第30話 助かる幸せ・助からない幸せ
グローたちは馬車を直してもらった後、少しミレトス内の市場で買い物をすることにした。
市場を見ていると、魚や貝などの水産物からオリーブ、鶏肉など様々な食材が置いてある。このミレトスは海が近いため、水産物が多くみられる。
様々な種類の魚が並ぶ市場を見て、ふと赤い8本足の生き物が目に留まる。
しかし、マリアはタコを見て、わかりやすく嫌な顔をする。
「うわ、
神聖エストライヒ帝国でも食べる文化が無いのだろう。グローは、アトマン帝国に来たばかりの自分を思い出す。
「意外と美味しいよ。」
その彼の言葉を聞いても尚、マリアは疑いの目をしている。
―…頑張っておいしく調理しよう。
彼はそう心掛けた。
彼らは他にも市場で見ていると、小麦粉が安く売っており、小麦粉を買った。それと、パンとオレガノなどのハーブも買った。
それと、グローは香辛料が気になっていた。今まで訪れた国ではかなり希少で高かったが、この国は他の国に比べて、値段が安く、種類も量も豊富だった。これはあまり流通していない国で売れるかもしれないと目論見、彼は香辛料も買うとこにした。銀貨3枚を渡し、その分の胡椒を貰った。
「あ、香辛料いいわね。食糧保存できるし、美味しいよね。」
彼が香辛料を買うのを見て、マリアは嬉しそうにする。
「いや、使うわけじゃないぞ。他で売る用だからな。」
その彼の言葉を聞いた瞬間、マリアは少し残念そうな顔をする。
それと、このアシーナは夏季が乾燥するため、乾燥に耐えうる硬葉樹林が多く、その硬葉樹林のオリーブの木が生い茂っている。そのため、良質なオリーブ油が多く売っている。グローは、売る用と使う用にオリーブ油も買っておくことにした。
彼らは買い物を終え、ミレトスの街を出る。そして、西のアトマン帝国へ向かう。その途中の道で野営をすることにした。
グローは、この前買ったタコを手持ちのナイフで細かく刻み、パンの欠片と小麦粉とハーブを混ぜ、捏ねる。そして、少し多めのオリーブ油で揚げ焼きする。これでタコのミートボールの完成だ。
マリアは口に入れる前は嫌々だったが、口にミートボールを入れると、予想より美味しかったからか口が綻んでいる。
彼らは食事を終え、馬車で寝泊まりをするが、今までよりもほんのり暖かさを感じる。板の隙間が無く、断熱効果が前より良くなっている。その日は久しぶりにぐっすり眠ることができた。
グローたちはミレトスを出て、数日かけてアトマン帝国に向かって進むとアトマン帝国の国境沿いに大きな城塞がある。彼らは通行料を渡し、城塞を通ると、イスティンポリンに着く。グローはアシーナ帝国に行ったからこそ分かるが、このイスティンポリンはアシーナ帝国の街の雰囲気にとても似ていた。このイスティンポリンは、アトマン帝国のアシーナ自治領内だからかもしれない。多分カッパトッカなどと違って白い肌の人間種族が多いのはそういうことなのだろう。
以前、グローはイスティンポリンをあまり見れなかったので、彼らは少しだけ街を見まわる。市場や住宅街を回っていくと、教会が至る所に点在する。だが、教会と言っても一概には言えず、それぞれの特色がある。アシーナの正教派に似た教会もあれば、全く別の見たことない脇に柱が何本も建っているドーム型の建物がある。さらには、グローが両親と行ったことのある狼信仰の教会もある。ここは様々な文化と宗教が交差する場所なんだな。さらに、イスティンポリンの中央付近に進むと、広い敷地の門に囲まれた建物を見つける。そこには庭園が少しだけ覗かせる。庭園にはクリスマスローズが綺麗なピンク色の花を咲かせている。そして、その奥には様々な建物が建てられている。
グローとヴォルティモが宮殿の煌びやかさと荘厳さに圧倒され、ぼうっと見ていると、隣のマリアが口を開く。
「イェニ=サライ宮殿ね。」
やはりこの豪華さは宮殿かとグローは納得する。彼はマリアに皇帝がこの宮殿にいるか聞いてみる。
「ここは宮殿だけど、ここに訪れれば、皇帝に謁見できるのか?」
しかし、マリアは首を横に振る。
「いいえ、残念ながら、ここは離宮だから、多分いないと思うわ。多分カッパトッカの地下宮殿にいるわ。」
