Liberate

 マロニエの木漏れ日の下で踊るバレリーナの目には、青い空が映っていました。季節はまだ秋だというのに雪が降っていて、軽やかに踊るバレリーナのつま先をしんしんと冷やしていきました。バレリーナの肩に積もった雪を、マロニエの木が葉っぱを器用に使って払いました。そして踊り続けるバレリーナに言いました。

「ねえ、バレリーナさん。あなたの目には空が映っているけれど、あなた自身は映してはいないのですね」

 バレリーナは足元の小さなミュゲを避けながら次々とステップを踏みました。するとミュゲは言いました。

「ねえ、バレリーナさん。あなたのつま先はまるで浮き立つようにステップを踏むけれど、あなたの心は深いところまで沈んでいるようだわ」

 バレリーナは頬の横を駆けていく秋風に髪を揺らしながら華麗にターンをしました。その様子を見ていた秋風はバレリーナに尋ねました。

「ねえ、バレリーナさん。あなたは誰のために踊っていらっしゃるのですか?華麗で優雅で、寂しくて痛々しい踊りです。踊りをやめてもいいのですよ。十分に美しいですよ。さあ、おやすみなさい」

 秋風はバレリーナの足元をそっとすくうと、沢山のミュゲが咲き誇るマロニエの木の下に寝かせました。

 そのまま時間が経ち、気が付けば夜になっていました。揺れる葉の隙間から落ちる雪は、バレリーナの頬に雪化粧を施しました。火照ったバレリーナの頬にひんやりと溶け込む雪が、バレリーナに言いました。

「ねえ、バレリーナさん。あなたの目が白く濁っているのは私をその目に宿しているからよ。あなたの頬がひんやりと冷たいのも私が溶け込んでいるからよ。だからもう大丈夫。ゆっくりと眠ってごらんなさい。夢の中はきっと温かいわ」

 バレリーナはその体が朽ちていくまでゆっくりと眠りました。そして夢の中で出会いました。大きな手のような形をした葉を持つマロニエの木や、小さくて可憐な花を咲かせるミュゲ、頬を撫でる心地のいい秋風に、白くて優しい雪にも出会いました。そしてその全てがバレリーナに言いました。

「おはよう、よく眠れましたか?」

 バレリーナは大きく伸びをして、空を見上げました。浮かぶ雲を映す瞳は輝いていて、苦痛も悲しみも、もうありませんでした。

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The forgotten little story 阿久津 幻斎 @AKT_gensai

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