第2話

 勇者歴千九百四十五年、ローナ王国は六年にも渡る大陸大戦を制し超大国として大陸の覇権を揺るぎないものとした。今ではローナ王国の法は世界を律するとさえ言われるようになっている。

 ローナ語は大陸公用語として機能するようになり、エンが通貨として広く浸透した。そして言語、通貨と共に統一された大きな概念がある。それは成人年齢が十四歳となったことである。酒、タバコ、結婚、各種免許の取得、魂躯アルマの覚醒も十四で統一された。

 特に魂躯の覚醒の年齢規制に関しては各地で大きな反発を生んだ。


 ジャックドールはそこまで説明を終えて教室を見回す。


魂躯アルマについて説明できる者はいるか? アカルイ、答えてみろ」


 顔を背けるようにして欠伸を堪えていたアカルイの身体がビクンッと飛び跳ねる。橙色の髪が可愛らしく揺れた。


 顔小っちゃいし、まつ毛は長いし、何といってもあのルビーみたいな瞳。マジで一生見てられる。

 コトブキは発言者の方を向くことを大義名分にアカルイの綺麗な顔に見惚れていた。


「正式名称は魂魄殻体、自らの魂を顕現し全身に展開する技術のこと。効果としては主に三つ。一つ目は攻撃を受けた時のダメージを肩代わりさせる効果。二つ目は身体能力を向上させる効果。三つ目は魔法やスキル発動の補助効果です」


「ふん、悪くない回答だ。魂躯を駆使した戦闘は基本。大陸大戦の命運を分けたのは兵士たちの魂躯のレベルに他ならない。ではどうすることで魂躯のレベルを上げられる? イッテキ、答えてみろ」


「分かりませー、おいっヒイロ分かるか? なるほど。ええと、魔物を倒すことです」

 イッテキは隣の席のヒイロに答えをカンニングしながら答えた。ジャックドールはその様子を見て呆れ顔を浮かべるが何も言わなかった。


「常識だな。まさか答えられない奴はいるまい。イッテキの言う通りだ。魂躯は他者の魂躯を破壊することで、破壊した魂の破片を取り込むことで経験値を得てレベルが上がる。逆もしかりだ。魂躯が破壊されるとレベルが下がる。まぁ、魔物を狩ったり魂躯を展開した人間を倒したりすることで強く成長できると憶えておけばいい」


 魔物、村の学校ではヒト種以外の魂躯を展開する生物を指すと習った。主にダンジョンに生息している生物で稀に地上でも発見されるとのことだ。村周辺でもたまに発見されて冒険者ギルドへ討伐依頼を出していたなぁ。まぁ僕は会ったことがないけど。

 コトブキはノートにジャックドールの言葉をメモした。そのノートの端にはアカルイの顔が描かれている。


「さて、では何故魂躯の覚醒が成人まで制限されたのか。表向きの理由としては実に人道的なものでね。子供に戦わせないようにするためだ。魂躯を展開出来れば子供ですら強靭な戦士になりうる。むしろ、子供の方が魂躯がレベルアップしやすいことを考えれば子供を戦場に駆り出すのが合理的とすら言える。実際大陸大戦においても数多の若い命が戦地に送り込まれその生涯を終えた。その反省として定められた法だ。そしてもう一つの真の理由は……。俺が説明するまでもないな。そのうち嫌でも理解するだろう」


 ジャックドールが意地の悪い笑みを浮かべた。コトブキ達の背筋が凍る程残忍で邪悪な笑みだった。


「さて、喜べ。本来であれば十四の誕生日を迎えるまで魂別の儀は執り行えないのだが、紛いなりにも本校に籍を置く貴様らは別だ。明日、貴様らの魂別の儀を執り行う」


「よっしゃぁあああ」

 イッテキとヒイロが歓声を上げてハイタッチする。それを契機にクラス中が沸いた。


「黙れ。授業を続けるぞ」

 ジャックドールの一喝ですぐにしんと静まった。

 そして早口で捲し立てるような説明をコトブキは必死でノートにまとめた。


 魂躯の性能はステータス鑑定魔法により推し量ることが可能である。

【ステータス】

  Lv ……魂躯のレベル。高くなる程上がりにくい。また、若い方が上がりやすい。一般的な兵士で30Lv前後あれば優秀。卒業に必要なのも30Lv。達していなければ退学!? 王国最強の人が97Lv。レベル差が5あるとまず勝てないらしい?


  HP……体力。攻撃を受けるとHPを消費してダメージを肩代わりする。HPが0になると魂躯が破壊される。一度破壊されると個人差はあるが一日前後魂躯を再展開できない上にレベルも下がる。強力な攻撃を受けるとHPが残っていても魂躯を貫通して怪我を負う可能性があるから注意!


