最終話 お題②[同志少女よ、筆を取れ]



 最初の一行を書き始める時はいつも手が震えて、ためらいに全身が支配される。——呼吸が浅くなり、動悸は激しさを増し、緊張は高まっていく。すんなりといったことなど、いまだかつて一度もない。

 まるで水泳競技の高飛込たかとびこみで高みから飛び込む時のように——始まりはいつも、あらん限りの気力を振り絞らないといけない。

 あらゆる雑念や、迷いや、臆病風を振り切り、えいや、とばかりに飛び込む。

 しかし、ひとたび、そうして宙に身を躍らせてしまえば——。

 ざぱん、という音を始まりの合図に、あとはただひたすら、おのれの想像力という重力に引かれてただ真っ直ぐと、思考の海の奥深くに向け沈み込んでいくのである。




 ◆◇◆


 新学期が始まってまもなく、私の所属する文芸部に、二人の入部希望者が現れた。


早川はやかわ咲季さきです! よろしくお願いしますっ、先輩!」


 元気よくそう自己紹介したのは、明るめの髪をショートカットにした、見た目からもいかにも快活そうな少女だった。


和泉いずみ撫子なでしこと言います……どうか何卒なにとぞよろしくお願いいたします、先輩」


 対するもう一方は、先の——サキと名乗った——少女とは対照的に、つややかな黒のロングヘアーをなびかせた、おしとやかな印象の少女だった。

 どちらもかなりの美少女だった。

 それこそ、見目麗しい彼女たち二人が入ってきただけで、この日陰者がつどうに相応しい文芸部の負のオーラただよう陰惨たる部室が——日向者たちが持つ特有の“勝”のオーラも相まって——ぱっと明るくなり、そして華やいでしまったくらいに。


 私は、自分の持つ隠の者特有の感覚センサーにより、初対面ですでに敏感に“それ”を察していた。

 ——この二人は、タイプは違うが、どちらもクラスではカースト上位に所属するようなタイプの、いわゆる陽キャと言われる類いの連中であろう。間違いない。


 私は確固たる意志でもって、毅然とした態度で二人に対応する。

 ——こういうのは、初対面の印象がとにかく大事なのであるからにして。


「あっ、そ、その……。えっと、こちらこそ、よ、よろしくおなが——っんん! おね、お、お願いしますぅ……」

「——はい! よろしくお願いしますね、先輩!」

「……これから、色々とお世話になります」


 ああ……知っているとも。

 私という人間は、そういう奴なのさ。——見栄を張ろうとして、いつも失敗する……。

 そしてそう、むしろ真の陽キャというのは優しいんだ。——人の失敗を笑うのは、心の貧しい人間がすることだから。

 どうやら彼女たちは、見た目だけじゃなく、中身も正真正銘の陽キャらしかった。

 ……マジで、なんでそんな連中が、ウチ文芸部にやってきたんだ……?



 ウチの高校の部活に関してだが、五月の中頃までは体験入部が可能である。

 なので、とりあえずは二人とも、そうしてもらう体験入部することになった。


 私はさっそく、正式に入部する条件として、二人にとある課題を出した。

 本当のことを言えば、入部するのに条件など存在しない。どころか、この文芸部は部員が実質私一人しかいない——あとは数合わせの幽霊部員しかいないのが文芸部の実態だった——ので、むしろ入部したいと言われたら、本来ならば一も二もなくうなずくべきであった。

 しかし私は課題を出した。冷やかしはお断りだとかなんとか、適当な理由をつけて。

 せっかく私一人の楽園だった文芸部に、まさか陽キャの侵入など許してなるものか……!

