第31話 不甲斐なさ
グローたちはしばらく進み、エルバ人自治領内のダマスカスという街に着く。
ダマスカスはとても大きな街で、アトマン帝国内でも、全然街の色が違う。ダマスカスにはモスクという教会が多く点在している。多分エルバ人の宗教が関係しているのだろう。
グローたちが街を歩いていると、行方不明者のチラシが度々目に入る。神聖エストライヒ帝国でもアシーナ帝国でもあったが、至る所で行方不明者が多く見られる。この間のレッドキャップみたいな魔物や盗賊が関係しているのかもしれない。
そして、グローはダマスカスの市場を見ていると、ふと買った香辛料を思い出す。
彼は香辛料が入った袋を馬車から取り出し、取引してくれそうなお店に持って行った。店主は珍しい香辛料に、喜んで取引してくれた。香辛料は、1.5倍の銀貨4枚と銅貨120枚で売れた。そのお金をしまい、そのままダマスカスのバザールを見ることにした。
彼らは、バザールに並んでいる商品をじっくり見ていると、綺麗な模様の包丁や剣が目に入る。店主が言うには、ダマスカス鋼で作った包丁や剣らしい。
ダマスカス鋼とは、この地で採れる鋼鉄の一種で、そのダマスカス鋼の刃物が多くバザールで売っている。多分このダマスカスでは特産品なのだろう。これを他の地で売れば、高く売れるのだろうが、このまま買うのでは高いので、グローはダマスカス鋼だけ買って、自分で鍛造することにした。
彼は鉱石を売る店に行き、店主に代金を渡し、ダマスカス鋼を買う。
「そんなの買って、どうするの?」
突然後ろからマリアが話しかけ、グローは驚いてしまう。
「うぉ!いつの間に、付いて来ていたのか。」
「ずっと後ろにいたけど。それどうするの?」
マリアがグローが手に持っている鋼鉄を指さす。
「あ、ああ、これを鍛冶で打って、売り物にしようかなと。」
彼女はそのことを聞くと、
「へえ!鍛冶なんてできるんだ。すごいね。」
と無邪気な笑顔で純粋に褒めてくれる。
彼は、マリアに褒められて、照れくさく感じ、頬をポリポリと掻く。
「…鋼鉄を打つのに、鍛冶屋の工房に行くよ。」
彼が若干そっけなく言うと、マリアはそのまま彼に付いていった。
グローは、その鋼鉄を以前同様鍛冶屋に持っていき、自分で打たせてもらった。
―うん、こんなものかな。だが、あまり打ってないだけあって、さすがに腕が落ちてるな。こりゃ、父親に会ったら、こってり絞られそうだ。
彼はそう思いつつも、一応及第点ぐらいの出来には仕上がったので、これを他の地で売ることにした。
「へえ、上手くできるもんだね。」
マリアが彼の打った剣などを見て、そう言う。やはり、鍛冶をしない人から見たら、剣の出来の良い悪いは分からないのだろう。グローはクスリと笑ってしまう。
「え、何?変なこと言ったかしら?」
彼女はグローが笑ったのを見て、自分が何か変なことをしたのか不安になる。
「いや、分からないならいいんだ。」
「いやいや、気になるから。」
グローは作り終わったので、工房を出るが、マリアは工房を出ても尚、気になると何度も聞いてくる。
彼は、マリアの質問を無視して、作った包丁と剣を馬車の中に入れる。
そして、彼らはダマスカスの街を出た。エルバ人自治領を出て、カッパトッカに向かう。グローは、カッパトッカには以前行ったことあるので、案内無しで向かった。カッパトッカに着くと、以前見た街の中央の高台にある城が見える。彼とヴォルティモが遠くからぼうっと眺めていると、マリアが城について説明する。
「あれはウチヒサール城というところね。」
―ほう、ウチヒサール城というのか。
彼が以前カッパトッカに来たときは、何も知識がなく、一人だったので、何もわからなかった。
しかし、マリアはウチヒサール城に目もくれず、地下への穴を探す。目的の場所ではないからだ。
「まあ、今回は皇帝の謁見が目的だから、このカッパトッカの地下にある
「そうだな。」
グローとヴォルティモはマリアに同意し、イェレバタン=サラユ宮殿に向かうのに、道行くドワーフに案内してもらい、地下都市へ連れていってもらった。一旦ヴォルティモの馬車は荷物預り所で預かってもらった。彼らはドワーフに付いていき、地下都市への階段を降りる。
―痛っ。
グローは、頭を穴の天井にぶつけた。
―そうか。以前に比べて背が大きくなったのか。
彼は少し屈みながら穴を進んでいく。ヴォルティモも彼を見習い、屈みながら進んでいく。
階段をどんどん下っていくが、中々辿り着かない。彼らがかなり下に降りたと感じたころから、ようやくがやがやと音が聞こえ、光も漏れていく。もうそろそろ着くのだろう。
ようやく地下都市に着くと、そこは地下とは思えないほど、広く煌びやかになっている。住宅街や市場などがあるが、それよりも奥に地下とは思えないほどの壁に囲まれた大きなイェレバタン=サラユ宮殿がある。彼らは宮殿にしか用がないので、宮殿にそのまま真っ直ぐ向かった。
