ここが楽園

朱々(shushu)

ここが楽園

 肯定されたいとまでは言わないから、どうか否定はしないでほしい。

 私たちも、普通に生きているのである。






「オランダ行ってみない?」

 その日、喫茶店で向かい合っていた私たちは、今夜の夕食について話していたはずだった。決して、次のバカンスの話ではない。

「オランダ? チューリップとか、風車とか?」

「んー。それもあるけど、」

「けど?」

「…行ってみたくて。私のワガママ、だめ?」

 若葉わかばがそんな風に言うのが珍しく、私は、それ以上聞くのをやめた。その後本屋さんに行き、すぐさまオランダのガイドブックを買った。オランダだけのガイドブックがなかなか見つからず、「オランダ・ベルギー・ルクセンブルク」という一冊も買った。


 調べてみるとオランダは日本と違ってだいぶ自由な国らしく、大麻も売春も合法の国だという。大麻に関しては観光客が吸ったらアウトなので、お店に注意するよう書いてあった。

 看板に「コーヒーショップ」とあるお店は合法的にマリファナが吸える場所で、本来のコーヒーを飲みたい場合は「カフェ」に行くのである。


 また、同性婚をどこの国よりも最初に認めた国で、いろんな性別のカップルがいるとも書かれていた。慣れない人はご注意を、ということらしい。


 もちろん他にも、チューリップや風車、現地のおいしそうな食事や可愛い雑貨についての情報も書かれていた。日本でも人気なゴッホはオランダ出身で名のついた美術館もあるし、国立美術館にはレンブラントの名作『夜警』やフェルメールの作品もあるという。ミッフィー、オランダ語でナインチェと呼ばれる彼女の生まれた地としても有名だ。

 日本とは何かと縁もあるらしい。調べれば調べるほと、興味深い国である。




 いざ行くにあたって調べてみると、直行便はだいぶお金がかかった。そこで私たちは、カタールで乗り換えをすることにした。

 カタール空港は世界でも乗り継ぎ量が多いようで、免税店も飲食店も24時間オープンしている。フリーWi-Fiは、飛行機のチケットのナンバーを入力すればすぐに使えた。

 体感の時差はめちゃめちゃで、自分が今、何月何日の何時を生きているのかよくわからなくなっていた。たぶん真夜中に食べたチョコレートパウンドケーキは、お腹によく溜まった。一緒に飲んだコーヒーに、効き目はあったのだろうか。


 カタールからオランダを目指し、刻々と時間は過ぎていった。やっとアムステルダム国際空港に到着したころには、体に相当疲れが溜まっていた。またもや自分が今、何月何日の何時を生きているのかがよくわからない。


 だが、そこから電車でアムステルダム中央駅に移動すると、その駅の荘厳さにハッとした。まるで東京駅のような大きさと、高すぎる天井、煌びやかな装飾。ストリートピアノも置いてあり、楽しそうに演奏している人もいた。


 駅を出ると、爽快な空気が私たちを包む。

 長旅で、やっとここまで辿り着いたんだ、という達成感は否が応でも感じていた。

「…すごいなぁ! オランダだ!」

「ね! オランダだ!」

 明らかに日本とは違う空気感と街並みに、私たちはまるで子どものようにはしゃいだ。


 駅を出てすぐにあるインフォメーションセンターへ行き、地図をもらったり、簡単に街の説明を受けた。看板にはオランダ語、フランス語、英語とあり、スタッフは私たち観光客には英語で話をしてくれる。彼らにとって母国語じゃないせいか逆に聞きやすく、とても助かった。私たちからの拙い英語の質問にも、真摯に考えてくれた。


 そこから予約したホテルを目指して、スーツケースを転がす。アムステルダムは小さな街で、徒歩かトラムか自転車で事足りる。こじんまりとした街だ。もちろん遠出をすれば、チューリップ畑や大きな風車など、観光地はたくさんある。

