転生者と呪いのとけた王子様(仮)

moes

転生者と呪いのとけた王子様(仮)

「結婚しよう」

「無理」

 先触れもなく子爵邸においでなさった王子さまは私の手を取り指先に口づけると麗しい笑顔で宣った。

「即答かよ!」

 当たり前だ。

 ひょんなことから、それなりに気安く話すようにはなったけれどそもそも身分が違いすぎる。

 私はしがない子爵家のごく平凡な令嬢。

 片やこの国の第二王子。

 何で供もつれずに、こんなところに来てるんだろうね、この王子様。

「前世の記憶がある人間は平凡とは言わない気がするんだが」

 そんなに顔に出ていましたか?

「記憶があっても役に立つわけではないですし」

 そう。今ではこうして曲がりなりにも子爵令嬢なんてものをやっているが、私には前世の記憶がある。

 あれである。いわゆる異世界転生。

 平凡に暮らしていた現代人の私! 気が付いたら異世界に転生してましたー! ってやつである。

 良くある小説のように特殊な知識があるわけでもないので本当に役に立っていない。

 ただ王子相手に気楽に話せているのは身分制度のない世界での記憶があるからかもしれない。

 生来の図太い性格のせいかもしれないけど。

「そんな謙遜しなくても。ユリアは僕の呪いを解いてくれた大恩人だ。そして僕はキミなしでは生きられない体になってしまった」

 そんな甘ったるい顔でこっちを見るな、おそろしい。

 下心があるとわかっていてもときめくじゃないか! 顔面凶器め。

「呪いが解けたのは偶然ですし、そしてその語弊のある言い草はやめていただけませんかね、殿下」

 女性に変身させられた上、十八歳で死ぬという呪いをかけられていた殿下に、何かいい案はないかと尋ねられ、安易におとぎ話に出てくる解呪方法を口走ったのが悪かった。

 言い訳させてもらうなら、転生前は呪いとかそんなもの身近になかったんだよ。物語の中くらいにしか。

 このままでは間もなく死んでしまう人を見捨てるわけにはいかないでしょ。

 まぁ、女同士だしと駄目もとで「口づけ」したら呪いが解けたことにびっくりだ。

 そして女性だと思っていた相手は呪いが解けたら王子だったので。さらにびっくり。

 なにも見なかったことにして逃げたかった。

 逃げようとしたけど逃がしてもらえず今に至る。かわいそう、私。

「僕をこんな体にした責任を取ってくれても良いんじゃないかな、ユリア」

「殿下! 語弊! そして耳元でささやくなぁっ」

 ぞわぞわするぅ。

「事実だし。ユリアのキスがないと数日で女に戻っちゃうんだから。困るよね」

 困っているどころかどこか楽し気な笑みをこちらに向ける。

 こっちは本気で困っているんですが。

「それは殿下、他の人で試してみたらどうです? 私である必要はないと思うんですよね」

 こういうのっていわゆる『真実の愛!』でもって呪いが解けるのが定番だけど、私と殿下の間に愛はないし。

 べつに嫌いとかでもないけど、知人以上友人未満な感じの間柄だと思うんだよね。

「さっきから思っていたけれど、ユリアいつの間にか呼び方が戻っているね? そっか、わかった」

 にこり、と笑った顔が怖い。何か意地の悪いことを考えている顔だ!

 思わず腰を浮かせかけたところを抱きすくめられる。

 ぎゃー。

 なにするんだ、何するんだ。

 誰かに見られたらどうするんだ。

 こちとら未婚の令嬢なんだぞ。醜聞になるでしょうよ!

 お嫁に行けなくなったらどうする。

 殿下は来たときは女性の姿だったので、使用人も下がらせておいたのが幸いした。

 いや、二人きりじゃなければこんな行動はとらないか。さすがの殿下も。

「なんで抵抗するの。こうして欲しいからあえての『殿下』呼びなんでしょう?」

「る、ルイさま! ……悪ふざけが過ぎます」

 愛称で呼ぶとあっさりと解放されてほっと息をつく。

 まったく。セクハラだぞ、セクハラ。

 訴えても勝てないけどね。相手が王子じゃ。

「ユリアはこうすれば学習するだろうと思って」

「恐れ多いんですよ、身分差というものがあるでしょう」

 呪われていたという秘密の共有と口止め的な監視もあって親し気にしていただけているのはわかっているのだけれど。

 あとは暫定的とはいえ呪いが解けて少々浮かれているのかもしれない。

「ユリアは身分差とか不敬とか口にする割に、はっきり言うよね」

 それは言わないと、なし崩しに殿下に言われるがまま王宮に軟禁されかねないし。

「それはそれです。そして煙に巻こうとしているようですが、蒸し返しますよ。他の人で試してみてはどうですか?」

「別に煙に巻くつもりはなかったんだが。もう試した。そして駄目だった」

 あっさり答えられて、少々もやっとする。

 なんだよ、それ。早く言ってよ。

「最も信頼している愛馬だったんだが、口づけても女の姿のままだった。愛馬は力及ばずと悲しげにうなだれていたよ、不憫だろ」

 王子の頭が不憫だ、と言ったら不敬罪だな。

 黙ったまま微笑むだけにとどめる。

「そういうわけで、結婚しよう」

「何度言われても、無理です。せめて馬じゃなくて人で試してきてくださいよ」

 本気で呪いを解く気あるのか、この王子さまは。

「とは言っても、試せる相手もいないんだよ。呪いのことは極秘だしな」

「ご家族はご存じでしょう」

 でも家族って王様、王妃様、第一王子か。

 想像するとすごい絵面だな。みなさま美形だから眼福だろう。近づきたくはないけれど。

 遠目で眺めたい。

「他人事だと思って。自分の親兄弟に口づけしてくれって頼むのか?」

「赤の他人に頼むよりは良いかと」

「だから頼まなくてもユリアがいるし」

 それ、私は承諾してないんですけど。

「そんな『面倒』を前面に出さなくても。そんなにダメ? 結婚」

 可愛らしく首を傾げるなよ。

 顔が良いってずるい。でも絆されない!