 とまあ、そんなふうに思った気持ちがないとは言わないが、事実、まるでやる気のない幽霊部員をこれ以上増やす必要もなかったので、ここは先輩の強権を発動した次第だ。

 ——陽キャに安易に気を許してはいけない……。

 連中ときたら、いつの間にやら仲間を呼んで増えるからな。

 私の部室が、気がついた時には連中の溜まり場になっていた——なんてことにならないためにも、ここは心を鬼にしてやってやるのだ。


 課題についてはどんなものにしたらいいのか少し悩んだが、ちょうどいいことに私には思い当たるふしがあった。

 この時の私は、とあるWEB小説投稿サイト上で、お題企画なるものに参加していた。なので、そのお題を利用しようと思いついたのだ。

 ——まあ、このお題は、企画の参加者たちからは鬼畜であるとの評判を欲しいままにしているのだがね……くくく。

 さーて、初心者二人に、この鬼畜お題をこなせるかなぁ〜?


 まず最初は様子見とばかりに、私は一番簡単なお題①を彼女たちに提示する。

 二人は素直に私のいうことを了解すると、さっそくお題に取りかかった。



 そして数日後。

 放課後の部室にて、私たちは集まっていた。

 二人は同じタイミングで、私に出来上がった作品を提出してきた。


「せ、先輩っ! よ、よろしくお願いします!」


 そう言ったサキの明らかに緊張した様子に、なんだか似合わないな——などと感想を浮かべつつ、しかし私は、彼女がちゃんと作品を書いてきたこと自体にまず驚いていたのだった。

 そして俄然、彼女の書いた小説に興味が湧いてきた。

 ——こんないかにもな陽キャが書く短編とは……一体どんな内容なのだろうか?


 私は彼女が送ってきた、例のWEB小説投稿サイトの下書き用URLをタップする。


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/AVfYLGAgXbFwEjUhV8qJWSfduCTOHkeU


 。

 。

 。


 読み終わった私は——驚愕した。

 ——なん……だ、これ……はっ……!

 衝撃……とにかく衝撃の作品だ。


「ど、どうでしょうか……?」


 初対面の時の快活な印象から一転、今の彼女はモジモジしながら上目遣いでこちらを見つめてくる。

 ——く、可愛いな、チクショウ……。


 私はなんと言ったものか迷い、視線を彷徨さまよわせる。

 すると——サキの隣で待つ撫子なでしこの姿が目に入った。


「……とりあえず、先に撫子のも読ませてもらうよ」


 私がそう言うと、サキは少し残念そうな素振りをみせたが、すぐに引き下がった。

 すると撫子が前に出てくる。

 私は彼女が送ってきたURLをタップする。

 ——さて、こっちはどうなのかな……?


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/PHghXNBeweKMclTDpVjQcuH6OeVSB6hf


 。

 。

 。


 ……読み終わった。

 ——これは、また……なかなか……。

 ある意味強烈だ、こっちも。


 撫子は無言で、しかし期待に満ちた眼差しをこちらに向けていた。

 その様子は、先ほどのサキの様子とは対照的で——どうやらこっちは自分の作品に自信があるみたいだ、と感じる。


「……それで、あの、先輩……? アタシの書いたやつの、か、感想の方は、どう……ですか?」

「先輩、彼女の後でいいですから、私にも読んだ感想を……お願いします」


 私がずっと黙ったままなので、たまりかねたようにサキと撫子がそう言ってきた。


「……その、今すぐに、というのは……ね。ほら、色々とじっくりまとめる必要もあるから、回答については、えっと——後日書面にて、ということで……」


 とりあえずそんな風に、私は時間稼ぎをした。



 迎えた翌日。放課後の部室にて。

 私は二人に、書いた感想のURLをそれぞれに送る。


「まずは、はい、サキ」


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/Lu7FWL9ichCuUVLbGLxHuQYxBGn6DTSE


「それから——撫子も」


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/V3wA3KWrwmiB3L4kXBa2ssim6qmK0ScM


