第32話 焦りと不穏

 グローとマリアがしばらく泣いた後、彼らは宮殿を出て、地上を出る。地上を出ると、荷物預り所で馬車を取り戻す。馬車に再び乗り、カッパトッカの街を出ることにした。城壁を出て、来た方向のエルバ人自治領を目指す。

 だが、マリアは先ほどからイライラしており、足を小刻みに揺らす。多分頼りのアトマン帝国の協力が取れなくて、焦っているのだろう。グローとヴォルティモはマリアの醸し出す気まずい空気に押され、黙り込む。

 彼らは気まずい空気の中進んでいると、途中の道で、遠くに一つの人影を見かける。

 「ん?あれは人か?」

 ヴォルティモが目を凝らして、人影をよく見ると、逆立ちのような変な格好をしていることに気づく。少しずつ人影に近づくと、その人影の正体が判明する。

 彼らはアイガムハAigamuxaに遭遇した。アイガムハは黒い肌の人間の姿をしているが、目が顔ではなく、足の裏にある。そのため、逆立ちになり、足の裏の目で周りを見ている。口から鋭い牙とよだれを覗かせる。どうやら、餌を探しているようだ。

 「アイガムハだ。被害が出ないように、討伐しておこう。」

 ヴォルティモがそう言うと、グローは頷く。マリアは機嫌が悪く、頷きもしなかった。

 彼らがアイガムハを見つけたように、アイガムハもまた同様に彼らを見つけ、気味が悪いくらいの速さでこちらに向かってくる。

 マリアは先を急ぎたいのかアイガムハに全速力で突進していき、槍を突き刺す。槍の先端がアイガムハの腹に突き刺さり、アイガムハの腹と口から血が噴き出る。アイガムハは槍で固定され、彼らに近づけない。

 すると、アイガムハは甲高い声を上げる。その声を出すと、アイガムハは力尽き、だらんと槍にぶら下がる。その声に反応し、他の魔物も呼び寄せられる。アイガムハもう2体とヤラYaraマーmaヤーyhaフーwhoがおびき寄せられる。

 ヤラ=マー=ヤー=フーは赤い人型の魔物だ。胴体は子どものように小さいが、腕が脚の2倍くらい長く、手のひらも大きい。頭もこの胴体にしては重そうなくらいでかい。口はカエルのように大きく開き、この大きな口で人を丸呑みするという。さらに、この体の赤さは、人間の血で塗られているという。

 アイガムハに呼び寄せられ、魔物が増えたことに彼らは焦り、すぐさま対処するようにする。

 呼び寄せられたアイガムハは手のひらで地面を叩くように高く跳び、マリアの方に鋭い牙が出た口を上から噛みつこうとしてくる。

 グローははすぐさまアイガムハの口に剣を横に頬張らせ、噛みつくのを防ぐ。

 「ヴォルティモ、頼んだ!」

 「了解。」

 グローは一言だけを発したのに、ヴォルティモは彼が何を頼んだのか分かっていた。二人はもう息が合っていた。

 ヴォルティモは、グローが押さえている隙に、アイガムハを横から攻撃する。そして、アイガムハは傷だらけになり、ボトッと崩れ落ちる。

 マリアはまだ怒りと焦りが勝っているのか、我を忘れたように怒りに任せ、魔物を突き刺していく。だが、冷静に対処できていないため、アイガムハに腕を噛まれる。マリアは噛んできたアイガムハに舌打ちし、睨みつけて、槍を突き刺す。まるで、八つ当たりするかのように。

 「チッ!邪魔!」

 ヤラ=マー=ヤー=フーがまるでアイガムハを助けるように、マリアに大きな手のひらで攻撃しようとする。グローは急いで、ヤラ=マー=ヤー=フーの攻撃を剣で受け止める。彼はマリアに顔だけ振り向き、荒げた声でマリアに叫ぶ。

