第1話 

1.

 春爛漫、桜吹雪が新入生を歓迎している。その小さな背中を一陣の風が後押しするかのように吹き抜けると色鮮やかなピンクの花びらがクルクルと舞い上がった。

 巨大な学園の門をくぐる十三の若人は皆一様に未来への希望が溢れんばかりに満ち満ちていた。それも当然だろう。倍率にして数百倍、狭く厳しい門を潜り抜けてようやくつかみ取った栄光への切符。それぞれの想いを夢を抱いて新しい生活への一歩を踏み出す。

 そしてまた一人学園に足を踏み入れる者がいた。背景に溶け込むかのような希薄な存在感、中肉中背、世の中の男の顔を足してその数で割って更に二で割ったような印象に残らない特徴の薄い顔をしている。

 学園の荘厳な雰囲気に圧倒されたのか、口をあんぐりと開けて巨大な門を見上げた。


「ここがマカデミイア学園。が、頑張るぞ」

 コトブキは小さく自分を鼓舞するように呟いた。そして握りこぶしを作り気合を入れる。

 僕だってあの人のような第一級ファーストの探䃔家になるんだ。それでばあちゃんの決めた人じゃないもっともっと可愛いお嫁さんと幸せな家庭を築いて、お金持ちにもなってばあちゃんに目にものを見せてやるんだ。その後は仕送りでもして親孝行。完璧な未来設計……。


「コラ、貴様は誰だ!? 何の目的で侵入しようとした?」

 将来に思いを馳せていたコトブキの意識は警備員の高圧的な声によって現実に引き戻された。

 身の程知らずですみません、と思わず謝りそうになるがどうやら自分に向かって言われた訳ではないことに気付き胸を撫で降ろす。

 コトブキが振り返ると怪しい珍妙な恰好をした男が警備員に身体を取り押さえられていた。


「ええと、俺はこう見えて新入生」


「ふざけるな! そんな奇天烈な恰好をしたオッサンの新入生がどこにいる?」


「奇天烈はともかくオッサンはひでえだろ。これでもまだ28だぜ」


「老け顔の生徒でなくて良かったよ」

 警備員はパキパキと指を鳴らした。


「じゃなくて、そう、新入生の親族だ。可愛い可愛い弟の門出を祝いに来たわけなのよ」


「ほぅ、ではその生徒の名前を言ってもらおうか」


「あ、いたいた! おい、そこの黒髪の! 我が弟よ。お兄ちゃんが入学式に参列しに来たぜぇ」


 うげ、僕? 

 一瞬記憶の海に素潜りしたがすぐに断じて違うと結論付けた。

 あんな変人の知り合いいないし、そもそも王都に知り合いなんて一人もいない。 


「僕はこんな人知りません!」

 それだけ警備員に告げて僕はそそくさと門をくぐり抜けて入学式の行われる講堂へと向かった。


「薄情だぁあああ。助けてぇぇぇ。私は名探偵だぁあああ」

 恨みがましく情けない男の声が学園に轟いた。


2.

 朝の変人は結局外につまみ出されたのか式は平穏無事につつがなく執り行われた。

 講堂は紅白色に彩られ正面の壇上には代わる代わる偉い人達が立ち、祝いの言葉を並べる。学園長を始め、王国騎士副団長に宮廷魔導士にオリハルコンランクの冒険者に第一王子とそうそうたる顔触れだった。

 そして彼らは皆このマカデミイア学園の卒業生である。その言葉はカラカラに乾いた砂漠に水を撒いたかのように新入生たちに染み込んでいった。

 そして最後に壇上に上がったのは一人の女子生徒だった。

 田舎者の僕でも知っている。テレビのニュースで何度も見た姿。実物は別格だった。美人過ぎだよ。

 まるで黄金で出来ているかのような美しく輝く長髪、協会の絵画に描かれた聖母がそのまま現実に顕現したかのような荘厳さを纏っている。コトブキ、新入生、会場の来賓者を含め、彼女が話すのを今か今かと見つめて待つ姿はさながら神の信託を待つ熱心な信徒だった。


「最初に保護者の皆さま、先生方へ。私は本校に新風が吹きこむのを一日千秋の想いで待ちわびていました。今日という日を迎えることが出来たことは皆さまのご尽力があってこそです。心よりの感謝と祝福を申し上げます。そして、ようこそ新入生の皆さん。私はモニカ・ディ・ローナです。今日はローナ王国の第二王女ではなくマカデミイア学園生徒会長としてこの場に立っています。そう身構える必要はありませんからね。姿勢を楽にして聞いていただければ」