宮殿の入り口には入り口の門があり、左右に大きな狼二匹の彫刻像が建てられている。その彫像の狼が、まるで彼らを睨んでいるようで、グローは少し怖気づいてしまう。
「…なあ、マリア。」
「何?」
「アトマン帝国は、本当に神聖エストライヒ帝国復興に協力してくれるかな…。」
グローは弱々しい声でマリアにそう尋ねると、マリアは顔を膨らませ、グローの体を肘で小突く。そのマリアの肘がグローのみぞおちにちょうど入り、彼は腹を抱える。
「ちょっと。交渉する前から、そんな不穏なこと言わないで。」
「そ、そうだよな。ごめんごめん。」
彼らは門に近づいていくと、その門の前にいる2人の門番が槍をこちらに向ける。
「誰だ!何用だ!」
マリアはローブのフードを外し、髪留めも取り、髪を下ろす。そして、門番の問いに答える。
「神聖エストライヒ皇女のマリア=テレジアです。スレイマン皇帝にお願いがあって、来ました。」
門番はマリアの言葉を聞き、慌てて構えた槍の剣先を下ろす。
「マリア=テレジア姫ですか。申し訳ございません。今皇帝にお伺いしますので、少々お待ちください。」
そして、門番の1人は宮殿内に走って入り、もう1人はグローたちに留まるようやんわりと伝える。
しばらく待つと、先ほどの門番が戻ってきた。
「皇帝の許可を得たので、こちらにどうぞ。」
門番に宮殿の門を開けてもらい、彼らは宮殿内に入る。そして、従者に案内され、謁見の間に向かい、長い渡り廊下を歩く。
宮殿はとても広く、彼らにここが地下だと忘れさせるほどだった。向こうには図書館があったり、女性が多く集まる
内装は青いタイルで、幾何学的模様が施されている。そして、奥にソファが置いてあり、そこに宝石が付いた赤く細長い帽子を被っている男性が座っている。服装は、胸辺りに肋骨のように、紐が装飾されている。生地も豪華な模様が施されており、その上に上質そうな上着を着ている。その男性の脇には従者らしき人が武器を持ち、一糸乱れず立っている。
グローは、この奥の人が皇帝だと直感で分かった。当然だが、風格が違い過ぎた。
そして、彼とヴォルティモは、マリアの見よう見まねで跪き、謁見した。
マリアが先に挨拶をする。
「お久しゅうございます。スレイマン陛下。」
スレイマン陛下はマリアの言葉に頷き、返事をする。
「うむ。マリア皇女も息災で何よりだ。」
マリア自身は息災であっても、彼女の状況は息災ではない。だが、マリアは言いたい言葉を唾と一緒に飲み込む。
「ありがとうございます。ところで、陛下、ご相談なのですが。」
陛下はマリアの頼みに頷く。
「うむ。言うてみろ。」
マリアは
「はい。我が祖国神聖エストライヒ帝国の復興にご協力願えないでしょうか。」
スレイマン陛下は手を顎に付け、少し考える素振りをする。
「で、アトマン帝国にとって利益はあるのだろうか。」
マリアはスレイマン陛下に問い詰められ、しどろもどろになる。
「え、えーと、その…。」
スレイマン陛下は溜息をつき、やれやれと首を振る。
「確かに、神聖エストライヒ帝国とは国交があった。だから、協力したい気持ちはある。だが、アトマン帝国に利益が無ければ、こちらも
マリアは、凄い痛いところを突かれた。だが、正論だった。皇帝も兵士の命を抱えている以上、利益がなければ、兵士を出すのに渋る気持ちも分かる。
「とりあえず、もう一度考えてみてくれ。もし、アトマン帝国にとって利益が思いついたら、もう一度訪問してくれ。」
マリアは悔しそうに、下唇を噛む。まるで下唇を食いちぎってしまうかのように、強く、強く。次第に、下唇から血が流れてしまう。
「…承知しました。」
マリアはそう返事をすると、すぐに走って謁見の間から出ていく。グローとヴォルティモも続いて、謁見の間を出ていく。
「おい!陛下の御前で失礼だぞ!」
兵士の一人が、マリアたちが走って出ていったのを無礼だと、後ろ姿の彼女らに注意する。すると、
「よい。放っておけ。」
とスレイマン陛下が手を兵士に向け、止めに入る。
「は、はあ。」
兵士は納得がいかなそうだったが、陛下の意思であれば、それを遵守するしかない。兵士は注意するのを止め、再度自分の配置に戻る。
陛下は顎を手に載せ、何かを考え込んでいるようだ。
―彼女はまだ若くて、未熟すぎる。だが、その若さと未熟さが、彼女を強くするだろう。
マリアは謁見の間を出た瞬間に、目から大粒の涙が出てくる。両手で拭っても、拭っても、拭いきれない。
このときの彼女の気持ちを、なんとなくグローは分かっていた。これは悲しいからだけじゃない。自分の何もできない不甲斐なさに、悔しさが募っているのだと。
グローは、こういう自分の不甲斐なさが悔しいと思う場面が多かったため、気持ちが分かった。彼はそっとマリアを励ますように抱きしめる。マリアの涙が、彼の胸に染み、そして胸から目へと伝う。いつの間にか、彼の目からも涙が出ていた。彼らはただただ泣くことしかできなかった。
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