 二人はすぐに——まるでむさぼるように——私の書いた感想を読み始めた。


「……まあ、あれだ。感想に加えて、とりあえずのアドバイスというか……その辺についても、書いておいたから」


 無言のままの二人には、はたして私が今言った言葉は届いているのかどうか。


「それと……最後に採点がついてるけど、それに関してはまあ、私の独断と偏見と趣味嗜好が多分に反映された点数だということを、まずはしっかりと念頭に置いておいてほしい」


 某企画にならって、私も採点をやってみた。

 ——ちょっとやってみたかったんだよね、これ。

 ただ……実際にやってみると、めっちゃ大変だったけれど……。

 改めて思った。サーシャさんって、鬼畜だけど、やっぱり聖女だったのかも——って。


 私がそんなことを思っている間に、二人は私の送った感想批評文を読み終わったようだった。

 そして口々に——どうやらかなり感激してくれた様子で——感想に対する感想を言ってくれた。

 自分で思っていた以上に喜んでくれているそんな二人の様子を見て、私の方も嬉しくなってくる。

 しかし——一通り感想を語り終わって、二人がお互いが受け取った感想を交換して読み始めたところで、事件は起きた。


「納得いきません!」


 そう声を荒げるのは、撫子なでしこだ。

 激しい剣幕は、普段のお淑やかな彼女とはいかにもミスマッチで——それだけに、常ならぬ彼女の激情を見たものに感じさせるのだった。

 彼女が言っているのは——要は、自分がサキよりも低い点数であることに対する抗議である。

 彼女たち二人がお互いに書いた作品を見せ合ったのは、この場が初めてだった。

 そして、お互いの作品を読んだ後に、続いて私の感想の方も読んだわけだ。

 その結果が——撫子激怒! と、こうなったわけだ。


 彼女の言い分は分かる。サキよりも自分の作品の点が低いのが、どうしても納得できないのだろう。

 確かに、普通に考えたら、どう考えても撫子の作品の方が点数高くなると思うよ、私も。

 まあだから、そこは私という採点者が特殊だということで……。


「いえ、先輩はちゃんと私の作品を読み込んでくれていました。いただいた指摘はどれも的確で、私もなるほどと納得するところです。ですが——いえ、だからこそです。そんな先輩が、私よりもサキさんの作品に高得点をつけたというのが……どうしても納得がいかないのです……!」


 まあ、そんなこともあるさ。

 結局それは、私という人間の感性がわりとバグってるってことで……解決、しませんか? ——しませんか、そうですか……。

 私も反論ではないけれど、色々と——サキには特記事項の点を追加しているからとか、私の好みはサキの書いたようなコメディなんだよとか——言ってみたのだけれど、撫子が納得するには至らなかった。

 私はほとほと困り果てていたけれど——かといって、今更点を付け直したとしても……そんなものは焼石に水というか、いや、むしろ火に油だろう。


 かくなる上は……誤魔化すしかない。


 私はいきどおる撫子をなんとかなだめすかすと、二人に新たな課題を突きつけた。

 その課題とはもちろん、鬼畜お題②である。

 二人は課題が一つではないことに驚いた様子だった。

 その驚きにより、撫子もある程度落ち着いたので、私はこう締め括った。


「一つのお題で書いただけでは、まだ分からないと言わざるをえないからね。二人には次にこっちのお題にも挑戦してもらうよ。——それじゃあ、書き終わったらまた私に送ってね。前と同じに下書きのURLでいいから」


 こうして二人は、二つ目のお題に取り掛かったのだった。


 正直言って、お題①などウォーミングアップみたいなものだ。あれなど鬼畜の“き”の字くらいしかない。

 鬼畜の本番はお題②からだ。——こいつは、あるいはお題③にも匹敵する鬼畜度なのだからな。

 さてさて……二人はこのお題に、どう立ち向かうのかな。


 さすがに二人とも苦戦しているようで、作品はなかなか完成していない様子だった。

 その間の私は、二人から質問や相談をされたことに答えたりなどしていた。

 ——撫子には、ルビの振り方など、主にWEBでの小説の書き方を。

 ——サキには、私が普段使っているスマホのオススメの執筆アプリなどを含めた、主に基本的なことを。

 ただ、小説そのものの内容については、軽く助言くらいはしたが深入りはしなかった。

 二人の方も、課題についてはあくまで自分の力でやるつもりのようだった。



 そして、そろそろ四月も終わろうかという、その日。

 二人はしくも、またしてもまったく同時に、完成した作品を私に提出してきた。


 私はまたも順番に、まずはサキの送ってきたURLから確認していく。


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/n4X0IShiMymJIIx0nlQPbd0xcgcAI6eg