 その言葉を額面通りにとって姿勢を楽にする者はほとんどいなかった。その様子を見てモニカは苦笑する。


「さて、新入生の皆さん、今日本校の正門をくぐる時何を考えていましたか? これからの学生生活への期待でしょうか? 不安でしょうか? それとも自らの目標を掲げたのでしょうか?」

 厳かな門をくぐり抜けた時、何を考えていたっけ。

 コトブキの脳裏に濃茶のおかしな服を来たオッサンの姿が浮かび上がる。

 最悪だよ。オッサンこわっとか思いながら正門くぐったじゃないか。

 コトブキは内心で悪態をついた。


「今、あなた方が振り返った気持ちを、言葉を、想いを、大切にしてください」


 絶対嫌だよ。今すぐ忘れたい不快な記憶だ。


「それがあなた方の原点オリジンです。この先数多の成功や幸福を味わうことでしょう。この先幾重の苦難や困難が立ちはだかることでしょう。その度に思い出してください。きっと緩んだ気持ち気を引き締め、再び立ち上がる勇気が湧いてくるはずです」


 そうだ、僕は第一級ファーストの探䃔家になるんだ。ど田舎で淡々と生を消費するだけの生涯を終えたくはない。男に生まれたからには富、名誉、愛全てを手に入れたい。


「良い顔つきになりましたね。あなた方であればきっと大丈夫でしょう。改めて、先達の英知の殿堂、マカデミイア学園にようこそ! 生徒会長としてあなた方の入学を歓迎いたします」

 モニカが流水のように自然な所作で一礼すると、構内ははちきれんばかりの拍手が渦巻いた。

 次のプログラムは新入生代表挨拶だったはずだけど、このスピーチの後に壇上に立たされるというのは少し酷だよな。劇場で真打の後に前座が喋るようなものだし。僕じゃなくて良かった。

 コトブキは無意味に胸を撫で降ろした。


「新入生代表、クラリス ウノハートです。本日は――」

 ガタッ。

 床に金属を落としたような鈍い音が講堂に響く。

 コトブキが音のした方に目を向けると、藍色がかった髪の少年が頭を膝に埋めていた。

 音を立ててしまって恥ずかしかったのだろうか。僕も村の教会のミサの時に似たようなことをして顰蹙を買ったことがあったなぁ。こういう時は素知らぬ顔で平然とした方が何かと得だよ。

 心の中でエールを送った。


「コホンッ、失礼しました。本日はこの尊厳ある場に立ち、新入生代表として皆さまにご挨拶させていただくことを、深く光栄に思います。この場に相応しくない服装であることについては深く謝罪の意を述べるとともに何卒ご容赦願いたく思います」

 クラリスは一瞬大きな物音に面食らったように静止するが、すぐに挨拶を再開した。

 彼女の恰好は本人談の通り、公の場に相応しくないものだった。学園の制服までは問題ないのだがその上に羽織ったフード付きの黒いローブは彼女の頭までをすっぽりと覆い隠していた。フードの隙間を縫うように首筋に黒い髪が流れている。

 奇抜な外見とは裏腹にスピーチ自体は例年使いまわされている台本のような無難な内容だった。それでも聴衆を惹きつけていたのはその蠱惑的な声色のおかげだろうか。最終的にはモニカにも引けを取らないほどの拍手を受けて壇上を後にした。


 入学式が終わると事前に発表されていたクラス分けに従いそれぞれの教室へと移動することになる。上位のクラスから順番に移動するよう指示が出された。

 クラスは人学年に十クラスあり、成績や家柄に応じて上位から順番に振り分けられている。コトブキは当然のごとく一番下の十組に振り分けられていた。

 九組までが退席した為、コトブキは次のアナウンスで椅子から立ち上がる準備をした。


「では続いて在校生の皆さん退席してください」

 コトブキは予想していたものとは異なるアナウンスに思わずよろけそうになった。そして思わず偶々近くの席に座っていた同じ十組であろう生徒と顔を見合わせる。


 オレンジ色の艶やかなショートヘアを更に後頭部で一纏めにするスポーティーな髪型。斜めに切りそろえられた前髪に小さな顔の両横のラインに沿うように垂らされた横髪が更に小顔の印象を加速させる。そして何と言っても強烈なのはそのルビーのように輝く瞳だ。照明の明かりを反射させてゆらゆらと炎のように揺らめいている。大きな瞳をパチクリとさせた。


