第六話 お題③[Negative eater‼︎]



 お風呂上がりに部屋に戻ってスマホをみたら、その画面には、ダウンロードが終わったと表示されていた。


 ——よしっ、終わってる!


 いよいよ聴けるんだぁ、うわ〜、めっちゃ楽しみ〜!


 最近はほんと、ろくなことがなかったし……なんだかこんなに楽しい気分になってるの、久しぶりだな。

 しみじみとそう思いつつ、私はさっそくダウンロードしたアルバムを再生しようと、イヤホンをつけてから再生ボタンを押そうとして——。

 そこでふと、画面に関連項目が表示されていることに気がついた。


[新進気鋭の音楽プロデューサー『V-FANヴィーファン』と、若手の注目株アーティスト『ハルカカナタ』の異色のコラボ・コンピレーション・アルバム——【運命】。当記事が独占インタビューで、二人から制作の経緯やアルバムにかける想いを聞き出す!]


 わ、マジか、独占インタビュー記事とかあったの?

 ならせっかくだし、先にこれ読んでから聴くとするかな。


 私はさっそく、その記事をタップして画面に表示した。

 ——前置き部分は飛ばして、二人の対談の部分までスクロールスクロール。


 

 ◇——◇


 

※以下、「ハルカカナタ」さんと「V-FANヴィーファン」さんのお名前をそれぞれ「ハルカ」と「V-F」と表記させていただく部分があります。


※なるべくお二人の発言をそのままに記載しておりますため、一部独特の表現があります。あらかじめご了承ください。



——ではこれより、お二人には、インタビュアーの私からの質問を交えながら、今回のアルバム【運命】について、お話を聞いていきたいと思います。

——お二人とも、どうぞよろしくお願いします。


ハルカ「よろしくお願いします」

V-F「……お願いしぃ、ぁす」


——まず初めに、今回のアルバムを作ろうと思ったそもそものきっかけから、お伺いしたいのですが……。


お二人は、お互いに顔を見合わせた。


ハルカ「あ、それなら……話を最初に持ちかけたのは私からなので、私が話しますね」

V-F「……じゃ、ぉ願い、しゃす」


どうも二人は緊張しているようで、この時点ではまだ少しばかり硬い様子がこちらにも伝わってきていた。


ハルカ「きっかけは、『魔王軍襲来』という……V-FANさんの曲。これを、私が聴いたのが始まりでしょうかね」


——というと?


ハルカ「なんていうか……ぶっちゃけると、元々私って、V-FANさんのことは、まあ、知ってはいたんですけど、曲を聴いたことはほとんどなかったんです。——というか、自分から避けてました」


——それは、どうしてですか?


ハルカ「いえ、V-FANさんの音楽って、たぶん私の音楽とは全然方向性が違っていて、きっと相容れないものだから、って。詳しく知りもしないのに、聞こえてくる話だけで、私が勝手にそう判断していたんです」


そんなハルカさんの話を聞いているV-FANさんは——この時、ニヤニヤと笑っていた。


——では、どうして例の曲を聴いたんですか?


ハルカ「きっかけは完全に偶然です。聴こうと思って聴いたんじゃなくて、たまたま聴いてしまったんです。どこかの店の中で、BGMとして流れているのが聴こえてきて。——騒がしい店の中で聴いたんですよ。だから全然、ちゃんと聴いたわけではないんです。でも、その不完全な体験でも、私はすごい衝撃を受けたんです。それですぐに、さっきの曲はなんだって自分で調べて、それで改めてちゃんと聴き直したんです。——そしたら、二度目はさらに衝撃を受けました」


——なるほど……では、完全に偶然から始まったということですか。


ハルカ「そうですね。……言ってみれば、これは完全に事故みたいなものでした」

V-F「いや事故て……(笑)」


思わず笑い声を漏らしたV-FANさん。

そんなV-FANさんに一瞥いちべつをくれてから、ハルカさんは続きを話す。


ハルカ「いや、実際のところ、本当にそうとでも表現するしかないような体験でしたから。……なんというか、V-FANさんの音楽って、そういうところがあるんですよ」


——そういうところ、とは?


