100年を生きた英雄はオッドアイ少女と旅をする。

春愁

プロローグ

 見渡す限り一面の星空の下で、彼女――ソフィアは左目を覆う眼帯を外した。


 彼女のキレイな赤い瞳が姿を現す。急に広がった視界が眩しくて、彼女は何度か瞬きをした。そして赤い瞳に、この満天の星空を焼き付ける。青白い空に、大小いくつもの星が瞬いている、この素晴らしい光景を。


「どう? キレイに映ってる?」


 彼女は自分以外誰もいない場所で、左の目尻をさすりながら、囁くように言う。


 しばらくジーッとと星空を見上げていた彼女のもとに、夜風が吹く。彼女の金色の短い髪が、ふわりと揺れた。思わず身震いをする。


「寒くなってきたね。そろそろ、帰ろうか」


 そう言って彼女は、ふたたび左目に眼帯をつけた。"美しいもの"を見るとき以外は、左目に眼帯をつける。それが彼女の生き方だった。


 ――もう二度と、戦争で死んだ親友のセレーナの赤い瞳に、汚い景色を映さないために。


 砂浜に立っていた彼女は、くるりと振り向いてから来た道を戻る。静かな寒空に、砂利の擦れる足音だけが軽快に響いた。


「次は『ヘノグレン島』に行こっか。百年戦争の始まった場所で、草原と海がすっごくキレイなんだって。きっと、セレーナも喜ぶと思う」


 彼女は紙製の地図を広げながら呟く。ヘノグレン島――そこでなら、満足できる景色が見られるのだろうか。


 持っていた紙製の地図が、風になびいてバサバサと音を立てる。彼女は地図を折りたたんでバッグにしまうと、左目の眼帯を触りながら歩みを進めた。

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