 。

 。

 。


 ……読み終わった。


 私はサキに何か言われる前に、続いて撫子がすでに送ってきていたURLから、彼女の書いたお題②の作品を読んでいく。


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/pIUfsc3L2URflwd8G7m9EJK1r2dSXv4k


 。

 。

 。


 ……読了。


 私がスマホの画面から顔を上げると、そこには期待に満ちた眼差しを向けてくる二人がいた。

 私は無言で一つ頷くと、


「……それじゃ、今度は私が感想を書く番だね。じゃ、じゃあ、書けたら二人に送るから……今日のところは、はい、解散」


 そう言って、その場をお開きにしたのだった。

 ——いやだって、陽キャの“勝”オーラがすげかったんだもん……。



 自宅に帰った私は、二人の作品を改めてじっくり読み返していく。

 同時に、二人に向けた感想にも取り掛かる。

 そして——書き上がった感想を、私はURLで二人に送る。


 まずはサキへの感想。

 

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/Pqt4VCFirlJQMcJb1ckYzgjBRtOHpERp


 続いて、撫子への感想。

 

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/CMkC3NcXx5JmTY9zL6uc9ZwAdtmUS3w8


 ふぅ……。

 と、一仕事終えた余韻に浸るのも束の間、少しもしないうちに私のスマホに通知音が。

 画面を見れば、サキと撫子から、感想を読んだ感想がずらずらとメッセージアプリを介して送られてきていた。

 ——おいおい、通知音が止まらんぞ……。

 未だかつて経験のない事態に私は焦り、なんとか二人に『明日、明日学校で聞くから! 連投はやめい!』と送った。

 すぐに二人からの謝罪のメッセージが来て、我がスマホには平穏が訪れた。

 ふぅ……。

 しかしこれ、明日二人に会ったら、どんな反応になるのやら。



 そして翌日、放課後の部室にて。

 案の定、私は興奮するサキと撫子なでしこの相手をすることになった。

 一回目の時もそうだったが、二人とも、自分の書いた作品に対する感想がもらえることが、よっぽど嬉しいようだった。

 まあ、その気持ちは私にもよく分かるのだけれど。

 私としても、送った感想文には書ききれなかった部分もあったので、こちらからも二人に質問したりしていく。

 二人はこれまた嬉々として、自分の作品について語っていく。


 話を聞くうちに、私は二人の過去についてを知ることになった。

 というのも、私が感じた通り、お題②で書かれた二人の作品は、どちらも二人の身近なことをモチーフにしていたという話だったので。

 サキは中学では陸上部だったらしいし、撫子もずっと書道をやっていたらしい。

 さらに、二人の詳しい経歴を聞いた私は、とても驚かされることになった。

 なぜなら、この二人が共に、それぞれの道でとんでもない功績を打ち立てていたことが判明したので。

 サキは陸上の県大会で優勝したことがあるくらいの実力者で、撫子も全国大会コンクールで結構な賞——少なくとも、金賞よりも上らしい——を取るくらいの上級者(というより、書道なら有段者というべきか?)なんだとか。

 なんだそれ、ヤバいじゃねぇか……。

 ——てか、金賞より上とかあったの?


 ……まあ、とにかく。

 いや、君たち……マジで、なんで文芸部入ろうと思ったん?