ハルカ「つまり、——なんていうのかな……そう、向こうから襲いかかってくる、みたいな。そういうところが。私の場合は、これとは逆なんです。私の場合、音楽ってのは“寄り添う”ものなんです。そういう風に意識していつも作っていました。だから、V-FANさんの音楽とは真逆で……相容れないと思ってたんですよ。だって、V-FANさんの音楽って、“襲いかかって”くるんです。侵略なんですよ。こっちの事情なんてお構いなしで……。私は相手に——相手の事情に寄り添うような曲を作ってて……だから、選ぶのは相手なんです。向こうから私の曲を選んでやってきてくれる。でも、この人の曲は、曲の方から襲いかかってくるんです」


——な、なるほど……。


ハルカ「そうなんです……私は襲われたんですよ。『魔王軍襲来』に。そして、V-FANさんに」

V-F「……(笑)」

ハルカ「私の中に、この曲が入り込んできて……そして、ずっと残り続けてて……こうなるともう、私としては音楽にして吐き出すしかないんです。——でも、問題があって」


——問題、ですか?


ハルカ「ええ。というのも、一人でやっても全然上手くいかなかったんですよ。——そもそもが、私とは真逆の性質を持つ曲なので。だから、どうしても上手くいかなくて……。一時期は本当に、スランプ気味にすらなってました」

V-F「……わぁ、それは大変……じゃぁ、ないっすか」

ハルカ「……ええ、ですからもうね、“元凶”に直談判してやろうと思って。あなたの曲のせいで、こんなになっちゃったんだから、責任とってくださいよって——言いに行ったんですよ(笑)」


——そうなんですか?!

——それで、V-FANさんは、どんな反応を……?


V-F「……いや、マジで、驚きました、よ。だって、この人、いきなりやってくるんだもの」

ハルカ「あの時は、私も色々焦ってたんで……わりと強引でしたね(笑)」


——でも結局は、V-FANさんも、ハルカさんからの提案を受け入れたってことなんですよね?


V-F「そう、っすね。……まあ、僕の方は、普通に、ハルカさんのことは知ってましたー、し。曲も普通に聴いてましたし。——でもまさか、本人がいきなり凸してくるとは思ってなかったけど……(笑)」


——V-FANさんからのハルカさんの印象は、どんな感じだったんでしょうか?


V-F「ちょくで会う前の曲からの印象では、まぁ、まんま普通に、——あー、ちゃんと自分の世界観持ってる人だなー——って、そこは普通に、はい……思ってまし、た」


——そうなんですね。

——では、会ってからの印象は?


V-F「印象……ってか、そうっすね……いや僕、ハルカさんの『タイムトラベラー』って曲がすごい好きなんすよ。——あ、これ、ちょっと先に語らせてもらっていいすか? てか語りますね。——なんていうかこの曲って、独特の空気感があるんすよ。それこそマジで、この曲を聴くと、過去にタイムスリップするんですよね。それもたぶん、その過去ってのが、ハルカさんの“在りし日の過去”なんすよ。僕、それがすげー面白いな、って思ってて。体験できるんですよね、この曲を聴くと。その当時に、ハルカさんが思っていたこととか、感じたこと、それを、その時代の特有の空気感ごと、こう——なんていうのか、実際にそこにいて、マジで自分自身で感じているみたいに……。これ、技術的なことを言うと、レコーディングのやり方がそもそも普通のやり方と違ってて——」