 燃え盛る烈火のような鮮烈な印象の美少女だった。一瞬で心の臓を鷲掴みにされたかのような衝撃が走る。焚火に当たっているかのように顔がぶわっと熱を帯びた。


「え、あ、お、あの、こ、こんにちは」

 挙動不審な態度を繰り返した果てに辛うじてコトブキの口から出たのは挨拶の言葉だった。


「どうも、私はアカルイ。君も十組?」


「あっ、コトブキです。はい、僕も十組です」


「私ら完全に放置されてるけどどうする?」


「やっぱり指示があるまで待った方が良いんじゃないかな」


「ふーん、じゃっ」

 アカルイが静かに立ち上がり、コトブキに軽く片手を振った。

「じゃって」


「待つの飽きた。先に行ってる」


「いや、待ってた方が良いって」

 コトブキが制止するも振り向くどころか足を一瞬止めることすらしない。軽快な足取りで在校生の波の中に潜っていった。


 結局コトブキは椅子から半分腰を浮かせたまま中途半端な姿勢で見送ることしかできなかった。


 十分後、ようやく在校生が全て退場して講堂は静けさを取り戻した。だがそれでも十組に対してのアナウンスは流れなかった。いつの間にか教員たちすら講堂から姿を消していた。


 まばらに座っている生徒たちは皆十組の生徒なのだろう。


 コトブキはキョロキョロと様子を窺う。誰かが動き出すのを待っていた。だが膠着状態を終わらせたのは生徒たちではなかった。


「だからおめえらは駄目なんだよ。指示待ち人間の巣窟か?」

 講堂の正面の出入り口に一人の男が仁王立ちしていた。入学式が終わった直後ではあるが既にラフなジャージ姿だった。木刀の先を右肩に乗せて持っている。


「いつまでダラダラ座っているんだっつてんだよ! 教室に早く来いよ。初日からボイコットですかぁ? 良い度胸してんな」

 木刀を床に叩きつけるとガァンと鈍い音が講堂に響いた。コトブキが肩をビクッと震わせる。

 そんな中一人の男子生徒が立ち上がった。

「すみません、私たちはアナウンスを待っていて」


「ああ? その司会やっていた奴もいねえだろ?」


「でも」


「でももだっても屁でもねえくだらねえ。最初、黙ってアナウンスがされるのを待つのは問題ない。だが、呼ばれない、無視されている、でもそのまま待機。論外だな。誰か一人でも司会や教師陣に声を上げた奴はいたか? そのまま餌を待つ雛みたいに口を開けたままボーッとしている連中に未来はねえぞ」


 それだけ言うと男は踵を返した。


「ホラ、だからいつまでボサッとしてんだ。とっととついてこい」


 コトブキ達はお互いに顔を見合わせた後、恐る恐るといった様子でついていった。


3.

 城と見紛う程立派な校舎の脇を通り抜けた先に廃屋同然の古びた木造の校舎がぽつんと立っていた。その周りの木々が、まるで校舎を隠蔽するかのように葉を繁らせている。

 コトブキたちは呆然とした面持ちで、しかし黙々と、他に選択肢がないかのようにその男の後を追った。校舎の内部に足を踏み入れると、そこは埃っぽさと薄暗さ、そして湿気に満ちた陰鬱な空気が支配していた。躊躇いつつも、彼らはその男が入った教室へと進んでいった。


「ジャックドール先生、遅ーい。やっと来たのね」

 アカルイがだるそうに間延びした声で出迎える。教室には既にアカルイを含めて五人の生徒が集まっていた。

 アカルイさんと同じでアナウンスを待たずに講堂を出た生徒たちだろうか。


「とっとと着席しろ。座席表は黒板に貼ってある奴確認しろ」


 ええと、僕の席は丁度教室の真ん中らへんか。

 コトブキは慌てて座席表を確認して自席に座った。他の生徒たちも各々着席して、教室が静まり返る。


「一応名乗っておくとおれはジャックドール ジャバラジャバウォックだ。さて、入学式を終わってから貴様らが教室に集まるまでざっと四十五分か。論外だな」


「えー、でもオレっちはちゃんとすぐに教室に来たぜ」

 教室の隅に座る男は天を貫くかの如く真っすぐに手を挙げた。

 自信満々の態度とトーンの高い声色、祭りではしゃぎまわるお調子者タイプかな。


「ふん貴様、イッテキ ココロネか。お前含め、この教室に来ていた五人はまだ脈ありだ。それでもその他のボンクラ共に毛が生えた程度だが」


「あざーす」


「図に乗るな。最初に伝えておいてやる。貴様ら十組はマカデミイア学園の生徒だとは思うな」

 ジャックドールは木刀を教卓に向けて叩きつける。寸止めしたのか音はしなかった。ただ荒れ狂う嵐のような風圧が生徒達の間を突き抜けた。お茶らけた表情をしていたイッテキの顔もすっかり青ざめていた。


