アフターストーリー

アフター1 そのゴブリン、ギターを掻き鳴らす

 私は今、とんでもない衝撃を受けた。スマホを見ていた私が突然叫び声をあげて驚いたから、魔王様も随分と驚いた様子でこちらを見ていた。


「コブリンよ、突然そんなに騒いでどうしたのだ?」

「……魔王様、私、ジェットスニーカーズからスカウトを受けてしまいました……」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 事の発端は、エビリスとの戦いが終わってから三日が経った日の事だった。

 私や魔王様は魔物であるが故に体力の回復も早かったが、共に戦ったAランクの皆さんはまだ万全とは言えない状況だった。

 一番不安だったのが、カイトさんだ。彼は明日にクリスマスライブを控えている。だが、医者の話によるとかなりボロボロの状態で、ライブを行うのは厳しいかもしれないらしい。

 私も一ジェットスニーカーズのファンとして彼らのライブを配信で楽しもうと思っていたのだが、今大事なのは魔王様だ。

 魔王様は恐らく、このライブでレイさんに告白しようとしている。ライブが無くても告白自体は成立するだろうが、やはり魔王様の為にもライブは聞かせてあげたい。ジェットスニーカーズの曲は聞き手を励ましてくれる歌詞が多いから、魔王様の背中も押してくれるはずだ。

 そんな事を心配していると、スマホのアラームが鳴った。


「あぁ、お見舞いに行く時間ですね」


 最近は毎日この時間にAランクの皆さんのお見舞いに行くことが日課になっていた。

 今日はカイトさんにライブについて聞いてみよう。そう思いながら、私は病院へと向かった。


 エビリスを倒すのに貢献したことで、私は市民からの信頼を得ていた。なので、人間領での道のりでも止められることなく病院に到着できた。


「皆さん、差し入れのプリンを買ってきました。余裕がある時に是非お食べください」


 道中のコンビニで買って来たプリンを引っ提げて、私はAランクの皆さんがいる部屋に入った。


「コブリンさん、いつもありがとう!」


 私が病室に入って一番に声をかけてくれたのはガンマさんだった。こういう細かな気遣いができるところが、彼の人気の秘訣なのだろう。


「カイトさん、少し聞きたいことがあるのですが……」


 全員にプリンを配ったところで、私はカイトさんに本題を切り出す。


「ん? コブリンさん、何かあったのか?」

「明日のジェットスニーカーズのクリスマスライブ……、カイトさんは出られそうなのですか?」


 私がそう質問すると、カイトはその表情を暗くした。


「体が少し痛むけど、歌は問題なく歌えそうだ。……でも腕を骨折してるみたいだから、ギターを弾けないんだ。ギター無しじゃ、俺達の曲は完成しない。だから、今回は見送るしかないかもな……」


 カイトさんは辛そうな声でそう告げた。

 彼としても、ファンの皆をがっかりさせるような事はしたくないだろう。でも、やはりこればかりは仕方のない事なのか……

 ―――いやでも、カイトさんは何とか歌えはするんだよな? だったらギターの代わりさえいれば……


「……カイトさん、ギターの代わりさえいれば良いんですよね? ―――その代役、私にやらせてはくれないでしょうか?」


 私のその発言に、カイトさんだけでなくガンマさん達までもが私の方を見て驚いていた。


「コブリンさんがギターの代わりを!?」

「はい。実は私、ジェットスニーカーズの大ファンでして。魔王様には黙ってギターを買って、こっそり練習してたんです。なのでカイトさん達の曲はほとんど弾けます! ……流石にダメですかね?」


 私は今更ながら、こんなふざけた事が許されるはずがないと思いながら、カイトさんに聞いた。

 彼は少し沈黙したが、その後顔を上げて私に言った。


「もし本当なら……、是非ともコブリンさんにお願いしたい。俺もライブを中止にしたくはない。だから、力を貸してほしい!」


 カイトさんはそう言って、私に頭を下げてくれた。彼のファンに対する真摯な思いが伝わってきて、私は感動せずにはいられなかった。


「勿論、そうさせてください! カイトさん達のためにも、全力でライブを盛り上げます!」

「……それにしても、どうして力を貸してくれるんだ? 魔王政府も今忙しいだろうに……」


 カイトさんの疑問は最もだった。魔王政府は今、復興の協力や後処理で多忙を極めていた。でも、私にはそれでもジェットスニーカーズのヘルプとして参戦したい理由があった。


「エビリスとの戦いを通じて魔物と人間の和解の風潮が強まっている今、私がカイトさんのライブに登場すればその勢いが強まり、魔王様の願いも実現が早まるかもしれません。……それに、魔王様はこのライブをとても心待ちにされていました。魔王様の為にも、私が加わることでライブが成立するなら、私は全力でライブに尽くします」


 それを聞いたカイトさんは納得したような笑みを浮かべて、ほっと一息ついてから言った。


「成程な。ボロス、本当に良い部下を持ったな! コブリンさんほど上司想いな部下、中々いないよ! ボロスには普段からもっと感謝するように言っとかないとな!」


 カイトさんのその何気ない一言に、私の心は救われたような気がした。これまで魔王様の為にと尽くしてきて、魔王様からも褒められたことは何度かあった。でもやはり、それを魔王様以外の方から認められると、どうしようもなく嬉しいというものだった。