  MP/SP……魔力。魔法やスキルを使うと消費する。0になると気絶するから注意


  ATK……物理攻撃力。力が強くなる。ATKがあればガリガリでもパワーは上がるが、結局は元の筋力との掛け算。肉体を鍛えることを怠らない。


  DEF……物理防御力。頑強になる。物理攻撃を受けた際にダメージが入りにくくなる。これまた結局元の肉体の強さも大事。鍛えることを怠ってはならない。


  INT……魔法攻撃力。魔法の威力や効果が上がる。


  RES ……魔法抵抗力。魔法に対する耐性が上がる。魔法を受けた際にダメージが入りにくくなる。


  LUK……運。高ければ高い程幸運になるとされているが詳細は不明。具体的に何に影響を与えるのかについては現在研究が進められている。

 

  DEX……精密性。手先の器用さや魔法の操作性が上がる。


  AGI……敏捷性。反射神経が上がり素早く動くことが出来る。先生曰く一番重要なステータス!


  SKILL……スキル。INTに依存しない特殊技能。SPを消費する。スキルの獲得には大きく五つの方法がある。

   ・Lvが上がった時に自然と習得するもの。

   ・JOBの熟練度が上がることで習得するもの。

   ・スキルの熟練度が上がることで習得するもの。

   ・スキルオーブを使用することで習得するもの。

   ・鍛錬の成果として習得するもの。


  MAGI……魔法。INTに依存する。MPを消費する。魔法の獲得には大きく五つの方法がある。

   ・Lvが上がった時に自然と習得するもの。

   ・JOBの熟練度が上がることで習得するもの。

   ・魔法の熟練度が上がることで習得するもの。

   ・魔導書を使用することで習得するもの。

   ・鍛錬の成果として習得するもの。


  JOB……職業。現実の職業とは別。適性のある職業に転職の儀で変える。

熟練度を上げることでジョブ固有のスキルや魔法、GIFTを習得することが出来る。一つの職業を極めるも色んな職業に転職するのもどちらもアリ。



  GIFT……才能や祝福。MP/SPを消費せずに恩恵を受けられる。GIFTには主に四種類ある。

   ・生まれ持った先天的な才能

   ・JOBの熟練度が上がることで習得するもの

   ・竜種や精霊等の他種族に祝福されることで与えられるもの

   ・装備している間のみ恩恵のある武器や防具



--------



「これより魂別の儀を開始する」


 コトブキらⅩ組の生徒は入学式より一週間ぶりに講堂の中へと集まっていた。紅白に彩られていた入学式の時とは違い無骨な木造の作りが剥き出しになっている。

 その中に集められたのは一年Ⅹ組の生徒だけだった。ただでさえ広い講堂が更に広く見える。舞台の上には小さな濃い紫色の天幕が張られていた。その中で一人一人行われるのが魂別の儀である。


 遂にこの日が来たんだ。僕も魂躯アルマを展開出来るようになる日が。ああ、この日をどれだけ夢見てきたんだろう。第一級ファーストの探䃔家になるための第一歩だ。

 コトブキはぶるっと武者震いをした。興奮と緊張で動悸が激しくなる。

 大丈夫、僕には才能がある。きっと大丈夫。

 何度も何度も自分自身に言い聞かせた。


 探䃔家は才能が九割の世界とされている。勿論、探䃔家に限らず魔導士、騎士、この世界で戦いを生業にする職業は全てに通ずる話だ。そしてその才能は魂別の儀によって暴かれる。


 才能の色形はそれこそ人それぞれである。


「うぉぉぉおお、オレっちってもしかして天才じゃね? どよどよどよ!」

 イッテキ ココロネが雄叫びを上げる。そして皆に自身のステータス鑑定書を見せびらかした。


【ステータス鑑定書】

 Lv :1

 HP  :120 MP/SP:60

 ATK :100 DEF :100

 INT :10  RES :90

 LUK :55  DEX :15

 AGI  :70

 SKILL :

  ・スラッシュLv1

 MAGI :

  ・なし

 JOB  :

  ・戦士

 GIFT :

  ・なし


 凄い。レベル一なのに百以上の数値が三つもある。確かレベル一の数値の平均の目安は大体五十らしいことを考えると羨ましくなるくらいの数値だ。レベルアップ時のステータスの成長幅は一般的に初期ステータスに比例して伸びることを考えると、将来的に優秀なタンク役を兼ねた戦士になることは約束されたも同然だよな。良いなぁ。