ハルカ「あー、いやヴィーくん、それ今言っても……あれじゃない? 長くなるってか、専門的なことは、ねぇ?」

V-F「——あ、そっすか? ……まぁ、そっすね。……はい、まぁ……そんな感じで、僕の方は、ハルカさんの曲というか、——ま、曲も気に入ってたんすけど——音楽に対する姿勢みたいなのが、前から気になってたんすよね。たぶん独自の哲学みたいなのがあるんだろうなって。曲からなんとなく、その辺感じてて。だから、一緒に曲を作ろうって言われた時は、まぁ……普通に僕は、最初から乗り気でしたね。僕とこの人の音楽が合わさったら面白そうだなって、思ってたんで。——まあ、なんせ真逆らしいんで(笑)」

ハルカ「ふふっ。あ、てか、会う前の印象は? たぶんだけどさ、私に対する最初の印象とは、実際は全然違ってたんでしょ? 会ってみたら」

V-F「……っすね。——まあこれ、言っていいのか分からないけど……僕普通に、最初はもっと優しい感じの人なんだと思ってたんで……いや、中身全然違うじゃん。——コイツがあの曲作ってんの? 嘘だろ? って思いまし……た」


ハルカさんが睨みつけていることに途中から気がついた様子のV-FANさん。

しかしどうも、二人は当初の緊張がほぐれてリラックスし始めている様子だった。


 

 ◆——◆


 

 へぇ〜、そーだったんだ。

 確かに、不思議に思ってたんだよね〜。

 私の最推しアーティストのハルカ様がニューアルバム出すってゆーから、聴かないという選択肢はハナからなかったけど。でも、コラボしてる相手のほうが……ハルカ様とはぜんぜんタイプが違う人なんだもん。

 まあ私も、このV-FANヴィーファンって人はそんなに詳しくは知らないんだよなぁ。てか詳しく知らないなりに、私も自分とは合わないと思って興味なかったし。

 でも、憧れのハルカ様がそんなに影響を受けたって言うんだったら——私も俄然がぜん、V-FANと『魔王軍襲来』って曲に興味出てきたかも……。


 

 ◇——◇


 

——それでは続いて、いよいよアルバム【運命】の内容について聞いていきたいと思います。

——ではまず、一曲目の『魔王軍が国境を破って進軍してきた』ですが……こちら、すごく面白い曲名ですね(笑)。


ハルカ「そうですね(笑)。この曲は完全に、私が今回このアルバムを作るきっかけになった例の出来事——そこから着想を得て出来た曲です。曲名の通りですね(笑)」


——ちなみに、この曲名はどちらが考えられたんですか?


V-F「ハルカさんっす。僕はこういう——長い曲名はつけないんで……」


——なるほど。

——では、一曲目にこちらの曲を持って来た意図について、聞いてもいいですか?


ハルカ「そうですね。アルバムの一曲目ですけど、そもそもこの曲がV-FANヴィーファンさんと一緒に作った最初の曲なんです。——さっきも言いましたが、私は軽いスランプにおちいっていたので……まずはそれを解消するために、今、私の中にある気持ちを全部吐き出す必要があったんです。それをV-FANさんに手伝ってもらって……。その結果生まれたのが、この曲でした」


——そうだったんですね。

——では、V-FANさんの方は、この曲についてどう思っているんでしょう。


V-F「そうですね……まあ、我々二人で最初に作った曲としては、こんな感じかなって……。——ぃや、なんせ初めてだったんで。ハルカさんと曲を作るのもだけど、元々僕って、曲は全部一人で作ってたんですよ、これまでずっと。だから、誰かと作るの自体、この時が初めてで……完全に手探りでやってましたね。——でもまぁ、お陰で、いい経験が出来たと……思って、はぃ、ます」