「だから無理ですって。……そうだ。殿下専属治癒師として雇うのはどうでしょうか」

 じっと見つめられる圧に負けて妥協案を出す。

 苦し紛れで出した案だけれど、悪くないのではないか、これ。

 正直、うちのような残念子爵家の見目・能力ともに平凡な令嬢に良い縁談が舞い込むことはないだろうし、それなら働きに出て稼いだ方がいいだろう。

 王家の機密に関わることだから口止め料込みで給金もはずんでもらえるかもしれない。

 そうすれば己一人食べていくことくらいはできるのでは?

「また突飛なこと言いだしたね、ユリア」

「妙案じゃないですか? ルイさまの呪いにも対処できるし、私は働き口を手に入れられるし、一石二鳥」

 ルイさまはなんだか微妙な顔をしている。

 何故だ。

「治癒師、ねぇ」

「別に名前は何でもいいですよ。呪い担当者でも」

「いや、呪いは大っぴらにできないし、名前の問題では……あぁ、じゃあ妻にしておこうか」

「却下!」

 どさくさに紛れて何てことを。

「お買い得だと思うんだよ。割と。見目もそんなに悪くないし、それなりに自由になるお金もあるし、ユリアのことも大事にするし」

 真面目な顔で、そんなこと言わないでくださいよ。

 そして見目は悪くないどころかすごく良いですよ。

「申し訳ありません」

「僕の何がだめ?」

 微笑んで聞いてくれる、その表情が少し傷ついているように見えて目を伏せる。

「ルイさまがだめなのではなく、私が無理なだけです。私に王子妃は務まりません」

 実際のところ身分差のことがなく、ルイさま自身だけを見れば結婚相手としては悪くない。

 見目はもちろん、学業の方も優秀だと聞いているし、言動は少し困ったところもあるけれど、性格が悪いわけでもないし、話していて楽しいし。

 呪いを解いたこと以外に良いところがあるわけではない平凡な自分に固執する意味がわからない。

 そうか、趣味が悪いのが欠点か?

「別に王位に就こうなんて思ってないし……何なら子爵家に婿入りしても良いんだけど?」

「……しれっと、なに恐ろしいこと言ってくださるんですか! うちを乗っ取ろうとしないでくださいよ、ルイさま。言っておきますが、私跡取りではないですからね。子爵家は弟が継ぎますからね!?」

 いや子爵家を乗っ取ってもルイさまにうまみはないんだけれど、なんか『面白そうだったから』とか言いながらやり兼ねないんだよな、ルイさまは。

 こちらが少し焦りながら抗議する様子が面白かったのか、ルイさまはくすくすと声を立てて笑う。

「いや、さすがにそれは冗談だけどね。臣籍降下の予定ではあるんだ。近々兄上が立太子するしね。僕は病弱設定になっているし、田舎の領地を拝して余生を過ごす感じ?」

 王家の機密をぶち込んでくるのもやめていただけないかな。

 まぁ第一王子は優秀で真面目な方だという噂だし、世間でも立太子されるだろうとは思われているけれど。

「ずいぶん長い余生になりますね」

 体のいい厄介払いみたい、とは言えずにどうでも良いことを口にする。

「そ。だから、どうせなら好きな子と一緒の方が楽しいでしょ。どう? 田舎なら社交もそんなに考えなくて良いと思うし、のんびり、気楽じゃない? ね、どう?」

 にこにこと王子様然とした笑顔で勧誘してくる。

 っていうか、当たり前みたいに『好きな子』って言った。なにそれ。ずるい。

「…………美味しい話には裏があるっていうもの」

 あぶない。あの顔であんなこと言われたから思わずうなずきそうだった。

 気をしっかり持たねば。

「やだなぁ。疑り深い。軽率に転生者だなんてばらしてきたユリアとは別人みたい」

 面白がってる顔だ。ひどい。

「あれで反省したんです。でも、あの時はうかつでちょうど良かったんです。結果的にルイさまの呪いを解くことができたんですから」

 完全に解けたわけではないけれど、それでも少しは軽減できたはずだ。

 声をかけないままだったら、私は呪いのことを知らないままで、ルイさまは十八歳で死んでいたかもしれない。

 だからあのうかつさは褒めてもいいのだ。

 だけど今後は慎重に。

「…………ユリアはさぁ、そういうところだよ」

 ソファの背もたれに突っ伏したルイさまからすごくくたびれたような呟き。

 えぇ、そういうって何さ。

「まぁ、焦らずいこうか」

 顔を上げてにこりと完璧な笑顔でルイさまは笑う。

 その表情に思わず見とれていると指先に口づけられる。

 文句をつけようと思ったのに、まっすぐな視線に射抜かれて、逃げるように目をそらした。



                                  【終】

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