 「マリア!ちょっと冷静になれ!こいつらに怒りをぶつけても仕方ないだろ。」

 グローの荒げた声に反抗するように、マリアも声を荒げて怒鳴る。

 「…何よ!あなたには何も分からないくせに!」

 だが、グローは、火に油を注ぐように怒鳴り返すのではなく、冷静に落ち着いた声で伝える。

 「ああ、分からない。俺はお前じゃないからな。だから、改めて話し合いたい。そのために、まずこいつらを倒そう。」

 「…わかった。」

 マリアは不服そうだが、とりあえずアイガムハらを倒すことは、どちらも先決課題であるため、了承をする。

 そして、マリアは、噛みついてきているアイガムハの顔を殴り、腕から引き離す。さらに、そこにヴォルティモが、アイガムハの顔を錫杖で突き、アイガムハは倒れる。

 残りのヤラ=マー=ヤー=フーをグローが剣で斬り、マリアが槍で突き刺すと、体は真っ赤になり、頭から倒れる。

 アイガムハやヤラ=マー=ヤー=フーの死体は数分経っても黒い塵にならず、ただただ生々しい死体が倒れている。彼らはアイガムハらを埋葬し、弔う。

 弔いを終えると、ヴォルティモは、マリアのアイガムハに噛まれた部分を法術で治す。

 「全く、無茶しやがって。あんまり傷が深いと傷跡が残ってしまうぞ。」

 ヴォルティモは小言のように文句をマリアに言うと、マリアは何も言わず涙を流し、口を震わせる。ヴォルティモはその姿を見て、自分が泣かせたとオロオロと動揺する。

 ―今日はここらへんで、一度休憩した方がいいな。

 グローはヴォルティモの肩をポンと叩き、耳打ちで、

「今日はここで休もう」

と伝える。ヴォルティモはこくりと頭を縦に振る。グローはマリアの許にも近づき、同じ言葉を伝える。

 マリアは尻を地面につけ、膝を立てて、両腕で膝を抱える。そして、その膝に泣き顔を隠すように、顔をうずめる。その状態で、グローの言葉に小さく頭を縦に振る。

 彼らは馬車をここら辺で停め、焚火をする。マリアは未だ膝に顔をうずめ、膝の中からグスリとすすり泣く声が聞こえる。

 グローはその顔が合わない状態のまま、マリアに話しかける。

 「マリア。確かにアトマン帝国から協力が取れず、焦る気持ちは分かるが、お前が焦って命を失っては元も子もないぞ。お前なら絶対大丈夫だ。その信念と信頼関係を大事にしていれば、きっと国の再興に協力してもらえるさ。」

 彼はマリアに諭すように優しく伝える。すると、マリアは膝に顔をうずめながら、声を荒げる。

 「綺麗ごとを言わないで。私は神聖エストライヒ帝国皇女なの。国民の皆を守り、皆を導かなければならない。」

 だが、マリアの言葉に負けじと、グローは言い返す。だが、優し気な声で伝えるようにした。

 「だからこそじゃないか。お前はエストライヒ人にとって希望なんだから、死んではいけない。それに前にも言ったろ。義務感で動いていたら、お前自身が潰れると。それにな、思うんだが、お前は国民を守らなきゃいけない存在だと強く思い過ぎじゃないか。」

 彼の言葉が予想外だったのか、マリアは驚いて顔を上げる。彼はそのままマリアに語り掛ける。

 「俺は、平民とかの民衆って実はとても強いと思うんだよ。俺は以前ミラント同盟の都市国家に行ったことあるが、そこの人々は皆、貴族みたいに金を持っているわけでもないし、王様みたいに権力を持っているわけでもないが、自分の可能性を信じ、各々頑張っていた。楽しそうに笑い、楽しそうに仕事をしていた。勿論、苦しんでいた人もいた。だが、お前の言う国民はそんなに弱い存在なのだろうか。皆自分を信じ、自分で立ち上がれる。きっと、彼らは絶望に打ちひしがれているだけじゃない。お前の夢を希望として、立ち向かっているはずだ。」