——確かに……言われてみれば、V-FANさんはそうですよね。

——これまでも、他のアーティストの方に楽曲提供はよくされてましたけど、誰かと合作というのは聞いたことがありませんでした。

——だからこそ、今回お二人がコラボアルバムを作成したというのは、ちまたでもすごく話題になっているというか……リスナーの皆さんも驚いているんじゃないかと。


ハルカ「そうですよね、話を持ちかけた私としても、まさかこんなにすんなり受けてもらえるとは思ってなかったです。——実際さ、どうしてなの?(笑)」

V-F「どうしてって……まぁ、僕としても、ずっと一人だけでやっていくのも、どうなんだって思いはあったんで……どっかで新しいことに挑戦していかないとなぁー、とは、まぁ、常々考えてたんで……。なんでまぁ、今回のお話は、僕としてもー、渡りに船だったなと、そう思った、っていうか……」

ハルカ「ふぅん……そうなんだ」

V-F「……まあ、相手がハルカさんだったから、ってのもありますけどね」

ハルカ「え、本当に?」

V-F「——まぁ、実際のところ、しょーもない相手とコラボとかしても意味ないと思ってるんで……。その点、ハルカさんにはコラボするだけの“魅力”が、僕としてもあると思ってたし。確かに、方向性としては全然違うんですよね、僕とハルカさんは。でもだからこそ、組み合わさった時に面白い化学反応が起きるんじゃないかとも思ったんで。それをまぁ、見てみたいなって思って。僕自身もそうだけど、僕と交わることで変化するハルカさんがどうなるのかも、気になったんで、ね……」

ハルカ「……曲の話ですよね?」

V-F「いやそりゃ、曲の——音楽の話ですよ……当たり前じゃあないっすか……」

ハルカ「(笑)」

V-F「分かってて言ってるでしょ……。——こういうとこあるんすよねぇ、この人……知らなかったっすよ、こんな人だと。実際に接するまでは」

ハルカ「まあね。私としても、実際に接してみたら、ヴィーくんの印象も随分変わったよ。——私、最初はもっと、生意気な感じだと思ってたから。“自分、天才なんで……曲作りとか、呼吸すんのと変わんないっすよ、別に”——みたいな?」

V-F「なんすか、それ……ひでぇ」

ハルカ「でも、実際に一緒に曲を作っていくと、すぐに分かったんですよね。——あ、この人、音楽に対して誰よりも真剣な人なんだな——って。基礎力というんでしょうか? それがね、本当にすごいんですよ。それこそ、私みたいに好き嫌いしないで、なんでも聴いてるんですよ。ジャンルや年代を問わず、あらゆる音楽を。でもその上で、自分の音楽というものをちゃんと確立しているから……ずるいですよね」

V-F「なんすか、ずるいって」

ハルカ「だってー、努力する天才とか、誰も勝てないじゃん……(笑)」


——なるほど、V-FANさんを指して“努力する天才”とは……言い得て妙ですね!


V-F「やめてくださいよ……(苦笑)」


——そんなV-FANさんでも、合作アルバムを作るのは初めてということですからね。

——ですが、お二人のお話ぶりを見ていると、今回が初めてとは思えないくらいに、かなり仲がいいように感じます。


V-F「え、そうっすか……?」

ハルカ「確かに……曲についてもそうですけど、人間としても意外と相性よかったのかもですね、私たち」


——そういえば、アルバムの話に戻りますが、二曲目は『TIME TRAVELER』という曲ですよね。あれ、この曲名は……。


V-F「あ、はい。これは逆に、僕がハルカさんの『タイムトラベラー』から受けた影響を曲にしたもの……って感じです、ね。はい」


——やっぱり、そうだったんですか。


V-F「ですです。一曲目のアレが、ハルカさん主体で僕がアシストする感じで作ったので、次は僕が主体で、ハルカさんがそれをアシストするって感じで……これを作りました」


——曲の内容としても、『タイムトラベラー』を意識しているんでしょうか。


V-F「まぁ、そうですね。というか、要は僕バージョンになってるわけです。今回はだから、僕の過去に、聞いた皆さんをタイムスリップさせるという——まぁ……そんな感じで————」


 

 ———

 ——

 —



 ◆——◆



 インタビューは、アルバムの曲の内容に移っていった。

 私はそれを読み進めていたけれど——この辺りで、なんだかムズムズして居ても立っても居られなくなったので、ダウンロードした【運命】のアルバムの再生を開始していた。

 ——だってもう、曲についての話を読んでたら、早く聴いてみたくてたまらなくなってきたんだもん!