 アムステルダムの街の大通りにはトラムが数台走っており、自転車は専用レーンがある。少し裏道に入ると狭くなり、建物がぎゅっとひしめきあって並んでいた。


 中央駅から徒歩五分のホテルを予約したのだが、なんせ初めて来た場所である。あちらだこちらだと少々迷いながらも、私たちはなんとか辿り着くことができた。

 チェックインをする建物と宿泊施設の建物が違うようで、案内されながら実可みかも若葉も混乱していたが、尋ねるほど英語力はない。

「(君たちはこっちの建物だ。鍵はこれだよ)」

 渡されたのは、カードキーだった。

「(オランダ、楽しんでくれ)」


 オランダの建物は、通常の2階を1階と呼ぶ。私たち日本の1階を0階と呼ぶ感覚で数えていくらしい。私たちが案内されたのは2階の部屋で、エレベーターのないホテルにて、つまり3階分スーツケースを持ち上げて運んだ。

 早速文化の違いに直面し、ふたりして苦笑いしてしまう。


 部屋を開けると、ダブルベッド、シャワールーム、トイレ、小さな洗面台、小さな冷蔵庫、完全には開けられない窓。スーツケースを広げて開けたら、部屋から出られなくなってしまうような狭さだった。ちなみに壁紙は、チューリップの大きな写真。

 まぁ、これでいいだろう。必要最低限のものは揃っている。

 到着した達成感と幸福感に満たされ、実可も若葉も笑った。


「遠かったねぇ〜。やっと到着! 体ばっきばき!」

 スーツケースを置き、実可は全身で伸びをする。

「乗り換えあったから余計にね。お互いシャワー浴びて、散歩でもしない?」

「それ賛成〜! 若葉先使う?」

「んーん。実可からでいいよ」

「それではお言葉に甘えて。ありがとう」


 湯船はないので、シャワールームで念入りに洗う。日本で湯船生活に慣れていると、はじめはシャワーだけだと物足りなくなるそうだが、それも慣れだろう。

 日本から持ってきた旅行用のシャンプーやトリートメント、ボディソープを並べ、実可は念入りに体を洗った。トランジットでカタールにも長時間いたので、最後にお風呂に入ったのがいつだったか自分でもよくわかっていなかった。汗拭きシートで凌いでいたものの、やはりシャワーは気持ちが良い。

「若葉、お待たせ」

「ありがと。次もらうね」


 実可はベッドに腰掛け、窓を出来るだけ全開にした。

 駆け抜ける風が、頬に伝わる。部屋から道を見下ろすと、外国人ばかりである。そういえばここに来るまでも、日本人を見かけなかったように思った。日本人は、あまりオランダを旅行先に選ばないのだろうか。


 タオルで髪の毛をガシガシと拭きながら、動きやすい服装に着替える。この時期のアムステルダムは陽が沈むのが遅いようで、夜六時でも昼間のように明るかった。

「実可、お待たせ。シャワー浴びるとさっぱりするね」

 若葉のショートボブは既に乾かしたのか大きく濡れている様子はなく、着替えもいつ出ても良いようなものだった。

「白夜なのかな。まだ外全然明るいみたい。私、スーパー行ってみたいな」

「いいね。お水とかジュースとか買おうか」


 部屋はオートロックのカードキーのため、必要最低限の荷物を持って出かける。

 ガイドブックにアムステルダムで有名なスーパーがいくつか載っていたので、せっかくならとそこを目指してみた。


 アルバート・ハインというスーパーはなかなかに大きく、入り口の扉からして海外サイズだった。大きなカゴを持ち、興味のあるものを物色していく。ポテトチップスはとんでもないサイズだったり、オランダ流のお弁当があったり。「Yamato」という名前のお煎餅を見つけたとき、思わず実可と若葉は顔を合わせて笑った。