「さて、貴様らは確かにマカデミイア学園の生徒ではあるがⅠ~Ⅸ組の奴らとは違う。彼らは推薦や試験に合格した正真正銘のエリート共だ。じゃあ貴様らは何のか。マカデミイア学園のⅩ組はな、不合格者の中から抽選で選ばれただけの落ちこぼれ共の巣窟だ」


 不合格? 僕は不合格だったのか。あれだけ一生懸命勉強して血の滲むようなトレーニングを重ねてなお不合格?

 今までの日々が走馬灯のように流れる。コトブキは積み上げていたものが崩壊し、今まで信頼していたはずの世界が歪んだような錯覚に陥った。


「おいおい、そう落ち込まれると困るな。運が良かったのだと誇ればいい。もしくは命運が尽きていたのかと嘆くがいい」

 ジャックドールはあまりの衝撃に言葉を失い十人十色の絶望色に染まった生徒の表情を眺めると満足したように意地の悪い笑みを浮かべる。


「ではⅩ組が何のために用意されているか分かるか? 誰か分かる者は挙手しろ」

 手は上がらなかった。誰もがジャックドールから視線を逸らし、自分が当たらないことを祈っていた。だが十秒経っても一向にジャックドールは何も言わない。ただつまらなさそうに見ているだけだった。


 もしかして誰かが手を挙げるまで待ち続けるつもりなのかな。こんな空気耐えられない。何か考えなきゃ。ショックを受けている場合じゃないんだ。前に進まなきゃ。

 Ⅹ組が用意されている理由か。恐らく何か学園側にメリットがあるに違いないとは思うけど。学費を取れるから? いやそれなら単に定員を増やせばいいし。不合格者から成績順ではなくてランダムに選んでいることに何か理由があるはずなんだとは思うけど。


「はい」


 コトブキが必死に頭を捻っているところに、ハスキー気味の中性的な声が静寂に支配された教室に凛と響いた。藍がかった髪色のマッシュヘアーの少年が手を挙げている。講堂で大きな物音を立てていた少年だった。


「くっ、アノンです。発言します。Ⅹ組にああはなりたくない、他のクラスの人にそう思わせる為です。そうすることで彼らはⅩ組のようにならない為に努力するし、Ⅹ組を見下すことで自らの自己顕示欲を満たすことができます。そういう精神状態の人間は非常に扱いやすいです。Ⅹ組という生贄を用意することで他の生徒のレベルの底上げと円滑な学園運営を可能にするため、が答えでしょうか」


 自分たちは他の上位クラスの人たちの為の生贄? それだけの為に集められた? どうしてこの人はこんなに冷静に他人事みたいに客観的に話せるんだ。


「ふん、まぁ良いだろう。70点、及第点の回答だ。残りの30点についてはおれから教えることではない。テメェらの頭で理解しねえと意味がないからな」

 ジャックドールは鼻を鳴らしながらも満足げに頷いた。求めていた回答が出たからか心なしか上機嫌だった。


「というわけだ。今からⅩ組の規則を叩き込んでやる。この規則を破れば厳しい罰が課されることになるからな。心して聞け」

 ジャックドールが説明したX組の規則は以下の通りだった。

1.X組は正当な理由なく本校舎へ立ち入ってはならない。

2.設備はX組用の物を使うこと。学園生徒向けの設備は他クラスの同意なく使用してはならない。

3.Ⅹ組は風紀委員会に対して被害を訴え出ることを禁じる。そもそもまともに取り扱われない。


 こんなの理不尽すぎる。ジャックドール先生の言う通りだ。学園の設備すら満足に使えないなんて、もはやマカデミイア学園の生徒ですらないじゃないか。ここで過ごして第一級ファーストの探䃔家になれるわけないよ。

