アフター2 獄中より愛(?)を込めて

 牢屋の天井に取り付けられたスピーカーから流れる不快なアラームの音で今日も目を覚ます。

 今でもかつての優雅な生活の夢を見るが、目を覚ますと同時に鼻を刺激する牢屋特有の冷たい空気を感じて、ここが牢獄であることを思い出す。

 刑務所の冷めた不味い飯を食いながら、私はいつもあの一連の出来事の事を思い出す。

 ボロスをこよなく愛していた私だったけれど、彼が魔王だと分かってその気持ちは一瞬で冷めきった。そこから裏切られた怒りも沸いてきて、彼を殺してやろうとさえ思ってしまった。

 ボロスを奇襲で殺す作戦が失敗して、私は頭に血が上っていた。気付けば私は河井レイの元に向かっていて、あの女を魔王の女としてでっち上げることで民衆に襲わせた。ボロスが想いを寄せている様子だったあの女を痛めつければ、彼を傷つけられると思ったからだ。そして何より、私が嫌いだったから。

 でも彼女をいたぶっていた所をカイトに止められて、私は敗北して牢獄にぶち込まれた。

 その後、ボロスがここに顔を出してくれたが、私を罵った後で、私の財産が全て無くなった事を告げて無慈悲に帰ってしまった。

 私は全て失った。人気配信者として積み上げた地位も、風見原財閥の令嬢としてパパから与えられていた財産も、財閥の会長になって社会を支配する将来も。ここから出られても、私には何も残っていない。

 ……いいや、違う。私の中に一つだけ、確かに残っている物があった。

 ボロスへの愛だ。

 あんなことになっても、何故か私のボロスへの愛は消えていなかった。一度は消えてしまったけれど、今では確かに彼への愛が再燃焼していた。

 どうせ全て失った身だ。こうなったら、私の想い全部をボロスにぶつけよう。

 そう思った私は、早速動き出した。


「そこの貴女、ハガキとペンを持ってない? 手紙を出したいのだけれど」


 私は見回りに来た看守にそう告げた。私の声が牢獄の中とは思えないほどに生き生きとしていたからか、看守も周りの囚人たちも驚いた様子で私を見ていた。


「良いですけど……、内容は私達でしっかり確認させてもらいます。何かしらの犯罪性がある内容等が含まれていた場合、その手紙は発送されずに貴女は尋問を受けますからね? その事は覚悟の上でお願いしますね」


 そう言いながら看守は、私にハガキを四枚とペンを渡してきた。

 その日から、私はボロスへの愛の言葉を必死に考えた。手紙を書くというのは初めての事だったので、何を書けば良いのかもよく分からなかったが、周囲の囚人たちの助けもあって、私は何とか手紙を書くことができていた。


「フーコさん、そんなに必死になって、一体誰への手紙を書いているの?」


 ある日、私の正面の牢屋に投獄されている囚人がそう聞いてきた。


「そんなの決まってるじゃない。愛する人へのラブレターよ。こう見えても私、ここにぶち込まれる前はその人と結構良い感じだったんだから」

「え~、羨ましいわ! 私も更生してここから出たら、素敵な人と出会えるかしら?」


 その囚人はあと五か月でここから出られるようだった。ちなみに、私はあと三年。

 どうやら刑務所から送れる手紙の数には制限があるようで、私は一カ月に四通しか送れないようだった。

 それでも、その四通に込められるだけの愛を込めて、私は手紙を送り続けた。

 あぁ、こんなに送っていれば今頃ボロスは私が牢屋から出てくるのが待ち遠しくなってるんじゃないかしら。

 彼に手紙を書き始めてから、私の獄中生活は輝き始めた。そして次第に、生きる希望も取り戻せたように思えてきた。

 私は今日も、ボロスからの返事を待って手紙を書き続ける。この想いが伝わる日まで。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 看守たちは困り果てていた。

 傷害罪で投獄されている風見原フーコがボロス=ディアに向けて書いた手紙。刑務所のルールとして、彼らはそれらの内容を一々確認しなければならなかったが、その内容がどれも頭が痛くなるような物だったのだ。


「うっ……、一体何なんですかこれは?」

「犯罪性は特に無さそうだが……、何というか、キモいな」

「こんな手紙世に送り出して大丈夫なんですか……?」


 フーコの書いた、ボロスへの重すぎる愛が綴られた手紙を読んだ看守は例外なく気絶する。その為、フーコが手紙を送るたびにこの刑務所は滅茶苦茶にかき乱される。


「こんにちはー。応援で来た轟ガンマです。……って、一体何があったんですか?」


 警察も、フーコが手紙を送ると刑務所が大パニックになることは把握していたため、この日は刑務所にヘルプを送り込んでいた。元最強のAランク冒険者にして、今は警察官となった轟ガンマだ。


「ガンマさん……、応援に来てくださりありがとうございます。今日は、その……、この手紙に犯罪性が含まれる内容が無いかどうか確認してほしい」


 フーコの手紙を確認するというだけで気分を悪くした職員が、ガンマに手紙を差し出す。ガンマはその手紙の送り主を見て驚愕した様子を見せた。


「これって……、フーコ君の手紙⁉ しかも相手はボロス君⁉」

「ずっとそうなんだ。ある日から突然、フーコがボロスさんへと手紙を送るようになって……。職務上我々は内容を確認しないといけないんだけど、それが余りにも気持ち悪すぎて……」


 看守は息も絶え絶えに説明した。だが、それを聞いたガンマは笑顔を浮かべていた。


「ガンマさん……? どうしたんですか?」

「いやぁ、手紙がボロス君へのラブレターなら、そろそろ何とかなりそうな気がしましてね。実は俺、ボロス君からフーコ君への差し入れを預かって来たんです」


 そう言いながら彼が取りだしたのは、大量のハガキの束と、一枚のハガキだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「風見原フーコ。ボロス=ディアさんより差し入れだ。受け取れ」

「え⁉ ボロスから⁉ ついに返事が来たのね!」


 ガンマが刑務所を訪れた翌日、看守の手によってボロスの差し入れがフーコへと渡された。

 嬉々とした様子のフーコだったが、彼女に渡されたのは、大量のハガキの束だった。


「これって……、私がこれまで送って来た手紙じゃない! 一体どういう事?」

「あ、あとこんな物も受け取ったぞ」


 そして看守から、もう一枚のハガキが手渡される。それはフーコが送った物ではなく、ボロスが書いた手紙のようだった。


『憎き風見原フーコへ。この度、我はレイと結婚することになった。安心しろ、もう貴様の愛に応えることは無くなった。だからもう手紙を送ってくる必要は無い。これまで送って来た紙束も、邪魔だから全てお返ししよう。これからもせいぜい生き地獄を噛みしめることだな。ボロス』


 それを呼んだフーコは、魂が抜けたかのように動きを止めた。そしてそのまま脱力して、鉄格子に額をぶつけて床に転がる。


「……ボロスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 静寂な牢獄に、彼女の汚い叫び声が響き渡った。

 その後、フーコが手紙を書くことは無くなったそうだ。

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