 その日はスーパー巡りで終わり、疲れている身体を休めることに重点を当てた。日本から持ってきた簡易栄養食と、買ったお水やジュース、サンドイッチを食す。

 日本から長時間のフライト。トランジットで待った時間。

 時差ボケの身体は、泥のように眠るのに最適でもあった。

「実可、おやすみ」

「若葉も、おやすみなさい」

二人はおやすみのキスをしてからぴったりと寄り添い、同じベッドに並んで眠った。




 翌日、二人はアムステルダム観光をしようと意気込んだ。

 まず目指すは、アムステルダム国立美術館。レンブラントやフェルメールの名作たちが飾られているのが有名だ。


 美術館がある公園の中には、「I amsterdam」と作られたオブジェがある。「I am」は赤く、残りの文字は白い。これもまたどのガイドブックにも載っており、本で見るより実際のほうが大きく感じた。文字の上に登って写真を撮っている観光客もいたが、さすがによじ登る勇気はない。だがせっかくなので、互いにオブジェの前で写真を撮った。

「いいね! アムステルダム〜ってかんじ!」

 なんだかアムステルダムに、受け入れてもらった気分になった。


 オブジェの周辺にはベンチや人が座れるスペースもあり、人々は思い思いに過ごしている。ピクニックをする者、本を読む者、風景写真を撮る者。日本の公園とは少し雰囲気が違っており、実可も若葉も異世界に来た気分だった。

 相変わらず、日本人らしき観光客は出会わなかった。




 アムステルダム国立美術館はとても広く、自動車も自転車も同時に通れるくらい広い入り口だった。入場料を払い中に入ると、集う絵画たちのパワーが二人を襲う。二人ともそこまで美術に詳しくなかったが、観たことのある絵にはやはり体温があがった。

 レンブラント『夜警』は想像以上に大きく、フェルメールの作品たちは想像以上に小ぶりだった。


 当然、自分たち以外にも訪問客はいる。ふと見渡せば、家族連れ、友人同士、恋人同士、学校の授業と思しき集団など、様々だった。

 特に恋人同士は手を繋いだり腕を組んだり、隙間がないほどぴったりくっついては、絵の感想を言い合っていた。時折、絵を見たあとキスをするカップルもいた。


 そうだ、オランダはそういう国だと、学んだじゃないか。つまり私たちがどういようと、なんの問題もないということなのだ。

 熱心に絵を見ている若葉の後ろから実可はすっと手を伸ばし、手を握ろうとする。


 あと少し、もう少し。


 ところがその瞬間、小学生の集団の大きな声に驚いてしまい、実可も若葉も集団をじっと見てしまった。顔を合わせ、思わず、ふふふと笑い合う。

 まぁ、そう簡単に上手くはいかないか、と実可は納得していた。


 その後ふたりは美術館のカフェで休憩をしながら、互いに絵や美術館の感想を言い合った。有名どころはもちろん、名前は勉強不足で知らなかったけど素敵な作品が多かったと意見交換をする。こういうとき実可と若葉は互いに否定をしない。

 肯定する関係値は、二人にとって居心地のいいものだった。




 アムステルダムは高すぎる建物がないせいか、空を雄大に感じられた。バカンスで来る人も多いようで、様々な人種が観光客として集う。聞こえてくる言葉も様々だ。私たちも、その一組である。看板にはどこもだいたいオランダ語、フランス語、英語とあり、そのぶん話し言葉もそれ以上聞こえてくる。

 まるで絵本のような街並みは、日本にはない風景だった。

 建物は縦に長く、高さもそんなにない。家の入り口スペースの階段で昼間からワインを飲む集団もおり、皆自由を謳歌していた。


 アムステルダムは川が多くあり、同時に橋も多い。どの橋を渡っても景色が違い、実可は興奮気味に写真をたくさん撮った。川を通る船から手を振ってくれる者もおり、旅行テンションあってか、実可は思いっきり手を振り返した。

「写真に撮るとますます絵本みたいね。かわいい」

 実可が撮ったカメラを若葉が覗き見し、感想を述べる。実可はこの旅に、ミラーレスの一眼レフを持ってきていた。

 西洋とも東洋とも違う雰囲気のお店の看板や、国を象徴するチューリップや風車、木靴のお土産屋郡。顔以上に大きなチーズがまん丸で売っているチーズ屋さんもあった。


 街を歩いていると、ガイドブックに書いてあった「コーヒーショップ」を発見した。お店の看板は、顔の悪そうな二人組が葉巻のようなものを吸っている。ふたりは興味本位にお店の方向を見てみると、閉まっている扉の丸い窓がもくもくと煙で埋まっていて、お店の中身はまったく見えなかった。

