第1話 出会い

 森の中を、颯爽とひとりで駆け抜ける。草木が肌を傷つけようとも、ソフィアはお構いなしだった。


 ――この国は、よく盗賊と出くわす。ほんっとうに、治安が悪いなぁ。


 心の中で悪態をつきながら、山道に躍り出る。パッと周囲を見渡すも、人の気配はない。息を切らしながら走り出そうとしたとき、突然背後からけたたましい音が聞こえた。彼女は、すぐにその音の正体に気付く。それは戦争中、何度も聞いた銃の音だった。


「おいおい、そう逃げるなって。この山は地元じゃゴロツキが多いって有名でなぁ。助けを呼んだって、誰も来ないんだぜ」


 その声に、彼女が振り向く。そこにはガラの悪い盗賊が三人も立っていた。先頭のスキンヘッドの男が、小さい拳銃を構えている。


「先にケンカを売ってきたのはそっちだぜ?  その責任は取らないとなぁ」


 スキンヘッドの男が銃を構えたまま、彼女に近寄る。彼女は後ずさると、男たちを強く睨みつけた。


「何を言っているんですかっ。急にぶつかってきて、難癖つけてきたのはそちらでしょうっ! これ以上付きまとったら、容赦しませんよっ」


 彼女が叫ぶ。しかしそれが犬の遠吠えに過ぎないであろうことは、彼女自身がよくわかっていた。こういう変な大人に絡まれないために、今までコソコソと行動してきたのに。


「容赦しないって……いったいどうするんだぃ?」


 男たちが下卑た笑い声をあげる。それが彼女を一層不安にさせた。もしこの盗賊たちに捕まってしまったら、自分はどうなるのか。考えただけでも足がすくんでしまう。


「俺たちは別に、お前を取って食いやしねぇよ。ちょいとばかし、俺たちと遊ぼうぜぇ?」


 スキンヘッドの男が、下品に舌を出しながら彼女に近づく。そして彼女の顎をつかみ、グイッと顔に寄せた。男の臭い吐息が鼻を刺激し、彼女は顔をしかめる。


「眼帯のせいで気付かなかったが、コイツァけっこうな上物だ。"お楽しみ"のあとに売り捌けば、かなりの金になりそうだぜ」


「そんなちっちゃい娘でも楽しんじゃうなんて、ほんっと物好きっすねぇ!」


 盗賊たちの気色悪い会話が聞こえてくる。彼女は身をよじらせて離れようとしたが、顎をつかむ盗賊の屈強な手が、それを許してくれなかった。


「さてさて。眼帯を取ったお顔はどんな感じかな……っと」


 男が彼女の左目の眼帯を外そうとする。彼女は必死に抵抗したが、十二歳の少女が大人の男に力で敵うはずがない。抵抗もむなしく、眼帯は男に勢いよく破られた。美しく赤色に光る彼女の左目が露わになる。左目が男の姿を映し出した瞬間、思わず彼女は泣いてしまった。


「おいおい……コイツ、オッドアイだぞ!」


 スキンヘッドの男の声に、仲間が駆け寄る。そして涙で濡れる彼女の両眼を吟味して「ほおぉ」と感嘆の声を漏らした。


「金髪で赤と緑のオッドアイ……コレは高く売れますよ。オッドアイ好きの"ヘンタイ"は多いですからなぁ」


 なおも三人の盗賊たちは汚く笑う。赤い瞳に下劣な男たちを映すまいと、彼女は必死に左目を瞑った。


「それじゃあ、とりあえず"お楽しみ"といきますか。ここなら邪魔が入る心配もないからなあ」


 そう言って、スキンヘッドの男が彼女のスカートに手を伸ばす。スカートの裾が揺れて、彼女の華奢で真っ白な太ももが外気に晒される。


 いよいよここまでか――と彼女は観念する。これからこの盗賊たちの好きなようにされて、最後は人買いに買われてしまう。こんなことになるなら、ずっと祖国に――『フェルト』にいればよかった。どうせ死ぬのなら、祖国の土の上で死にたい。


 彼女は後悔をしながら、右目で空を見る。少し薄暗く、ろくに太陽の光も届かないような深い森の中。こんな汚いものをセレーナに見せるために、ここまで来たんじゃないのに。そう思って、右目も強く閉じる。