 二人の過去を知った私としては、改めてそう疑問に思わざるをえない。

 しかし、私にそう問われた二人の答えは、しごく明快だった。

 ——物語を書きたかったからです、と。

 ……まあ、そりゃあ、そうなんだろうけど。

 でもそんな、すでに他で大いなる才能と、それを十分に発揮するすべと、それによって得た多大なる功績を持っているというのに、それを捨ててまで——そこまでしてやることなのか……?

 私には分からなかった。

 当然だ。だって私には、二人のように何かに対しての特別な才能なんて、これっぽっちも持ち合わせていなかったから。

 創作活動——小説を書くことにだって、才能を持っているとは思えない。

 それでも……私が小説を書いているのは、単純に、それが好きだからだ。

 私の小説に対する想いなんて語り始めたら、それこそ短編はおろか長編小説にだって収まるか分からないので、自重するけれども。

 だがそれは、それだけの強い想いを持っているということだった。

 そして……おそらくはこの二人も、そうだということなのだろう。

 それは、二人の一連の作品を読んだことで、私にはよく分かっていた。


 だけど、二人にもまったく迷いがないというわけでもないようだった。

 私からその辺について——つまりは、今まさに過去にしようとしている栄光について——突かれた二人は、確かに動揺していた。

 そして白状した。自分でも、未だ迷っているのだと。

 私としては、鬼畜お題にも真剣に取り組む二人の姿を見て、すでに当初の警戒心は霧散しており、もはや二人を文芸部の一員として迎え入れるのに異論はなかった。

 しかし、他でもない二人自身に、ここにきて迷いが生まれていた。

 サキは初めて実際に小説を書いてみたことで、その難しさを身にしみて理解したようだった。

 撫子は短編で自分の書道に対する熱意を改めて振り返ったことで、心の内に未練が生まれているようだった。

 どちらにせよ、このままではいけないだろう。きっぱりと決断しないことには。

 私に出来ることは……なんだろうか。私が二人にしてあげられること、何かあるのだろうか。

 正直、二人と私では陰陽の人種が違うし、結局のところ、自分で答えを見つけるしかないだろうので……やはり私に出来ることなど……何もない。

 ——これくらいしか。


「まあ、まだ体験入部期間は残っているし……それまでにゆっくり決めたらいいよ。——このお題③にでも挑戦しながらね」


 最難関鬼畜お題を出すくらいしか……!


 私から提示されたお題の内容を見た二人は——当然のように、その鬼畜振りに狼狽した。

 そして口々に私に文句を言ってくる。

 やれ鬼畜だの、頭がおかしいだの、こんなお題で書けるわけないだの……。

 いやそのお題考えたの私じゃないし……私はすでにそのお題で二つの作品を書いてるからね? ——なんならお題①と②でもそれぞれ二作品書いてるし……。

 なんてことを、ついぼそりと、うっかり私は口に出してしまっていた。

 そこからの流れで、私は二人に、例のお題企画の存在を教えることになった。

 ——ついでに、私の創作アカもバレた……。


 ……まあ、やってしまったことはしょうがない。

 むしろ、他の参加者の作品を見て参考に出来るし、書くだけじゃなく読むことも創作には大切なことだ。

 開き直った私は、最終課題として二人にお題③を改めて突きつけると、私の作品を含めた他の参加者たちの作品を読んで勉強するといい——と言い放って、部室を後にした。

 いや、改めて——自分の作品をリアルの知り合いに読まれることに対する羞恥心が湧き上がってきたので、たまらなくなってその場を逃げ出したのだ。

 ……でも、読んだなら読んだで、今度は二人の感想を聞かせて欲しいな……。

 まあ今日は無理。色々と。だから聞くにしても明日以降で。



 それから、数日が過ぎた。

 二人はお題③に取り組んでいたが、難航しているようだった。

 私はそれを見守りつつ、自分も作品に取り掛かっていた。——いや、ちょっと思いついたものがあったのでね……。

 私たちは毎日放課後に部室に集まった。

 そしてそれぞれの作品に取り組みつつ、休憩を兼ねて雑談をしたり、お互いに作品について相談し合ったりした。

 それはなんだか……在りし日に、私が文芸部という場所に抱いていた幻想——それはまるで、アニメの中の文芸部にしか存在しないような、つまりはそういう類いの幻想を——私に思い出させた。