 実可も若葉も思わず「ひゃ〜」となり、ケタケタ笑った。


「ねぇ実可、今日の夕飯さ、ガイドブックに載ってたとこにしてみない?」

「いいね、そうしよ!」

 二人はガイドブックを開き場所を確認しては、お店が近いことを知る。湿気が少なく、穏やかな風が流れるアムステルダムをふたりは楽しんだ。




「クロケット?」

「コロッケの語源みたい、頼んでみようよ。あとはサラダかなぁ」

「ビールも頼んじゃお!」

 少し早い夕食の時間。それでも外は昼間のように明るく、アルコールを飲むには少し抵抗があった。それでも旅を楽しむのに、アルコールは外せない。

「チーズクロケットもおいしそう。サラダはシーザーサラダでいい?」

「うん! そうしよう!」

 若葉は手をあげて店員さんを呼び、たどたどしい英語で注文をする。

 実可も若葉も英語は出来るほうではなく、二人で海外旅行に行くのも今回が初めてである。オランダ人は母国語でないに限らず英語がペラペラで、しかもわかりやすいので、リスニング初心者には優しかった。

「サンキュー」

 若葉が一通り注文し、実可は満足そうに若葉を見つめる。


 この人、私の恋人なの。とっても大切な人なの。みんなに優しくて誠実で、しっかりもので、なのに、私には特別優しいのよ。


 心の中でそう唱える。


 実可は、若葉がオランダに行きたいと言い調べてみたあと、この国が同性愛者に優しい国なので、てっきり日本では出来ないようなことを街中で過ごすとばかり思っていた。だが実際はそうでもなく、若葉はいつも通りである。


 ま、一緒にいられれば、それでいいか。


 実可はそんなことを思っていた。


 運ばれてきたクロケットは丸い揚げ物で、真ん中に白いソースが付いている。シーザーサラダはさすが外国と呼ぶべきか、想像のひとまわりはお皿が大きかった。

「いただきまーす! かんぱーい!」

「いただきます。乾杯」

 ビールも思ったより大きく、それでも外気の爽やかな空気も相まって、ぐんぐんと飲んでしまう。クロケットはまさにコロッケの原点と言われているだけあって食べやすく、ふたりともソースに付けてはぱくぱくと食べた。残念ながらふたりに英語力はないため、その白いソースがなんだかはわからなかったが、おいしいことはわかった。




 食事を済ませたふたりはホテルに戻るため、ゆっくりと散歩をした。街中はほどよく賑やかで、聞こえてくる多言語がまるでBGMのように感じる。私たちの日本語も、誰かにとってのそれになっているんだろうか。