 もう辛抱たまらん! やっぱりまずは聴く! 話はそれからだ!


 

 ♪〜

 

 ♪♪〜

 

 ♪♪♪〜


 ♪♪〜


 ♪〜

 


 ——全部聴き終わった……。


 ………………うぉぉぉぉぉ!!!


 最っっ高っっ——!!!


 だけど……だけどこんなの……私の知っているハルカ様じゃないっ?!

 これが——ハルカ様の新境地……ってコト!?


 ——やりやがったなV-FANヴィーファン!!


 一曲目からもう、ヤバい……!

 マジで、魔王軍が国境を破って進軍してきてたわ……!


 二曲目、これもヤバい……!

 私……過去の世界に行ってた、V-FANの言っていた過去に……!


 三曲目の『レゾンデートル』もヤバかったけど——いや、もう全曲ヤバいんだよ……!


 これが……これが、【運命】——!


 ——もてあそんできやがる! 私を……!


 V-FANヴィーファンめ……やりやがったな!?

 私の……私のハルカ様が……ヤツの色に染められている……?!

 ぐぬぬぬぬ!!

 ——でも……悔しいけど……そんなハルカ様も、素敵なんです……!!

 V-FANヴィーファンが、私の知らなかったハルカ様の魅力を……見つけだしやがった!


 認めてやるよ……V-FANヴィーファン

 最初はマジで、——なーにがV-FANヴィーファンだよ生意気な名前しやがって。てかお前なんか私のハルカ様とイチャイチャしてねぇ?? なにヴィーくんとか親しげに呼ばれてんだよ?! 気にいらねぇんだけどっ!?? ——って思ってたけど……。

 楽しんじゃったよ、確かに。全力で、この【運命】を。


 正直……認めちまったよ、お前の才能ってやつを。

 うっかり私も、アンタのファンになりそうなくらいに……。

 ——はっ、待てよ、それも含めてV-FANヴィーファン……なのかっ?!


 ——be fun楽しんで……be fanファンになる……ッ!


 コイツっ——! やっぱり生意気な名前だッ……!!



 ◇——◇



——では、アルバムのすべての曲についてのお話も聞けましたので……最後にお二人から、今回のアルバム制作を通して感じたことや、伝えたいことなどがありましたら、お聞かせいただければと思います。


V-F「まぁ、アルバムで伝えたいことについては、アルバムに全部込められてるので……なんで、ま、そっちを聴いてもらえれば、って、思いま、っす、ね」

ハルカ「うわー、ヴィーくんがまさに言いそうなコメント、それ(笑)」

V-F「マジなんなんすか……ハルカさぁん……」

ハルカ「でもまあ、私としても、アルバムで伝えたいことはすべて曲に込めたつもりなので、ここで語ることは無いですかね」


——あ、そうですか……そうですよね。


ハルカ「あ、でも、アルバム制作を通して感じたことについては、色々ありますよ」


——……というと?


ハルカ「なんて言うか……人って常に、周りの影響を受けているんだなぁって。——今回のアルバムの作成のきっかけになった出来事もそうですし。そういう影響をずっと受けてきて、そして、今の自分という存在がいるんですよね」


——やはり、ハルカさんにとっても、今回のアルバム制作は、ご自身にとって大きな影響があったということなんですね。


ハルカ「もちろんそうです。——でも、それは何も私に限ったことじゃなくて、すべての人がそうなんだって、改めて感じたというか……」


——すべての人、ですか。


ハルカ「なんていうか、私たちのようなアーティストは、特にその影響力が強いのだから、発信することに対して、やっぱりそれだけ大きな責任があると思うんです。——いえ、その、そんなにシリアスな話でもないんですけど。要は、せっかく影響を与えるなら、いい影響を与えたいなって」