 コトブキは爪先足で立ってクラスメイトの頭越しにイッテキのステータス鑑定書を覗き見た。


「おい、アノンも終わってんだろ! 見せてみろって」


「ちょ、ボクは、勝手に見るな! というか見せびらかすな」

 イッテキがアノンのステータス鑑定書を取り上げる。アノンはぴょんぴょんと飛び跳ねて取り返そうとするが、二十センチ以上ある身長とフィジカルの差は覆すことが出来なかった。


「よしよし、ステータスはオレっちの方が、ってスキルにギフトまであるじゃん! 風属性魔法適正? ズッル」


【ステータス鑑定書】

 Lv :1

 HP  :50 MP/SP:80

 ATK :70 DEF :56

 INT :100 RES :60

 LUK :28 DEX :50

 AGI  :60


 SKILL :

  ・スラッシュLv1

  ・つばめ返しLv1

  ・ステップLv1

 MAGI :

  ・なし

 JOB  :

  ・剣士

 GIFT :

  ・剣の心得

  ・風属性魔法適正


 ステータス自体はイッテキを見た後だと見劣りするものもLUK以外は平均以上と高い水準でまとまっている。しかもINTに至っては百ある上に習得してはいないものの風属性魔法の適正まである。間違いなくⅩ組の中でもトップクラスだと思う。羨ましい。


 コトブキはぐぬぬと、歯ぎしりをしながら自分の番を待つ。そしてようやくその時が訪れた。

 壇上に上がり天幕の中へと足を踏み入れる。薄暗い天幕内にはローブを身に纏った威厳のある老年の覚醒師が待っていた。ただ立っているだけでひれ伏したくなるようなオーラを放っている。


 ええと、どうすればいいんだろう。息をして大丈夫なんだよね?


「一歩前に出よ」


「はい!」

 コトブキはガチガチになった身体をどうにか動かして一歩前に進む。


「力を抜いて目を瞑れ」

 指示通りに目を瞑った瞬間、身体に雷でも落ちたかのような衝撃が走った。


「もうよい。終わった」


 一瞬の出来事に何が起きたのか分からずコトブキは挙動不審に自分の身体を確認する。何事もない。ただ自分の身体、いや、存在の在り方がどこか変わったことだけは感じていた。


「『展開volve ex』、これが魂躯の起動詠唱じゃ。やってみよ」


展開ヴォルブイクス


 身体の内から力が迸る。そしてその力は徐々に身体を外殻のように覆っていく。もう一つの身体を形取り肉体に重ね合わされるような不思議な感覚だった。

 これで発動出来たんだろうか。

 コトブキは不安気な表情で姿鏡を覗き込むが特に変わった様子はない。それはごく自然のことで魂躯は基本的には無色透明であり、展開したからといって見た目に変化するようなものではないものだった。


「ふむ、特に問題は無さそうじゃな」

 

「は、あ、ありがとうございます」


「ではそのまま、そこのステータス鑑定書に触れなさい」


 コトブキは促されるままにステータス鑑定書を手に取る。


 見たところただの上質紙みたいだけど。触るだけでいいのかな。


 コトブキのその疑問が解けるかのように、ステータス鑑定書が反応し始めた。ほのかに発光し始めた紙は約十秒間、静かな輝きを放ち続けた。やがて光が収まり、魔力が流れるのが止まるのを肌で感じた。


 これが僕の才能だ。運命の決まる瞬間と言っても過言じゃない。ああ、緊張する。とんでもないスキルとかギフトを持ってたらどうしよう。あっという間に第一級の探䃔家になれちゃったりして。


 コトブキは意を決してステータス鑑定書を覗き込んだ。


【ステータス鑑定書】

 NAME:コトブキ

 Lv :1

 HP  :29 MP/SP:50

 ATK :10 DEF :30

 INT :10 RES :30

 LUK :90 DEX :80

 AGI  :62

 SKILL :

  ・なし

 MAGI :

  ・なし

 JOB  :

  ・村人

 GIFT :

  ・なし


 ふぅ、魂躯を初めて使ったからかな。ちょっと眩暈がして上手く文字が読めなかったな。幻覚でも見ていたのかもしれない。もう一度見てみよう。


【ステータス鑑定書】

 Lv :1

 HP  :29 MP/SP:50

 ATK :10 DEF :30

 INT :10 RES :30

 LUK :90 DEX :80

 AGI  :62

 SKILL :

  ・なし

 MAGI :

  ・なし

 JOB  :

  ・無職

 GIFT :

  ・なし


 ギフト、なし。スキル、なし。魔法、なし。その上ステータスは、貧弱。

 あれ、もしかして、僕って、才能、ない?