 ずっとこの部室で一人、作品と向き合っていた。別に、そのことについて特に思うところがあるわけではないのだけれど。そもそも、創作とは一人でするものだと私は思っているし……。

 だけど、こうして誰かと一緒にやるというのも……いいものかもしれない、なんて。

 私は、二人の執筆が上手くいくようにと——今は心から応援していた。

 もはや二人の存在は、私と、そしてこの部室にとって、なくてはならない存在になっていたから……。

 日が暮れてきたので、私は名残惜しく思いつつ、部室を後にする。

 まさか、自分がこんな気持ちになるなんて——と、自分自身の変化に驚きながら。


 

 ◇


「先輩、先に帰っちゃったね」

「ええ……もう少し、相談したかったのですが」

「アタシも。だって、このお題難し過ぎるし……。ナデちゃんはどう? 上手くいってる?」

「……いいえ。私も、一向に筆が進んでいません……」

「アタシも……全然書けないよ。——あー、やっぱり、小説を書くのって難しいね。……アタシ、ちょっと自信なくなりそう」

「私もです……。最初は『こんなお題で書けるわけない』って、思っていたんですけれど……皆さん普通に書かれていますからね」

「だよねー、すごいよね〜。どうやったら、こんなめちゃくちゃなお題で書けるんだろう? てか先輩もさ、このお題で書いてるんだよね。しかも二作品も」

「ええ……素直にすごいと思いました」

「……そういえば、先輩が最後に書いてたお題③のやつ、読んだ?」

V-FANヴィーファンさんが出てくるやつですよね。はい、私も読みました」

「……あのさ、あれ読んでアタシ、ちょっと閃いたんだけど……、“——————”ってのは、どう? ナデちゃん」

「なるほど……確かに、それはいいアイデアかもしれません、サキさん」

「じゃあ、それで……やってみよっか!」

「そうですね……!」

「うん、先輩の度肝を抜いてやろう!」

「やってやりましょう……!」


 ◇



 そして迎えた、体験入部最終日。

 結局、今日に至るまで、二人からお題③の作品が提出されることはなかった。

 間に合わなかったのか……諦めたのか……それとも……。

 最近は部室にも、二人はほとんど顔を出さなくなっていた。

 しかし、今日この日は——。

 放課後、部室で一人で待っていた私の元に、二人が同時に現れた。

 私が何かを言う前に——スマホに通知が。

 画面を見ると、お馴染みのURLが。

 二人は何やら、揃って挑戦的な笑みをその顔に浮かべていた。

 その表情は、もはやいっぱしの——。


 ……よかろう、作家に口先は不要。

 小説家ならば、文字通り——物語作品で語るといい……。

 見せてもらうぞ、お前たちの小説答えを——っ!


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/NXVNON1gbTqg7n0nYeoUfEoczSVykbQZ


 。

 。

 。


 ……読み終わった。


 画面から顔を上げると、二人が緊張の面持ちで私を見つめていた。

 私は真っ先にそのことを尋ねた。


「これは……二人が一緒に書いたの?」

「やっぱり……分かりますよね、先輩なら」

「そうです。サキさんと私の二人で書きました」


 つまり、共作ってことか。


「それで、二人は、その……文芸部に入るかどうかは——」

「その前に」

「先輩……」

「「感想の方、お願いします」」

「……あ、はい。——そ、それじゃ、持ち帰って、すぐにやりますんで……」


 私はそそくさと部室を後にした。



 そして翌日。

 放課後の部室に私が行くと、二人がすでに待っていた。

 私は無言で、二人にURLを送る。


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/8G4sSzLV8RwKKKMwyYgyaLA8XhoL8yDX


