魔法少女ララネガティブ
いいの すけこ
君だから選んだんだ
「君は特別な女の子なんだドロ」
意味わかんないことを私に言ってきたのは、意味わかんない生き物だった。
ぬいぐるみみたいなぽてぽてした体。短い毛並みで、多分なにかの動物だけど二足歩行。筆先みたいな尻尾と、首まわりと耳の付け根は長い毛でふっさり覆われている。なんだこの生き物。うさぎみたいに長い耳だけど、毛皮、パステルピンクだし。
そもそも喋ってるし。ていうかドロってなんだその語尾。
「君は選ばれし魔法少女なんドロ。この世界を救って欲しいドロ!」
ときたもんだ。いくら私が中学二年生だからって、中二すぎないか。私も何言ってるんだ。
キラキラの、ハートの飾りがついたペンを渡される。薄い紫色したペン軸に、ゴールドのクリップ。そこに留まったハート型の宝石。変身アイテムだって。
「君に眠る神秘の力を信じるドロ!」
信じてみるけど、ほんとに私で良いのかな?
魔法少女って美少女じゃん。
私、学校でブスだのキモイだの言われてますけど。
それを訴えたら、無視した挙句に自分の愚痴しか吐かないママがいますけど。それ以外の家族は存在してませんけど。ついでにこの世に自分が存在しなくていいと思ってますけど。
「そんな奴が魔法少女やっていいの?」
世界を救うどころか、滅んじまえクソがとか思ってるかもしれないよ?
「……選ばれたことには間違いないドロ!」
あ、一瞬躊躇ったな。
いいよいいよ、後悔させてやろうじゃんかよ。
宝石でデコったペンを振り上げる。
胸に勇気がともったら、きっと体が熱くなるから。
「ララプリズムピンプルレイジングキュアフォーゼ!」
私は光のドレスを身に纏う。
謎生物が目をキラキラさせていた。
あの子、声が男の子みたいだけど、男……オス? なのかな。変身中って裸になったりするのかな。あれ、見られて大丈夫なやつ?
ふわり、スカートが広がる。
バレリーナみたいな、チュールを何枚も重ねたふわふわのスカート。パニエたっぷりだから、どんなに暴れたって中身は鉄壁防御だ。
肩紐も袖もついてない、コルセットみたいな洋服はちょっと恥ずかしい。だけどいやらしくならないのは、きっと私が神秘の魔法少女だから。
非常識なほど伸びたロングヘアーは、ラベンダー色で。頭のてっぺんからブーツのつま先まで、魔法少女のカラーはパステルな薄紫だ。
ラベンダー色のランドセル、欲しかったんだよね。買ってもらえなかったけど。
フリルのついたチョーカーにぶらさがる、変身ペンと同じハートの宝石。ウエストの大きなリボンを揺らしながら、ヒールを鳴らして仁王立つ。
「魔法少女ララネガティブっ!」
小さい頃見ていた、魔法少女アニメを思い出す。
みんなララってつくの。ララドリームとかララハートとかララサンシャインとか。
だからって、なんでもかわいくなるわけじゃないけど。
ララネガティブってなんだよって話だけど。
「ララネガティブ……!」
まん丸見開いた瞳は、感動してるのかい? ドン引きしてるのかい? どっちでもいいけどさ。
「ララネガティブこそ、僕が探していた魔法少女ドロ……!」
あ、僕って言った。
「あんたオス?」
「あんたじゃないドロ。君の相棒、名前はドロップ、ドロ」
謎生物改めドロップは、短い手を伸ばす。
その語尾、名前だったんだね。
「とりあえず、よろしくね」
私はその小さな手を、握手するように握った。
☆.*゚•*¨*•.¸♡o。+ ☆.*゚•*¨*•.¸♡o。
「いまドロ、ララネガティブっ!」
ドロップの掛け声に、私は変身ペンから変化したステッキを構えた。
「ララ・ラバンデュラ!!」
ラベンダー色の光が魔物を引き裂く。パステルカラーの煙がもうもうと上がった。
「やったあドロー! さすがララネガティブドロ!」
ドロップが私に飛びつく。
魔法少女になって以来、私は日々ドロップと共に魔物退治に明け暮れていた。
最初のうちは、いつやめてやろうとか世界を壊してやろうとか考えていたけど、すぐに魔法少女の使命に燃えるようになった。
ドロップは一生懸命だし、魔物をぶちのめすのはちょっと爽快だったし。秘密の戦いに気づいた人が、こっそり感謝してくれることもある。嬉しいよね。
内緒で世界を守ってるなんて、カッコイイじゃん?