「なるほど。じゃ、カッパトッカに向かう必要があるな。」
「そうね。」
そうして、彼らは皇帝に会うため、カッパトッカを目指し、イスティンポリンの街を出る。そのままアシーナ人自治領を2、3日で出て、南西に隣接するエルバ人自治領に入る。そして、エルバ人自治領内のダマスカスという街を目指す。ダマスカスまで草原地帯が続く。
グローたちはその途中の道で、倒れたボロボロの荷馬車を見つける。その荷馬車の下に、商人の男性が下敷きになっている。彼らは急いで馬車を起こし、助ける。
「いたた…、どうもありがとう。」
商人は頭にできたたんこぶを手で押さえながら、グローたちにお礼を言う。
「何があったんですか?」
グローが商人にそう尋ねると、商人は困っているように頭をポリポリと搔き、事情を話し始めた。
「実は、商品を連れと運んでいたんだが、途中でレッドキャップに襲われてしまって。それで、連れ人と商品も奪われてしまって。参ったな…。」
商人は分かりやすく頭を抱え込む。その様子を見て、グローたちは放っておけず、
「よければ、俺らが連れ人と商品を回収して来ましょうか?」
と商人に提案をする。
「え、それは助かる!お礼は約束する。」
商人は本当に困り果てていたので、グローの手を握り、必死に懇願する。だが、その必死さにグローは若干引いてしまう。
―まだ連れ人が無事だといいが…。
連れ人が未だ無事か分からないため、彼は絶対連れ戻せると確約ができなかった。そのため、その商人の必死さに引いてしまった。
「わ、わかりました。」
だが、彼は商人を安心させるために、一応返事をする。
彼らは連れ人の生存を願い、レッドキャップの拠点っぽい洞窟に向かう。洞窟に辿り着くと、彼らは薄暗い洞窟の中に入っていった。さすがにこの暗さでは危険なため、洞窟の前に作っておいた松明を手に奥へ奥へと進む。しばらく奥へと進むと、何かモゾモゾと動いている。
松明の持つ手を少し伸ばし、灯りを照らすと、6体ほどのレッドキャップがいた。
レッドキャップはゴブリンの一種だが、以前見たゴブリンの様相とはやはり違う。背が低いのと肌が緑色なのは共通だが、筋肉質で随分ガタイがいい。そして、頭上に赤い帽子を被っている。ただの赤い帽子であれば別に問題無いのだが、そうではない。全部が赤い生地ではなく、白い生地に赤い液体が垂れたような模様になっている。血がべったりと塗られて、帽子が赤くなっているのだ。多分今までの被害者の血だろう。
レッドキャップは獰猛で、殺す対象を見つけるや否や襲い掛かってくる。さらに、怖さを助長させるのが、ニタニタとにやけながら、攻撃してくることだ。
レッドキャップは間合いとか関係なく、グローたちを見つけるとすぐにそちらに走っていき、手に持っている短剣を振りかざす。
やつらには、恐れなど無いのかもしれない。レッドキャップは恐れなど知らないように、次々と攻撃を仕掛ける。素早い剣さばきでこちらに攻撃してくる。
グローたちは、それを各々の武器で受け流す。そして、レッドキャップが大振りで攻撃してきたときに隙ができ、そこに彼らは剣などで斬りつける。
だが、レッドキャップは傷など気にせず、そのまま追撃をしてくる。どうやらレッドキャップは恐れと痛みを感じないのだろう。これが普通のゴブリンより強い理由なのかもしれない。
恐れや痛みに退かず、ひたすら攻撃してくるレッドキャップに、さすがのグローたちも攻撃を受ける。彼らの体に切り傷が増えていく。
「グッ!」
ヴォルティモは、レッドキャップに二の腕を深く斬られ、鋭い痛みが腕に走る。彼の二の腕から、血がドクドクと流れてきた。
「ヴォルティモ、一旦下がれ。ここは、俺とマリアで押さえておくから。その間に法術で回復しとけ。」
「わかった。」
ヴォルティモはグローの言葉通り、後ろに退く。代わりに、後ろで距離を取っていたマリアが前に出る。マリアは、この間のピー・ラン・グルオン戦で戦ったとはいえ、まだそこまで槍を使うのに慣れているわけではなかった。だからか、彼女の槍を持つ手が、微かに震えている。
「マリア、落ち着いて、相手の剣の軌道を見極めるんだ。その攻撃を避け続ければ、相手に隙ができるはずだ。」