V-F「僕はいい影響をもらえましたけどね」

ハルカ「そう? だったら良かった。——そう、私たち二人の間でも、影響を与え合っているんですよ。そして、そうやって影響を与え合って完成した今回のアルバムを聴いた人が、また私たちから影響を受けるわけです」


——なるほど。


ハルカ「もちろん、受ける影響のすべてがいいものではありませんよ? ——むしろ、悪い影響とかの方が多いかもしれません。でも私は、そういう悪い影響も含めて、すべての経験が自分の作品を生み出す糧になっていると思うんです。——実際、ヴィーくんも気に入ってると言ってくれた『タイムトラベラー』という、この曲だって……今だから明かしますけど、——実はこれ、私が大学生だった当時に付き合っていた恋人との別れの経験から書いた曲なんです」

V-F「え、マジで? あれって失恋の曲だったんすか?」

ハルカ「驚くよね? 曲調はすごく明るいからね。でもそれは、私が当時の失恋を振り切るために無理矢理にでも明るくしようと思って書いたから……なんだよね」

V-F「はぁぁー、——や、その話、めっちゃ興味深いっす」

ハルカ「結果的にそれで、——書いた自分でもいい曲だと思うし——そして、周りからも高い評価をもらえた『タイムトラベラー』という曲を作ることが出来たから……それで私は、あのつらい失恋の記憶を——これもいい経験だった、と——自分の中で“いいもの”に昇華できたと思うんだよね」

V-F「……そうかぁ、あの曲の根底にあるのは“そんな感情”なのか……。——あ、だからあそこは、ああなってるわけ? ……あー、分かったかもしれない」

ハルカ「えぇー? なんか分析されると恥ずかしいな……」

V-F「あー、ありがとぅございま、ぁす。なんか、新しい感覚が掴めたかもしれないで、ぇす。これ、すごぃぃ、助かりぃま、っす」


なにやらすごく興奮している様子のV-FANさん。


ハルカ「よく分からないけど……どういたしまして?」


——よく分かりませんが……これはV-FANさんの新たな活躍に期待、ということで……?


V-F「そ、ですね……ま、その内、……っすかね(笑)」


——それは……なによりですね!

——お二人が今回の共同制作を経て、新しい境地を開拓されるんだとしたら、私としてもこの上ない喜びですので(笑)。


ハルカ「そうですねー。——いやー、やっぱり、悪い影響を恐れていてはどうしようもないんですよね。むしろ、悪影響だろうが自分の糧にしていくぞってくらいの気概がないと……アーティストなんてやってられないですよね(笑)。だから、新しい環境とかにもどんどん飛び込んでいくべきだなって、今回改めて思いました。たとえ悪影響を受けるとしても、それを恐れずにチャレンジしていかないとな、って」

V-F「……え、ちょっと待ってください、それ、僕のこと、悪い影響扱いしてないっす……か?」

ハルカ「え? いや、いい意味でだから。いい意味での——」

V-F「——悪い影響?」

ハルカ「(笑)」

V-F「笑ってるし、この人……(笑)」



 ———

 ——

 —


 

 ◆——◆


 イチャイチャすんな、オイ!(怒)

 ——V-FANヴィーファン……このっ……!!


