【終話】二重螺旋の竜神に誓う

 突然に俺が帝都に戻ると言い出したので、一瞬マハも驚いた顔をした。

 しかし、すぐに彼女は苦笑すると、大きくうなずき返す。


「透歌を呪いから解放する――そうだね」


 マハも俺と一緒に、姉上の本心を牢で聞いている。

 それに姉上と友だちだという彼女なら理解してくれると、俺も信じていた。

 俺もマハにうなずき返すと、決意を口にする。


「姉上は『助けて』と言った。その願いを叶えたい。もし帝国の呪いがジャマするというなら、帝国も敵だ。私は姉上を解放するために戦う」


 例え強大な国家と敵対することになろうと、その覚悟は揺るがない。

 しかし俺に覚悟が出来ていても、目の前に居るマハはどうだろうか?


「マハは、どうする?」


 彼女は帝国の宮廷に仕える薬師だという。

 ならばマハにとって帝国を敵に回すことは、自分の仕える宮廷と祖国を敵にするということだ。


(もしマハが逡巡する素振りを少しでも見せれば――)


 事情を知る敵は、誰だろうと見逃せない。

 俺はマハの対応を、慎重にうかがった。

 すると俺の質問を聞いたマハが、肩をすくめて笑みを浮かべると。


「透歌を自由にしたいのは、私も同じだから」


 穏やかな口調で、しかしハッキリと口にした。


「それが帝国を敵にするとしても?」


 念のために、もう一度たずねてみる。

 マハは笑みをしまうと、窓の外に視線を送りながら、懐かしむように語った。


「私が、まだ子供だったときね。私の兄が、帝国を倒そうとしたの」


 これまで一度として直接聞いたことがなかった、マハの過去。

 それを本人が語り出したので、俺は意外に思いながらも黙って耳を傾けた。

 マハもそんな俺の態度に気づいたのか、淀みなく語っていく。


「私は『国に逆らうのは悪いこと』――そう教えられていたから、純粋に兄が悪いことをしているように思った。だからお父様に、素直に兄のことを話したの」


 瑞原の里で出会った、老婆のことを思い出す。

 あの老婆は、マハが帝国皇女が甦った人間ではないかと、疑っていたが……。

 もしかすると、その推測の正否も明らかになるかもしれない。


「結果、厳しい追及の末に兄は処刑された。私は正しいことをした――はず、だった。けれど、あのときのことを、私は今も後悔してる」


 懐かしむように語るマハの顔に、そこでスッと陰が差した。

 彼女は後悔の念を滲ませるように唇を噛むと、静かに目を伏せる。


「兄から理由を何も聞かなかったから。当時の私は何も考えずに訴え出たけど、その前に話を聞けばよかった。聞いて、本当にそれは悪いことなのか、自分で判断すれば良かった」


 そこまで言うと、マハは面を上げた。

 ヘーゼルゴールドの色をした瞳が、俺の顔に向けられる。


「だから今度は、私が自分で決める。透歌の本心を聞いた私が決めるの。彼女は自由になるべきだし、その自由を帝国がジャマするというなら、それが間違ってる」


 明瞭すぎるほどの答えで、マハは帝国が誤っていると断じた。

 俺は彼女の言葉を信じることにした。

 口先だけなら何とでも言えるが、これまで実際にした彼女の行い、そして冒してきた危険を考えると、信じることが妥当だと思えたからだ。


「じゃあ、決まりだね。竜神に誓って」


 俺はそう言うと、握手を求めてマハに手を差しのばす。

 薬師の少女らしい繊細な指先をした手が差し出され、俺の手を握りしめた。


「「偉大なる、二重螺旋の竜神カドゥケウスに誓って」」


 姉の自由のため。友人の自由のため。

 帝都斎王、瑞原透歌を自由にする。

 俺とマハは同じ目標を抱いて、このとき誓い合ったのだった。

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