「へっへ。かわいいスカートなんか履いちゃってまぁ! こんな格好するなんて、もともと俺たちを誘ってたんじゃ――」


 プツリ、と。唐突にスキンヘッドの男の声が途切れる。それを不審に思った彼女は、とっさに右目を開けた。男は両目を見開いたまま、空を見つめている。


「……大将?」


 スキンヘッドの男の様子がおかしかったのか、他の仲間が声をかける。しかし男は一言も発することなく、その場に崩れ落ちた。倒れた男の腕が、彼女の足に当たる。


「――人がいないからと通り道に使ってみれば、この体たらく。この国もいよいよ終わりかもしれんな」


 遠くから、知らない男の声が聞こえる。彼女は耳をすませて、その男がどこにいるのかを探った。しかし姿は見えない。


「どこのどいつだ! 大将に何をしやがったぁ! 名を名乗れぇ!」


 盗賊の仲間が叫びながら、周囲を見渡す。彼女も声の主を探すが、人の姿どころか足音すら聞こえない。風で木々が揺れる音だけが、耳に届いた。


「名前は人同士の記号だ。獣に名乗る意味はない。――ここで引けば、命だけは助けてやる。三秒で考えろ」


 なおも男の声が聞こえる。やがて「イーチ」「ニーイ」というカウントまで聞こえてくる。盗賊たちは慌てた様子で懐から拳銃を取り出した。


「サーン。……時間切れだ」


 男の声とともに、盗賊のひとりが吹き飛んだ。近くに生えている木にぶつかり、鈍い音を立てる。彼女は何が起こったか理解できず、その様子をボーっと見ていた。


「警告はしたぞ。もうひとりも、引かねば――」


 また男の声が聞こえる。唯一ひとりだけ残った盗賊は、素っ頓狂な悲鳴をあげながらその場から立ち去った。


 彼女が「自分は助かったのかもしれない」と思ったのは、盗賊が立ち去ったあと、ふと涼しい風が身体を包み込んでからだった。


「大丈夫か? この山は賊が多いから用心するんだぞ」


 彼女の正面から、男が近づいてくる。その男はブラウンのローブを身にまとった、十代後半ぐらいの青年だった。背中には大きな大剣とバッグを背負っている。彼女は一瞬たじろぐも、その男が屈託のない笑みを見せていたので、敵意はなさそうだと判断した。それにさっきだって、盗賊から助けてくれた。


「……あなたは誰ですか?」


 彼女は男に問いかける。男は少し迷ったような表情をしてから「ジョッシュ」と名乗った。


「旅をしていてね。この山は人が少ないっていうから、通り道に使ったんだが……どうやら、人は少ないが"獣"は多いらしい」


 男は笑いながら、彼女の前にしゃがみ込む。そして倒れている盗賊を抱きかかえると、そのまま脇にある林へと向かった。


「その人……どうするんですか?」


 彼女がおそるおそる、問いかける。ジョッシュは少し笑うと「埋めるんだ」と答えた。


「こんなヤツでも、土に埋めれば森の栄養になる。最期の最期に、善行を積ませてあげようってワケだ。――あぁ、そうだ」


 ジョッシュが、彼女に向かって何かを投げる。地面に転がったそれが拳銃であると、少ししてから気付いた。


「獣のおさがりで悪いが、持っておくといい。こんな物騒な山だ。これからも獣がいないとは限らない」


 ジョッシュの言葉を聞いて、彼女はその場にしゃがみ込んで拳銃を凝視した。それはさっきまで生きていた人が、死ぬまで握っていたものだ。護衛用に持っておいた方がいいとはいえ、これを使うのは気味が悪い。そう思いながら拳銃を拾うでもなく見つめていると、ジョッシュが「あぁ、すまない。あとで拭いておく」と言った。


 その直後、ジョッシュの方から『ドスン』という鈍い音が聞こえる。彼女は慌てて立ち上がって様子を見る。この場所からではよく見えない。思わず駆け寄ると、ジョッシュの目の前に大きな穴が開いていた。大人でも、五人ぐらいなら平気で横になれそうな穴だ。


「ここに埋めよう。野犬が掘り起こすかもしれないが、動物の糧になれるなら本望だろう。あの世で喜んでくれるに違いない」


 そう言ってジョッシュは、二人の盗賊を穴に投げ入れた。


「離れていろ。魔法を使う」


 ジョッシュに言われて、彼女は林の外に出る。今度はハリケーンのような強風の吹く音がした。少し近づいてつま先立ちで林の中を見ると、さっきまでの大きな穴が完全に塞がれていた。


「さて。後始末も済んだところで……どうだい、食事でも。食材はひと通り、持ち合わせているんだがね」


 ジョッシュは林の中から出るなり、彼女に笑いかける。とてもさっき二人の人間を殺して、埋めてきた人とは思えない。彼女は言いようもない不気味さを感じた。しかしそうは言っても、お腹は空く。おまけに盗賊から逃げ回っているときに荷物を落としてしまったから、食べ物がない。彼女は仕方なく、ジョッシュと食事を共にすることにした。


「その前に、待ってください」


 彼女は盗賊に破り捨てられた眼帯を拾った。そして砂ぼこりを払ってから、左目につける。破れてはいるけど、結べばまだ使えそうだった。少し不格好にはなるけど、彼女にとっては左目が隠せればそれで良かった。

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100年を生きた英雄はオッドアイ少女と旅をする。 春愁 @yamakikun

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