 力の抜けた手からステータス鑑定書が滑り落ちる。覚醒師が指を軽く振ると紙は舞い上がり導かれるままに彼の手元に収まった。


「ふむ、こりゃ。まぁ頑張るがよい」


 覚醒師の憐憫の眼差しがコトブキには妙に堪えた。惨めで無性に悔しくて目頭が熱くなり視界が滲む。慌てて制服の袖で顔を拭った。


「ほら、わしの知り合いの中には大器晩成型の奴もいたぞ。最初はおぬしのようなステータスだったが一握りの強者側になりよった」


「本当ですか?」


「も、勿論じゃとも。セイチョウリョクのギフトだけモッテオッタガ」

 後半はコトブキに聞こえないような小さな声でボソッと呟いた。


「すびません、ありがとうございました」

「まだ終わっとらん。転職できるか見てやろう」


 そうだ。ジョブだよ。レアなジョブに就ければ強力なギフトやスキルを得られるんだ。まだ諦めるには早い。試験に向けて毎日三時間は剣を振っていたんだ。剣士のジョブとか就けるようになってるかもしれない。


転職Hello Work


 覚醒師は右手の親指と人差し指で輪を作りその輪を通してコトブキを覗き込んだ

。だが、すぐに険しい表情を浮かべ申し訳なさそうに告げた。


「すまぬ、今転職できそうなジョブは無さそうじゃ」

 コトブキは天幕から目を背けるように飛び出した。



「あ、コトブキ君、だっけ? もしよければ結果見せ合わない?」

 壇上から降りると、印象に残らない地味な顔立ちの少女に声を掛けられた。垢ぬけない芋っぽさのあるどこにでも咲いている野草のような雰囲気の少女。

 

 確かベルリンさんだったか。

 席が隣でなければ咄嗟に名前も出なかっただろう。


 ベルリン視点に立ってコトブキの印象について語っても似たような感想になるのだが。二人のクラスの立ち位置も毒でも薬でもない、居ても居なくても変わらないといった点で共通していた。


 今、クラスで騒いでいるのは才能のある側の人間。上を見ているだけでは心が折れてしまいかねない。自分の数値に自信がないからこそ同じようなレベルを見て安心したいのだ。相手が自分より下であればなおよし。

 とはいえ僕に話しかけてきている以上自分の方が上だという自信はあるのだろう。むざむざ自分から傷付く選択肢は取りたくない。というかせめてまだ自分ですら色々と受け入れられてないのに。もう少し時間が欲しい。


「え、いや、自信ないし」


「私も自信ない勢だから大丈夫」


「自信ない勢は大丈夫とか言わないんだよ」


「先に私の見せたげるから」


 ベルリンは有無を言わさずコトブキに自身のステータス鑑定書を突き付けた。目の前に釣り下げられた餌を前にコトブキはついついチラチラと横目で内容を確認してしまう。


【ステータス鑑定書】

 NAME:ベルリン

 Lv :1

 HP  :30 MP/SP:80

 ATK :10 DEF :15

 INT :90 RES :60

 LUK :50 DEX :50

 AGI  :10

 SKILL :

  

 MAGI :

  ・クリエイトウォーターLv.3

  ・クリエイトアイスLv.1

  ・アクアボールLv.1

 JOB  :

  ・魔法使い見習い

 GIFT:

  ・水属性魔法適正



 水魔法適正のギフト! それに魔法を三つも習得しているのか。いや、でもその分ステータス自体は控えめだぞ。これなら僕の方が。

 コトブキは頭を高速で回転させ暗算する。ベルリンさんのステータス合計値は三百九十五。四百もない。ええと、僕は……、僕は……三百九十一。

 嘘でしょ。計算ミス? 何度も足し算し直すが結果は変わらなかった。


「ちょっと結局ガン見してるじゃない。ステータス笑ったら許さなってそんなに落ち込む!? まぁ確かに水属性魔法使いとしての才能はあるのは事実だけど、合計ステータス見てよ。四百もないんだよ」


 コトブキは恨みがましい目でベルリンを呪いながらステータス鑑定書を見せつける。半分自棄だった。


「あ、いや、そんなつもりじゃなくて。ごめんなさいっ。ちょっと水属性魔法の才能見せびらかそうと思ってたけど。ステータスの低さでこう、嫌味にならない感じになるかなって」


「ステータス合計値すら僕の方が低いよ!」


「でもホラLUKとDEXとか凄く高いじゃない」


「あーあー、INTとMPが高い魔法適正者に何言われても嫌味にしか聞こえないし」

 コトブキは駄々をこねる子供のように両手で耳を塞ぐ。


「大体、運と器用さだけあってもどうしろって言うんだよ。戦闘力皆無だよ!」

 いじける姿を見てベルリンはたははと苦笑いを浮かべた。

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名探偵は迷宮にはいらない~モブ生徒は名探偵に弟子入りし学園最強を目指す~ @sensyuNO1

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