所持しており、魔法を使用して現場から逃走! お前の現在地から近い、至急応援に向かってくれ!』
「了解!」
こんな白昼堂々と傷害事件とは……。確かに最近は人間政府と魔王政府の和解を始めとして政治的に大きな変化が起きている。民衆の大多数は和解を喜んでいたが、一定数和解に反対する者もいると聞いていた。大平も和解賛成派の議員だったが、まさか武力行使に出る者が現れるとは……!
このまま放っておけば、政府や国民にも大きな混乱をもたらしかねない。
犯人は魔法で煙を発生させて、それに隠れて逃亡したようで、どこに逃げたかはまだ分かっていない。俺はまず、現在地の周辺を徹底的に調べることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺が徹底的にクリアリングを行っていると、裏路地にてそれらしき男を発見した。
黒いパーカーに黒いズボン、さらに黒い帽子をかぶっており、犯人と服装が一致している。さらに、その黒いパーカーには返り血がこびりついていた。
男は俺の姿を見ると、ひどく驚いた様子でその場から走り出した。
「待て! 警察だ!」
俺はよく聞く台詞を吐いて、その男を追跡した。
男の足の速さは中々だったが、俺の方が速かった。段々と距離が詰まっていき、ついには手を伸ばせば届きそうな距離にまで近づいた。
「こんな所で捕まってたまるかよ!」
だが男は決意の籠った声でそう叫ぶと、突然俺目掛けて灰色の煙が浴びせられた。
逃走した時に目撃された煙の事を思い出す。これがこの男の魔法なのだろう。
俺は急いで煙を掃ったが、その時には既に男はそこにいなかった。
「申し訳ありません! 男を取り逃がしました!」
『まだだ! 犯人の大まかな位置は割れた! 全捜査員、ガンマの周辺を徹底的に捜索せよ!』
俺は本部に報告を入れながら、考えていた。
先程の男の決意の籠った叫び。あれは本物だ。彼には何か、まだやろうとしている事があるのではないか。
そう思い、俺は思考を巡らせた。
被害者の大平には、実は黒い噂があった。彼の秘書だった女が、三カ月前に自殺しているのだ。
警察も捜査に乗り出したようだが、ある日突然操作は打ち切りになった。これ程怪しい話も無いだろう。
彼の周辺にある黒い噂の中でのとりわけ怪しいもの。大平が暴力団から裏金を受け取っていたという疑惑だ。
『犯人の人定が判明! 犯人は煙山ミスト、二十三歳!』
指揮官から犯人の追加情報が送られてくる。
その苗字を聞いて、俺は思い出した。自殺した大平の秘書、彼女の名前が「煙山サギリ」だった事を。
犯人は大平の秘書の弟か……。だとすると、向かった先は!
「大平の事務所!」
俺は自転車を全力で走らせた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大平の事務所の前に着くと、やはりそこには男―――煙山がいた。そしてその手には、ライターを手にしていた。
「煙山! お前の目的は分かってる! 大平への復讐だろ? お前の姉さんが自殺した原因が大平にあるから! でも、もうやめるんだ! これ以上は関係ない人も傷つきかねない!」
「黙れ! お前は引っ込んでろ!」
煙山はそう叫んで、ライターに火をつけようとした。
だが俺はそれよりも早く彼に駆け寄って、彼からライターを奪った。
「こんな所で放火なんてしたら、周りにも大きな被害が出るだろうが! その事分かってるのか⁉ 復讐に囚われて視界が狭くなってるんじゃないか⁉ 一度広い視点に立って、自分が犯した罪と向き合うんだ!」
ライターを奪われた煙山は必死の抵抗を見せた。それにより、俺達はもみ合いになった。
そんな時だった。
「ガゥウウウウ!」
突如そんな咆哮が聞こえてきて、次の瞬間にはその咆哮の主がこちらに飛び掛かってきていた。
俺は咄嗟に右腕を前に出して、煙山を守るように覆いかぶさる。その魔物は俺の腕に噛みついたが、俺が腕から放電するとすぐにそこから離れた。
「煙山、大丈夫か⁉」
「あ、あぁ……」
あまりに突然の事態に煙山は理解が追い付いていないようで、ぼんやりとしながら返事をした。
突如現れた魔物はフェンリル。狼の姿をした、Aランク程の強さを持つ危険な魔物だ。野生に出現する魔物の中で最も強いと言っても過言ではないだろう。
放っておけばどれだけの被害が出るか分からない。俺はすぐに対処に移った。
「
フェンリルは口から炎を吐いて攻撃しようとしたが、それよりも早く俺の雷がその体を貫いた。
フェンリルはあっさり倒れ、二度と起き上がることは無かった。
一連の出来事を見ていた周囲の人々から拍手が巻き起こる。俺はそれを背に受けながら、煙山の元へと歩み寄った。
「……どうして、俺を守った? 俺は犯罪者、お前らの敵だぞ?」
「お前も犯罪者である前に一人の人間だ。俺は人間の命を見捨てるような真似は絶対にしない」
俺を不思議そうな目で見ていた煙山に、俺は自分の理念を告げた。それを聞いた煙山は何を思ったのか、先程までの抵抗をやめて、俺に手を差し出してきた。
「……お前の言う通り、俺は大平に復讐したかった。大平の汚職に気付いて、それを告発しようとした姉さんが大平にハメられて、逆に追い詰められて自殺したから。俺は何度も抗議したけど、皆俺を見捨てたんだ。……俺を見捨てないでくれたのは、お前が初めてだよ」
「そうか……。君の話、後で沢山聞くよ。君が知ってる事、全部教えてほしい」
俺がそう伝えると、煙山はうつむいてしまった。彼の足元に、小さな雫が落ちていた。
その後、応援で駆けつけたパトカーに乗って、俺達は警察署へと向かった。
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あれから一カ月後。煙山の起こした事件はニュースでも大々的に放送され、東京地検が大平の周辺を徹底的に捜査した。
その結果、暴力団から裏金を受け取っていた証拠に加え、他にも色々な悪事の証拠が発見され、大平は逮捕された。
煙山にその事を伝えると、彼は泣いて喜んでいた。あの事件は、彼の優しさ故に起きてしまった事件だ。こんなことがもう二度と起きないことを願うばかりだ。
八月の東京は、あの事件の時とは比べ物にならないくらいの猛暑になっていた。だが、俺にはそんな事は関係ない。
この街を、いつどんな犯罪が襲うか分からない。何かあった時に迅速に対応するには、俺のような見回り役が必要だ。
人々を危険な魔物や犯罪から守る。それが、今も変わらぬ俺の信念だ。その信念を抱いて、今日も自転車を漕ぎ出した。
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新作を公開しました。是非読んでください!
「勇者の末裔は推し配信者と共に最強に至る ~最弱勇者の成り上がり英雄譚~」
https://kakuyomu.jp/works/16817330669666251941
実はこの作品、魔王様配信とは平行世界の関係にあります。なのでもしかしたら、どこかで魔王様配信と繋がる要素が出てくる……かもしれません。
よろしくお願いします!
【完結】ダンジョン管理人の魔王様がダンジョン配信をするようです 炭酸おん @onn38315
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