「オランダ、楽しいね。人はみんな優しいし、ご飯もおいしい」

「ね。実可、来てよかったって思ってくれた?」

「もちろん! 最初はびっくりしたけど、楽しいよ」

 その答えに若葉は優しく微笑み、実可を見つめる。

 ちょうど歩いていた橋の真ん中、歩みを止め、若葉は実可と正面を向く形になった。

「今回は、無理を言ってごめんね。でも実可が来てくれて嬉しかった」

「来たことないとこ一緒に来るの楽しいもん。明日からも楽しみだよ」

 若葉は実可の両手を握り、見つめる。実可は思わずドキッとしてしまった。


「…あのさ、私ね、」


「(すみません、写真を撮ってもらってもいいですか?)」


 突然、実可の前から歩いてきた二人組に英語で声をかけられ、二人は心臓が飛び出てくるんじゃないかと思うほど驚いた。


 全身真っ黒な装いで背が高くモデルのような女性と、全体的に色素が薄くふわっと柔らかい印象を持つ女性の二人組。

 ふたりは腕を組みながら、笑顔で声をかけてくれた。

「オ、オフコース!」

 実可は若葉の手から離れ、彼女たちからカメラを借りる。ちょうどいたのが橋だったので、彼女たちも橋の真ん中で、街並みも綺麗に映るように収めた。


 写真を撮っているあいだ、モデルのような女性はずっと彼女の腰に手を回しエスコートをしていた。手を繋いだり、腕を組んだり、頬をくっつけたり、頬にキスもしていた。


 なんて光景だろう。

 こんなこと、日本では絶対に見られない。


 一通り写真を撮ったあと、ひとりが声をかけてくれた。

「(あなたたちも撮りましょうか?)」

「あ! サンキュー!」


 実可はカメラを渡し、若葉とのツーショットを撮ってもらう。確認すると街並みもキレイに写っており、良い思い出になった。


「センキューソーマッチ!」

「(こちらこそありがとう。お互い、楽しみましょ)」


 慣れない英語で挨拶をするのは歯痒く、なんだか照れ臭かった。女性カップルを見送ったあと、若葉は隣にいる実可の手を握った。


「ステキなふたりだったね。きっと、私たちと同じ」

「…うん。そう思う」


 繋いだ手に、力が入る。


「ねぇ実可…。今からオランダにいるあいだ、手を繋いでいてもいい?」


 緊張しているのか、笑顔のなか、若葉の声は微かに震えていた。


「え! もちろん! ていうか、私、そうしたくてオランダ来たのかなぁって、正直思ってて…。あ! 別にね、日本でだって手くらい繋げるかもしれないけど、やっぱり周囲の視線とかさ、理由聞かれちゃうかなとか、心持ちが違うっていうか、」


「…はははっ。ふっふっふふふ」


「え? 若葉ぁ?」


 実可が必死になればなるほど若葉はツボに入ったようで、笑いが止まらない。

 繋いでいた手を離し、若葉は実可を抱きしめる。


「わ、若葉、あの、」


 瞬間、若葉は離れ、肩に手を乗せながら、実可に唇をひとつ落とした。

 突然のことに実可は、目を瞑るのさえ忘れた。


「…わ、」


「実可はよく、私のことを優しいねって言ってくれるけど、それってね、実可が私の側にいてくれるからだよ。笑顔で受け入れてくれるからだよ。実可がいるから、私、人生楽しいもん」


 若葉の顔は満面の笑みで、実可を見つめる。


「若葉…」

「たしかにオランダに来たのはちょっと無理矢理だったかもしれないけど、この自由な街を実可とふたり、手を繋いで、歩いてみたかったの」

 そう言う若葉の顔はこれ以上にないくらいの笑顔で、思わず実可はときめいた。


 それは、自分の大好きな若葉の顔だった。

 若葉はいつだって芯が強くて、かっこよくて、可愛くて、ずるい。

 いつも私のことを考えてくれる。

 私のことを、愛してくれている。


「…うん! それがいい! 私これからもずっと、どこに行っても、若葉と一緒にいたいから」

 実可はつい、涙目になってしまった。


 日本は同性婚が認められていない。パートナーシップ制度はあれど、やはり婚姻とは形が違う。

 若葉は実可と、実可は若葉と、結婚がしたいのだ。

「まだ早いし、散歩でもしようよ。良さそうなバーがあったらさ、入ってみようか」

 若葉は実可に手を差し出す。

 実可は笑顔で若葉の手を取り、ふたりは手を繋ぎ並んで歩き出した。


 この街で、ふたりを咎める者はいない。奇異な視線で見つめる者もいない。理由を聞く者もいない。


 ねぇどうか、こんな日々がいつまでも続きますように。


 そう願わずにはいられなかった。

 一緒にいられる場所が天国でも地獄でも構わない。

 私たちが一緒にいられる、そこが、幸福の最高潮だから。


 誰にも邪魔させない、とまでは言わないけれど、どうか私たちを否定しないでほしい。


 愛する者同士が生きることを、どうか、どうか。

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