第48話 たくさん話をしよう
「えぇと……こんな感じのデザインでいいかな。いや、ちょっと可愛らし過ぎるかなぁ」
うぅん。唸っては、溜息。頭を掻いて、またデッサンを始める。佐々木くんから案を貰ってから、仕事の合間にこんな作業を繰り返しているが、なかなか思うような物が描けない。商品にする物ならば、もっと早く仕上がっていただろう。それが好きな人へ想いと共に渡す代物になると、色んな欲を出しては、不安になり消しゴムをかけてしまうことを繰り返していた。
うぅん、とまた唸りを上げた時、チャイムが鳴る。あぁ、もうそんな時間か。僕は手早くスケッチをしまって、玄関へ急いだ。
「こんにちは。いらっしゃい」
扉の先にいたのは、
「今回のは、グリーンを入れたいなって思ってて。庭とかいいですかね。周りのお宅が入らないようするんで」
「うんうん。いいよ」
商品を手に取った彼は、サクサクと撮影の準備を始める。決めたら早いのが、彼のスタイル。僕がボォっと眺めている間に、もう撮影は始まっている。何枚か撮っては確認。それを繰り返し、互いに納得のいくものに辿り着ける。そうやって夢中になっているうちに、段々と陽が傾き始めた。秋になると、急に日が短くなったように感じる。
「これでどうかな」
「お、いいね。じゃあお茶にしようか」
「ホットコーヒーがいい」
「はいはい。分かったよ」
仕事が終われば、彼は一気に可愛らしくなる。ギラッとした仕事の目つきではなく、クリッとした目を輝かせるのだ。そこにまだ少年らしさが残っていて、見てくれの差異に時々笑ってしまう。今だって、皿に出し始めたクッキーに目が釘付け。厳つい見た目に反して、甘いものが好きなのも可愛らしいポイント。あんまり言うと拗ねるから、心の中で思うだけにしているけれど。さっきまでの凛々しい顔はどこへやら、である。
「はい、どうぞ。お疲れ様。今回もありがとうね」
「いえいえ。今度は何を作るの? 暫くは、これの制作だろうけど」
「そうだね。次は、木工作家さんとのコラボが進んでるよ。まだ落とし所は相談してるけど、僕は革から離れて、帆布を使おうかなって思ってるの」
「へぇ。宏海くん、そういうのもやるんだ」
「やるんですよ。これが」
楽しみ、と言いながら、丈くんはクッキーを咥える。その腕には、あまり見かけない腕時計。ここのところ、色んなブランドの物を見てきたけれど、初めて見る物だった。
「ねぇねぇ、丈くん。その腕時計って、どこかのブランド?」
「時計? これは……アンティークだったかなぁ。見た目が好みで買ったんだけど、バンドがすぐ切れちゃってね。そこは新しいんだけど」
「アンティーク……アンティークか」
何度も描いたけど、しっくりこなくて。文字盤も自分で作ってみるか、買うか決まらずにいた。アンティークは一つも考えてなかったな。プロポーズにそれってどうだろうと思うけれど、参考にするでもいいし、色々見てみよう。新しい視点は大事だ。
「丈くん、ありがとう」
「ん。よく分かんないけど、いえいえ」
クッキーを頬張ったまま、丈くんは答える。もう既に次のクッキーを手にして。ふふふ、と僕もクッキーに手を伸ばす。穏やかな、のんびりした時間だった。
最近、池内くんや佐々木くんの話をカナちゃんとする。相手がどういう人か、分かり合えるようになったから。それが今は嬉しい。いつか、丈くんも紹介したいな。僕の周りの色んな人や色んな物を、彼女にも知って欲しいし、僕も知りたい。だから今日も、カナちゃんとたくさん話をしよう。たくさん、たくさん話をしよう。
だって、そう決めたのは私 小島のこ @noko_kojima
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