いま一歩確信へ届かない専門家たちのミステリー

ちびまるフォイ

専門ならわかるが、専門外は一切不明

「きゃああーー!!」


静かな温泉宿に甲高い悲鳴が響き渡った。


「どうしたんですか!?」


「ひ、人が……! 人が死んでる!!」


女の指差す先には、血に染まる温泉に浸かる被害者の遺体。


「いったい誰がこんなことを……!

 宿泊客のなかに探偵! 探偵の方はいませんかーー!?」


番頭は客を集めて必死に呼びかけた。

しかし、そう都合よく探偵などいるはずもない。


「やっぱりいないか……」


「ちょっと、このままじゃないでしょうね!?

 人殺しと同じ宿で宿泊させるつもりなの!?」


「し、しかし、この温泉宿へ警察が到着するのも数日かかります。

 なにせこんなへんぴな場所にあるわけですから」


「そ、そんな……!」


誰もが殺人鬼とのシェア生活を覚悟したが、

宿泊客のひとりがそっと手を上げた。


「よろしいですかな?」


「あなたは……探偵ですか?」


「いいえ、私は専門家です。温泉ソムリエ専門家です」


「は、はぁ……」


「この温泉の質を少し調べさせてもらいますね」


温泉ソムリエ専門家は血だまりになった温泉の成分をしらべた。


「ふぅむ、この温泉の質から考えると

 血液との化学反応が起きるはずだ。しかしそれがない」


「えっと……?」


「つまり、犯行時刻がわかるということですな」


「ほ、本当ですか!?」


「ええ。犯行時刻はおそらく昨日の23時から午前5時までです。

 それ以前、もしくはそれ以降に殺されていれば

 温泉の質がまた別の状態になるはずですから」


「なるほど! それで犯人はだれなんですか!?」


「むう、それはわかりませんなぁ。私は温泉の専門家。

 殺人事件の専門家ではないですからなぁ」


「そう、ですか……」


番頭はがっかりしたような顔をした。

すると、今度は別の人が手をあげた。


「ちょっとよろしおすか?」


「あなたは……まさか探偵!?」


「いえいえ、あっしは人体専門家でっせ。そこのホトケさんを見ても?」


「け、警察が来るまでは触らないほうがいいんじゃ……」


「警察が来る頃にはミイラになって、正しい状態などわからんどす」


人体評論家は遺体を持ち上げたりしながら隅々まで観察していく。


「なぁるほど」


「なにかわかったんですか?」


「あっしは人体専門家。人体に関することはなんでもわかるおす。

 このホトケさんの死因は出血多量どすなぁ」


「え! そこまでわかるんですか!」


「ええ、それに凶器は刃物。おそらく包丁のような刃渡りどす」


「包丁……そんなもの落ちてませんでした」


「まあおそらく、厨房から取ったのでしょうなぁ。

 それで温泉に浸かる被害者をぶすり。1撃で致命傷だったのがわかるどす」


「なるほど! これで犯行時刻と凶器もわかりましたね!

 それで犯人は一体誰なんですか!!」



「それはわかりかねますなぁ」


「ええ……?」


「あっしは人体専門家であって、探偵じゃないどすゆえ」


番頭はふただびため息を付いた。

もうこれ以上に真相へ近づくことはないのか。


そう思ったとき。

また別の一人が手を上げた。



「ハァイ。ワタシ、話したいデーース」



「あ、あなたは!? ついに探偵ですか!?」



「NO。ワタシ、サスペンスドラマ専門家デーース」


「それはもはや素人では……?」


「チガイマーース。素人よりもいっぱいドラマ見てマーース。

 トコロデ、この旅館の地図もらえますカーー?」


「こちらです。どうぞ」


旅館の見取り図を専門家に渡すと、専門家は地図を指でなぞりはじめた。


「Fmmm。なるほどなるほど」


「なにかわかったんですか?」


「Oh。ワカリマーーシタ」


「ついに犯人が!?」


「NO。犯人の動きデーース」


専門家は見取り図を広げ、その上を指をすべらせた。


「いいですか、ミナサーーン。

 犯人は厨房の包丁を持ち出し、被害者を遅いマーシタ。

 

 厨房からこの温泉までは、この番頭を通る必要がありマース」


「そうですね」


「これから湯船浸かる人が包丁みたいな大きいもの抱えてると

 ぜったいに怪しまれるに決まってマーース」


「たしかに」


「まして、脱衣所で誰かにエンカウントすれば即終了デーース」


「た、たしかに!」


「So、なので犯人は脱衣所の人の出入りが制限できて

 番頭に怪しまれずに温泉へと向かうことができる人物デーース!」


「なるほど! それで犯人は一体誰なんですか!?」



「それはワカリマセーーン。

 ワタシはドラマ専門家であって、探偵じゃないからデーース」


3人目の専門家もやっぱりわからず肩をすくめた。

3人の専門家は腕を組んであたまをひねった。



「「「温泉と厨房に自由に出入りできて、

   温泉へ人が入らないようにできる人は

   いったい誰なんだろうなぁ」」」



犯人を特定するのは専門外。

結局、誰も犯人をわからなかった。




そうこうしているうち、

警察が到着する前に番頭はこっそり証拠を消した。

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