 彼は迷いなくそう伝える。グローもユミトの希望を胸に抱いて立ち向かっているように。自分にも宣言するように。

 「でも、私に期待していないかもしれない。私は皇女だし、亡国したから裏切られたと思われるかもしれない。」

 マリアは下に俯き、また悲しそうな顔をする。だが、グローはそんなことないと顔を横に振る。

 「お前が、そんなに国民を想っていることは、国民に伝わるさ。だって、俺はウィンドボナに行ったとき、エストライヒ人はマリアを誇っていたぞ。国民を想う素晴らしい皇女だと。もし、国民が期待していなかったとしても、俺はお前に期待している。お前を信じている。」

 彼はマリアの手を掴み、真剣な眼差しで見つめながらそう宣言する。マリアは顔を赤らめ、そっぽを向く。彼もマリアの恥ずかしがる姿を見て、自分自身の行動が恥ずかしくなった。彼は掴んでいたマリアの手を外し、そっぽを向く。そのまま二人に背を向けるように横になり、眠るふりをする。

 ―顔が熱いのは焚火が強いせいだ、多分。

 そして、そのまま皆眠り、夜が明けると、彼らは早朝に再出発する。

 マリアは馬車の中から、赤く腫らした目で外の風景を眺める。多分腫らした目を見られたくないのだろう。目だけではなく、少し頬も赤いのが気になるが。

 グローも昨日のことを思い出し、冷たい風に当たり、顔を冷ます。

 そして、しばらく進み、エルバ人自治領に入ると、不穏な噂が彼らの耳に届いた。

 アラッバスالعباس朝の飛び地がアシーナ帝国に戦争を仕掛けているという。

 この飛び地の事情がややこしくて、現在この飛び地はエンジェル帝国(元神聖エストライヒ帝国の地)とアトマン帝国とアシーナ帝国の3つに挟まれて、隣接している。だが、元々は東方のアラッバス朝と一続きになっていた。しかし、アシーナ帝国でユスティニアヌス大帝が皇帝の座につくと、どんどん領土を上に拡大していき、飛び地になってしまったという。だが、アラッバス朝としては、アトマン帝国に隣接する飛び地を手放すわけにはいかないので、アシーナに度々干渉しているらしい。さらに、ややこしいことに民族も様々な人種がいる。アシーナ人やエルバ人だけでなく、古代にこの地に建国していたファルーシアفارسی人も内在している。「文明の十字路」と呼ばれているくらいである。なので、この地はかなり紛争が多く、きな臭い地だという。

 そして、今回はこの飛び地でアミール地方総督を名乗る男が現れ、そいつを筆頭にアシーナ帝国を圧迫しているという。特に少数民族の不満を煽っているため、飛び地に住んでいるファルーシア人を扇動しているらしい。

 ―最近世界が不安定だな。

 グローは、たまには明るい話が聞きたいなと呑気に思う。だが、そうも思ってられないようだ。馬車の前方に、首の無い巨体が立ち塞がる。

 彼らはシンティエン刑天に遭遇した。シンティエンは薄い黄色い肌の人型だが、頭が無い。しかし、頭こそ無いが、顔が体にある。具体的にいうと、目や鼻、口が胴体にある。なんとも不気味なさまだ。さらに、身長は7フィートくらいあり、手には大きな大剣を持っている。

 シンティエンは大剣を彼らに向かって横に振り回す。彼らはそれを潜るように避け、そこから距離を詰め、各々の武器で攻撃をする。顔が体にあるので、目に剣や槍を突き刺す。すると、シンティエンは目を押さえ、痛みに悶えている。その隙に、体に追撃をしていく。シンティエンの体は傷だらけになり、ついにはドシンと音を立てて倒れる。やはりシンティエンも黒い塵にはならなかった。彼らはいつも通り、埋葬し、弔う。

 グローは塵にならないことから、最近遭遇したアイガムハやヤラ=マー=ヤー=フーも思い出す。

 ―そういえば、ここ最近は体の一部分の位置が違ったり、欠損している魔物が多いな。

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奴隷物語 ~奴隷グローの冒険物語~ @Allan_kimagure

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