 クリスマスライブの当日。魔王様には私の登場はサプライズにしようという事で、魔王様が魔王城を出た後で、部下の魔物に転送魔法を発動してもらって、ライブ会場まで送ってもらった。


「皆さん、今日はよろしくお願いします!」


 私はジェットスニーカーズの三人に向かってお辞儀する。

 今日の為にしっかりと練習はしてきた。あとは、全力を尽くすだけだ。魔王様の背中を押せるように。

 そんな覚悟を持って、私はステージに上がった。

 目の前の煙幕が晴れて、私の姿が観客たちに露呈する。予想だにしなかった私の姿に、皆ひどく驚いている様子だった。


「彼はゴブリンのコブ―=クリン。世界を救った魔王・ボロスの執事です。コブリンって呼んでやってください。彼は魔物だけど俺達のファンで、ボロスにバレないようにこっそりギターの練習もしてたみたいですよ!」


 カイトさんが観客向けに私を説明してくれる。それを聞いて、観客のざわめきはより大きくなった。


「魔王様、ずっと黙ってて申し訳ございませんでした! でも、とびっきりのサプライズという事で! 今日はジェットスニーカーズの皆さんと思いっきり盛り上げていきますよ!」


 カイトさんからマイクを渡されて、私は魔王様と観客に向けて謝罪と宣言をした。そして、その勢いのままにギターをかき鳴らす。

 気付いた時には、ざわめきは歓声に変わっていた。


「良かったね、コブリンさん。皆、貴方を受け入れてくれたみたいですよ」

「……はい。本当に、良かったぁ……!」


 ひとまず安心したが、まだライブはここからが本番だ。ドラムスティックを叩く音が聞こえ、私はピックを持ち直す。

 私の音色、魔王様やファンの皆に届け!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その日のライブは大成功だった。私のギターで観客は大いに盛り上がり、盛大な拍手に包まれながらステージを後にする。


「コブリンさん、お疲れ様! 今日は本当にありがとう!」

「いえいえ。そうお気になさらず。私の方こそ、憧れていた皆さんと共に演奏ができてとても嬉しかった。本当にありがとうございます」


 私は達成感に満たされていた。魔王様がコメントの応援に身を包まれる感覚と似たような物を覚えた。

 ……またライブができるなら、やってみたいなぁ……。

 私はそんな叶う事のない願いを夢見ながら、魔王城へと帰っていった。魔王様の告白がどんな形で終わろうと、彼を暖かく迎え入れるために。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 という事があったのが去年のクリスマス。そして私にカイトさんからメールが届いたのが、年が明けて二週間ほど経った頃だった。


「成程……、カイトのバンドからスカウト、か」

「はい。どうやら先日のクリスマスライブでの演奏が評価され、多くの方からまた演奏してほしいという要望が集まったようで……」


 私としても、また彼らとライブができるのはとても嬉しかった。だが、正式にメンバー入りするとなると、必然的に忙しくなる。魔王様の人間との和解政策がこれから本番に入るというのに、私がそんな事をしていて許されるのだろうか。


「コブリンよ、お前はどうしたいのだ?」

「私は……、またカイトさんたちとライブしたいです。クリスマスライブのあの日、私はとてもたくさんの歓声に包まれて、幸せな気持ちになりました。できる事ならば、それをまた味わいたいです」


 私は自分の想いを魔王様に正直に伝える。魔王様は下を向いて考えるそぶりをしていた。

 ……まあ、こんな私利私欲にまみれた案が通るわけないか。

 私はそう半ば諦めていた。


「……コブリン、お前がやりたいなら、やれば良い。我は止めぬ」


 だが、魔王様から帰って来たのは、予想外の返事だった。


「……え?」

「確かにこれから魔王政府は人間政府との和解の為に、今まで以上に多忙を極めるだろう。だが、お前は我の為に十分働いてくれた。お前が望むなら、我に費やしていた時間を自分の為に使ってくれて構わない。お前にはずっと頼りっぱなしだったからな。自分が望むように生きても良いのだぞ?」


 魔王様の言葉を聞き、私は気が付けば涙を零していた。

 これまで魔王様に尽くしてきたことが、今こうして認められた。そして、自由に生きていくことも許された。魔王様の器の大きさに、私はどうしようもなく泣きたくなってしまった。


「……私は、またジェットスニーカーズとライブがしたい。でも同じくらい、これからも魔王様の傍で貴方にお仕えしたい! 今までほどはお仕えできないかもしれませんが……、それでも許していただけるなら、これからも私を傍に置いていただけませんか!?」


 私が魔王様にそう伝えると、魔王様は優し気な笑みを零して、私の肩に手を置いて告げた。


「そうか。……ありがとうな、コブリン。これからも頼んだよ」


 ダンジョン配信を始めてから、確かに魔王様は変わった。そして今や、私ごときに大してここまでの言葉をかけてくださるほどに成長した。

 私はそのことが嬉しくて、人生で初めて泣きじゃくっていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 一年半後。

 私はジェットスニーカーズのリズムギターとして定着していた。勿論、暇さえあれば魔王様にお仕えしている。

 今は夏のライブが近いので、カイトさん達と共に練習に励んでいた。

 魔王様もカイトさん達もファンの皆さんも、私のことを快く受け入れてくれた。そのことへの感謝を忘れずに、皆の為に、私は今日もギターをかき鳴らす。

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