 ……でもそうか、そうだったのか。


 私もたぶん、ハルカ様の曲の中で一番好きな曲——『タイムトラベラー』。

 あれって、失恋の曲だったんだ……。

 ——しかも、大学生の当時、って。


 なんだか、すごい偶然。

 私がハルカ様の存在を知って曲を聴き始めたのも、大学生の頃だった。

 そして当時、私も恋人に振られて失意のどん底にいた……。

 でも、そんな私を救ってくれたのが他でもない、ハルカ様と、ハルカ様の歌う『タイムトラベラー』だった。


 あの曲はなぜか、私の心にすっと入ってきた。

 ——それはとても不思議な体験だった。

 だって当時の私は、世界そのものを呪うほどに酷い精神状態になっていて、何一つ楽しめない気分だった。

 音楽なんて……ましてや明るい曲なんて、絶対に聴こうと思わなかった。——それこそ、ふとした拍子にラブソングなんて耳に入ってきた日には、それだけで発狂しそうになっていたし。


 だけど、そんな私にも、『タイムトラベラー』という曲だけは特別だった。

 この曲は、死にたいくらいに辛い気持ちだった私に、そっと寄り添ってくれていた。

 そしてそっと、前を向くように背中を押してくれてもいた。

 直接的に励ますのではなく、ただ——そばにいるよ、君は一人じゃないよ、私には、君の気持ちが分かるから……って、私自身が立ち直る力を取り戻すまで、ずっとそばで優しく見守ってくれているような——この曲を聴くと、そんな気持ちになった。


 今になって、謎が解けた。

 私が——あれほど酷い状態だった私が、どうして『タイムトラベラー』だけは受け入れることができたのか。

 同じだったからだ……。

 私と、ハルカ様が——私たちは同じ気持ちで、同じ曲に向き合っていたんだ……。


 ああ、それは、それはなんて……——♡


 やっぱり私とハルカ様は、運命で繋がっていたんだ……!


 ……なんちゃって。

 でも私、今回のことで、より一層『タイムトラベラー』が好きになっちゃったなぁ……。


 まあでも……ついさっき初めて聴いた『TIME TRAVELER』の方も、すごく良かったけれどね。

 確かに、この曲にも『タイムトラベラー』に通じるところがある。

 でも一番の違いは、この曲はむしろ、手をグイグイ引っ張って先へと進ませようとしてくるっていうところ。

 それはやはり、“襲いかかってくる”という、ヤツの——V-FANヴィーファンの影響なんだろう。


 ……でも今の私には、むしろこちらの『TIME TRAVELER』の方が必要なのかもしれない。


 だって正直、今なら書けるような気がするんだもの。


 私は小説を書いている。

 まあ、アマチュア未満の、クソザコ作家でしかないけれどね。

 しかも最近は、現実で嫌なことが重なって、新しい文章を書く気力をほとほと失っていたところだった。


 本当に、ハルカ様の言う通り。

 周りから日々受けるのは、いい影響ばかりではない。むしろ、悪い影響ばっかり受けているような気がするし。

 過去を振り返っても、いいことばかりじゃなかったし。むしろ、消したい過去ばかりが目につく。


 でも……そうだよね。


 そういう悪い影響や、消したい過去ですら——それらすべてを糧にして、作品に昇華させるのが、アーティストってものだから。


 ——まあ、私はアーティストなんておこがましい、せいぜいがアマチュア未満のクソザコ物書きってところだけれど。


 だけど、そんな私でも、なんとか書いた作品で、誰かに少しでもいい影響を与えることができたなら——。

 うん、私はそれで満足だ。


 私は物語の力を信じている。


 物語を書くからこそ、私はつらい記憶も、消したい過去も、理不尽な現実も、未来への不安も——それらすべてを自分の糧にして、前に進んでいけるんだ。

 そんな私が、産みの苦しみを経てこの世に送り出した作品たちが、誰かの心に届いて、いい影響を与える——そんな未来を信じているからこそ……私は今日も生きられる。


 ……さて、それじゃ、私も私の作品に取り掛かるとしよう。


 ではっ、今日も今日とて書くぞ——ッ!


 

 「人外♂×騎士♂」のBL小説をなァ!!



 だってそれが私の性癖だから!


 オラッ! 届けこの想い!


 受け取れ世界——ッ!!


 

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