 。

 。

 。


 二人は私の送った感想を読み終えたようだった。

 なんだか満ち足りたような表情で、二人はスマホから顔を上げる。

 そんな二人に私は、肝心要の質問を投げかける。


「それで……二人の気持ちは、決まった? 改めて聞くけど、文芸部には、まだ入りたいと思ってる……?」


 なんだか答えを聞くのが怖くて、言ってるうちに声が少しずつ小さくなっていくのが自分でも分かった。


「その質問に答える前に、一つだけ聞かせてください」

「先輩にとって、小説ってなんですか? 先輩は、なんのために小説を書いているんですか?」


 真剣な様子で、撫子とサキが順に私に声をかけてくる。——つまり、この質問は事前に二人で決めていたわけだ。

 にしても……なんか『プロフェッショナル』みたいな質問来たな……。

 ——ろくろ回しながら答えるべきですか?

 ……いやいや、ふざけてる場合じゃないわ、真剣に答えないと。


 小説を書いている理由、か。

 正直、人様に語れるほどのものなんて、私にはないんだけれどね。


「別に……大した理由はないよ。私が小説を書くのは……まあ、書きたいからだよ。自分の読みたいストーリーを、自分で書いているの」


 そもそも、元々私は読み専だった。書き始めたのはかなり最近だし、それについても、書こうとこころざしてから書けるようになるまでに結構かかった。

 それでも諦めずに書こうと思ったのは……やっぱり書きたかったからだ。

 色々な作品に影響されて、特に強く影響された大好きなとある小説を読んだ時に——私は小説の可能性を感じたんだ。

 そして私も、自分で小説を書きたいと思った。


「いざ書いてみたら、自分で言うのもなんだけど、なかなか面白いものが書けたと思ったから……誰かに読んでもらいたくなって。——反応が欲しかったんだ。本当に面白いのか、自分以外の人が読んでもそう思うのか、気になったから……。それに、なにより……私の作品を、私以外の人と一緒に楽しみたかったんだよ。一人だけで楽しむんじゃなくてね……」


 小説を書き始めた当初の私は、書いた小説を公開するつもりはなかった。というか、その辺のことは何も考えていなかった。まずは書くことだと思って、そっちに集中していたから。

 だけど、ある程度書き進めていったところで……どうしても、公開してみたいという欲が抑えられなくなった。それほどまでに、自分の作品を自分で楽しんでいたんだ。

 この楽しさを、誰かと共有したいって、いつしかそんな気持ちを抑えられなくなるくらいに。


「私にとって小説とは、自分で楽しみつつ、誰かを楽しませるものだよ。そして、なんのために小説を書くのかと言われたら、それはやっぱり……感想が欲しいからだよ。感想、コメント——まあ、要は反応だね。自分の書いた小説を一緒に楽しんでほしいんだ。だから私は、感想コメントをもらえるのが一番嬉しい。それに、感想はモチベーションが上がるだけじゃなくて、自分では気がつかなかったことを知るきっかけになったりもするんだよね。読者からのフィードバックって、けっこう大切だからね。それが新しい発見に繋がったりもするし。だからやっぱりコメントは……それだけ素晴らしいってことさ」


 私は一息にそこまで言い切った。

 すると、私の話を聞いたサキが、なんだか納得したような仕草で反応していた。


「アタシ……先輩の言ってること、なんだか分かる気がします。アタシも、先輩からもらえた感想を読んだ時、すごく嬉しかったし……だから、次のお題に挑戦する時も——難しかったけど、また先輩から感想を書いてもらいたいなって思って、それで、なんとか書ききってやろうって思えたんです。——それに、先輩だけじゃなくて、他の人にも読んでもらったら、また別の反応がもらえるんだろうかって、そんなふうに色々と想像してたら、さらにやる気が出てきて……そうか、それが自分が小説を書くための大きな原動力になってたんだって、アタシ、今気がつきました」