「今回はちょい危なかったかな」
正直、魔法少女の戦いは怖いことがたくさんある。魔法に守られてちょっとやそっとじゃ怪我しないにしても、絶対に死なない保証はないみたい。
だけどドロップが、いつも一緒にいてくれる。
小さい体で、戦いのさなかでも私から離れない。
「僕ももっと強くなりたいドロ」
なんて言うけど、ドロップはピンチの時に、カッコよく助けてくれたことだってあるんだ。
でもときめいちゃったなんて、世界が滅ぶその時まで内緒にしてやるんだから。
「いっけない! 早く帰らないと、ママとお出かけするんだった」
私は慌てて変身を解いた。
魔法少女を始めてから、変わったことがある。
私は前より堂々とできるようになった。
学校でいじめられても、魔物と戦うのに比べたらなんてことなかったし。ブスだキモイだ言われても
(そんなこと言っていいのか? 私はかわいい魔法少女だぞ?)
って思えば全然つらくない。
胸を張っていたら、仲良くなれた子もいたんだ。
ママとも正面きって話せるようになった。だって魔法少女は逃げたりしないからね。
子どもに愚痴をこぼすのはどうかと思うけど。
そうだねつらいこともあるよね、私も悲しいことはあるよ。聞いてよ、話そうよ。
世界なんて滅びちゃえってくらい、嫌な日もあるよね。
ねえママ、でもさ、悪くないよこの世界も。守るために、私が戦おうって思えるくらいには。
「ありがとう、ドロップ」
私を魔法少女に選んでくれて。
☆.*゚•*¨*•.¸♡o。+ ☆.*゚•*¨*•.¸♡o。
ラベンダー色の光が、雷雲に押しつぶされそうとしている。
魔王との最終決戦。
私は傷だらけになりながら、満身創痍でステッキを構えた。
「何があっても、ドロップと一緒なら私は平気だよ」
つぶらな瞳に微笑む。ドロップの長い耳が垂れた。
「実は、ララネガティブに謝らなきゃならない事があるドロ」
「え、なに?」
「僕が君を選んだ理由。……君なら、誰も好きにならないと思ったドロ」
「は?!」
意味を問おうとしたところに、炎が飛んでくる。躱したら、ドロップと離されてしまった。ドロップが大声で言った。
「魔法少女は、恋をしたら力を失うドロ!」
連続した攻撃に、私たちはどんどん離れていく。私は必死でステッキを振るった。
「君くらいの年齢の子は、恋するお年頃だドロ。今まで何人も魔法少女が、それで力を失ってきたドロ! だから僕は」
「恋愛に縁がなさそうな私を選んだってワケね!」
「ごめんドロー!!」
ああそういうことかよクソ。確かに選ばれた時の私は、人間嫌いだったからな。
……ああ、あの時ドロップに選んでもらえたんだから、ネガティブも悪くなかったかもね。
でもさ。
「でも、今の君は違うドロ!」
転がるようにして、ドロップが駆けてくる。
「君は素敵な女の子ドロ! 誰よりも可愛くて、カッコよくて強い子ドロ!」
うん、そうでしょう。だって、今の私はさ。
「この戦いが終わったら、君には恋や楽しいことをいっぱいしてほしいドロ」
ねえ。
「君は誰か、素敵な人を見つけるだろうけど……」
ねえったら。
「君は僕の特別な女の子ドローっ!」
「ねえ、それ今言うの?」
魔王と戦ってる真っ最中だよ。
鋭い爪が並ぶ、魔王の巨大な手が迫ってくる。
「返事、できないじゃん……」
変身が解けたら、私なんか切り裂かれちゃうよ?
「ねえ、好きだよ」
――この魔法はあと十秒で解けます。
魔法少女ララネガティブ いいの すけこ @sukeko
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