グローは、マリアに優しくアドバイスをするが、
「わ、わ、わかったわ。」
とマリアは焦りから、どもってしまう。
グローは本当に大丈夫かなと一瞬心配になるが、それでもマリアを信じてみることにした。
レッドキャップは二人に攻撃を仕掛ける。グローはレッドキャップの攻撃を剣で受けつつ、やつらに攻撃を加える。痛みを感じないとはいえ、さすがのレッドキャップも出血やダメージの蓄積で少しずつ倒れていく。
肝心のマリアは、グローに教わった通り、レッドキャップの剣の軌道を見極めようとするが、目が追い付かず、切り傷を作ってしまう。王宮育ちの彼女の綺麗な白い肌に、痛々しい傷跡ができていく。彼女は、目の前のケタケタと笑いながら攻撃してくるレッドキャップに、完全に怖気づいていた。
だが、その時、
「マリア、お前は母国を復興させるんだろ!気持ちで負けるな!」
とグローが一喝すると、マリアはそこでハッと気づかされる。確かに、気持ちで負けていたと。自分はここで終わるわけにはいかないと。
彼女は、母国を復興するという目標を思い出すと、目の前のレッドキャップがちっぽけな存在に見えてきた。彼女は先ほどとは違って、肝が据わったように落ち着いた表情をしている。再度槍を構え、レッドキャップと距離を取る。
―私は、グローたちのように、戦闘の場数が足りない。だから、まだ軌道を見極めるのは難しい。でも、隙を見極めれないなら、隙を作ればいい。
マリアはそう思い、洞窟内の砂をレッドキャップに撒く。レッドキャップは視界を遮られ、攻撃が止まる。そこに、マリアは槍でレッドキャップを突き刺す。レッドキャップは体の中央に刃が突き刺され、そこから血がドバドバと流れ出る。さすがのレッドキャップでもそこで息絶えた。
ヴォルティモも傷口を回復し、戦闘に復帰する。
そうして、彼らはレッドキャップを徐々に倒していくと、奥に商品らしき物と連れ人らしき人がいる。
息のある人が2人いた。グローたちは、連れ人が一人と聞いていたので、違和感を感じるが、その疑問はすぐに解決された。生き残っている人の足元を見ると、鎖が付いている。
―なるほどな。商品ってそういうことか…。
そして、奴隷の傍らにはズタズタに切り裂かれた人がいる。その切り裂かれている人は、少し上質そうな服装を身につけていた。どうやら連れ人は間に合わなかったらしい。
だが、おかしなことに奴隷はそこまで傷が付いていないのにも関わらず、連れ人は憎しみが籠ったように切り裂かれている。なぜ、この奴隷たちには攻撃をしなかったのだろう。彼らの中で、疑問が残る。
とりあえず、彼らは商品と生き残っている連れ人を連れ帰った。勿論、その亡くなってしまった連れ人と魔物を弔い終わってから。
洞窟を出て、依頼してくれた商人に連れ人と商品を丁重に運ぶ。商人は彼らが運んでいる姿を見て一瞬喜ぶが、連れ人が1人足りないのに気づくと、悲しそうな表情に変わる。商人は奴隷と商品を荷馬車に載せた後、彼らに依頼のお礼代を渡す。
「連れ人は残念だったが、依頼は依頼だから、これを渡しておきます。ありがとうございます。」
渡された袋には銀貨4枚と銅貨200枚が入っていた。値段としては高かったが、彼らにとって、なぜかその銀貨の入った袋は軽く感じた。
そして、商人は彼らにお礼と別れの挨拶を告げると、早々に目的地に向かっていった。
グローは、あの奴隷を自由にしたいと思うが、彼にはどうもできない。せめてあの奴隷たちが幸せな持ち主に届きますようにと、そう願うしかなかった。
そんな彼の思いに同期するように、マリアも自身の思いを言う。
「なんとも言えないわね。あの奴隷の人たちが果たして助かって良かったのか。それともあのまま亡くなった方が良かったのか。後味がすっきりしないわね。」
「そうだな。」
ヴォルティモも同意する。
彼らはまるで酸化しきった苦いコーヒーのように、喉の奥に後味の悪い何かが引っ掛かる。その気持ち悪さを抱えたまま、次の街に向かった。
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