 そうだよね、自分の書いた話に反応がもらえたら、誰だって嬉しいからね。

 一人で黙々と書ける人もいるのかもだけれど、やっぱり反応があった方がやる気も出るよね。


 なんて思っていたら、今度は撫子が口を開いた。


「私も……分かったかもしれません。自分が小説を書きたい理由が。私、影響を与えたいんだと思います。自分の小説で、誰かに。私の書いた小説を読んだ人が、私から受けた影響を元に、自分でも小説を書く……。そうなってくれたら、私、これ以上嬉しいことはありません。——今回、サキさんと一緒に一つの物語を書いたことで、私、そのことに気がつきました。私の影響を受けたサキさんと、サキさんの影響を受けた私……。それぞれが、それまでの自分の持つ能力以上のものを引き出したから、あの短編が生まれたんです。——たぶん、創作って、元々そういうものですよね? みんな誰かの影響を受けてきていて、それを自分なりに再構成して、また発信する……。私もそのサイクルの一員になりたい。——願わくば、より大きな影響を与えられる一員として」


 なるほど……撫子の言いたいことは私にも分かる。

 私も実際、そんな経験をしたことがあるし。影響を受ける方はもちろんだけれど、影響を与えたこともある。

 自分の作品が他の誰かの作品に影響を与えたという事実は、確かに創作をする上での大きな喜びの一つだと思う。


「先輩、アタシ……決めました」

「私も……迷いが晴れました」


 サキと撫子が、それぞれそう言ってくる。


「アタシ……これからも物語を書きたい。アタシも自分の書いた物語で、誰かを楽しませたい。そして、楽しんでくれた人から感想をもらって、自分も嬉しくなりたい。……それがアタシのやりたいことだって、ハッキリ分かりました!」

「私は……誰かに大きな影響を与えられるような小説を書きたい。それだけの力のある物語を生み出したい。——そうすることに成功したら、きっと私は他の何にも勝るくらいの達成感を感じることができる。——だから私は、そのための道に進みたい」


 二人は私の目を強く見据えると、そろって宣言した。


「「だからアタシを、文芸部に入れてください! お願いします!」」


 私は二人のキラキラオーラとでも呼ぶべき圧に気圧されつつも、二人が文芸部に入ることを決めてくれたことがすごく嬉しくて、安心していた。

 ——全身から、一気に力が抜けていく。

 自分でも気づかないうちに、私はかなり緊張していたみたいだった。


 緊張からの弛緩により、私は心も体もフワフワしていた。

 しかし、そんな私とは裏腹に、なかなか返事をもらえなかった二人は不安になったようで……こんなことを言い出す。


「せ、先輩……? え、もしかして、ダメなんですか? でも、最後は100点だったのに……あれでも課題はクリアじゃないんですかっ?!」

「も、もしかして……実はお題④まであるとか、言いませんよね……?」


 二人がなにやら不穏なことを言い始めたので、私は慌てて返事をする。

 

「ま、まさか! 私もそこまで鬼畜じゃあないよ」

「おぉーセーフ! 助かったぁ……」

「えと、でも、それなら……」

「うん、二人は文句なしの合格だよ」

「やった!」

「よかった……!」


 二人は喜びを露わにする。

 

「私の方こそ、二人の入部を歓迎するよ。これからよろしくね、サキ、撫子」

「はいっ! よろしくお願いしますっ! 先輩っ!」

「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします、先輩」



 体験入部期間も終わった、五月のその日。

 我が文芸部には、晴れて正式に二人の新入部員が増えたのであった。


 (終)





 ◆◇◆


 ——よし、ようやく書けたっと。

 あとはこれを、公開するだけだな。


 さーて、それじゃ……。


 これを読んだサーシャさんは、さて一体、どんな反応をするんだろうなぁ……?笑笑。

 

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👹鬼畜お題短編オムニバス😈 空夜風あきら @kaname10

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