 じゃあ帰る? 無理だよ。ばあちゃんになんて言われるか。村きっての天才だなんて言われて送り出されて初日で尻尾巻いて帰るなんてできるはずがない。

 コトブキは頭を抱えて受け止めきれない現実に打ちひしがれていた。


「はい」

 手を挙げたのはボサボサの赤髪の男だった。引き締まった筋肉質の体躯をしている。


「ヒイロ ナナシです。質問ですが、Ⅹ組から昇級することは可能でしょうか」


「ふ、賢明な質問だ。結論から言おう、可能だ。だが容易ではないと付け加えておこう。昇級の方法は三つある。一つは他クラスの生徒がⅩ組に堕とされた場合だ。十組の中で最も成績の優秀な奴が昇級できる。二つはⅢ組以上の上位クラスの生徒、もしくは教師からの推薦があった場合。推薦券は一千万エンで購入することが可能な代物だ。この場合にはⅨ組の成績最下位の生徒と推薦された生徒が入れ替わることとなる。三つ目は年に一度開催されるクラス対抗戦で他クラスに勝利した場合だ。クラス全員が昇級し代わりに敗北したクラスが新たなⅩ組となる。もっとも今までにクラス対抗戦で他クラスに勝利した事例はないがな。以上の三つの場合にのみ昇級が可能となっている。ちなみに去年の一年生で昇級できたのは十人だ。」


 十人もいるんだ。クラスの人数が三十人だからざっと三分の一は昇級できる計算だと考えると先生が脅す程悪くはないと思うんだけどなぁ。

 コトブキは先生の言葉に首を傾げる。


「内訳は男が一人、これは一つ目のパターンで昇級条件を満たした。そして女が九人、全て二つ目のパターンだ」

 ジャックドールは白い歯を見せつけるようにニヤリと笑った。


「つまりは媚びを売って身体を売って上位クラスの貴族様連中に気に入られることで、見事推薦券を勝ち取ったというわけだ。お利口なことだ。例年一人か二人なことを考えると非常に優秀だったと言っていいかもな。ま、お前らの内一人でも多くこの地獄から抜け出せることを祈っているぜ。せいぜい頑張りな」


 こうして最初のホームルームは重苦しい空気のまま終了したのだった。



「僕はコトブキだよ。これからルームメイトみたいだからよろしく」

 学生寮は全部で6棟ある。一棟あたり各学年2クラス分の部屋が入っている。例外なのはⅠ組とⅩ組でそれぞれ個別に寮が割り当てられていた。Ⅰ組の寮は宮殿のような豪華さで一人に一部屋ずつ用意されている。その一方でⅩ組の部屋は校舎に負けず劣らずのおんぼろっぷりだ。一応男女で分かれてはいるものの風呂トイレは共用、部屋は二人で四畳半、備え付けの二段ベッド以外にスペースはほとんどない。隣の部屋のいびきまで鮮明に聞こえるような防音性能。劣悪な環境が用意されていた。


 街の下宿からの通いも認められているがⅩ組はここでも例外である。更生の為の名目で寮暮らしが強制されていた。


「アレックズ マクマホフだ」

 アレックズは既に二段ベッドの上の階を占領し共用スペース全体に荷物を展開していた。気怠そうにコトブキを一瞥した後寝返りを打って壁を向く。

 別にどっちでもいいけどさ、むしろ下の階の方が出入りしやすいし、一階でいいけどさ。話し合いもなしにベッドを占領するのはいかがなものかと思うんだけど。後、ただでさえ狭い部屋なんだから整理整頓もしようよ。僕のスペースほとんどないじゃん。


 コトブキの喉元まで出かかった言葉が発されることはなかった。


 下手なことを言って関係が悪化するくらいなら僕が我慢すればいい。別にどうしても困るってわけでもないわけだし。


 代わりと言わんばかりに大きく溜息を吐く。そして部屋の隅に荷物を置いてベッドに腰を下ろした。カーペットに毛が生えた程度の薄く固いマットレスの感触にもう一つ溜息を吐いた。


「それにしてもⅩ組の件どう思う?」


「最悪」


「だよね。いくら何でもそんなに差別することないじゃん。僕は絶対にⅨ組に上がってやるよ」


「そっか」


「アレックズ君も一緒にⅩ組脱出頑張ろうね」


「別に。無駄だからいいや」


「何でさ? このままでいいの?」


「別に。自分の身の程を弁えているだけ。真っ当に昇級できるのは結局年一人か二人。自分の実力では難しそうだし。最低限の授業とテストだけ受けて後は引き篭もることにでもするよ」


 アレックズ君、もしかして僕とは相容れないタイプの人種だったりする? すぐに諦めて現実を受け入れるタイプの人。身の程を知れと勝手に限界を決めつけてくる人。共同生活、キチンとやっていけるかな? なるべく関わらないようにしよう。


 コトブキは三度大きな溜息を吐くのだった。

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