エピローグ番外編 バアル様エゴサする

~バアル様、エゴサする~




 サブダンジョン星屑の森がファーリスに敗北してから14日後。


 天高くそびえる巨大な塔。錆びついた迷宮ラストダンジョン「瓦礫の塔」の第1,000階層。名目上は最高指令室と名付けられているが実質的にはバアルの住居だった。


「フ……」


 連日の軍議に忙殺されているバアルだったが、今日の打ち合わせでどうにか算段がついた。情報室の連中は徹夜で情報収集と解析、および作戦立案を続けているがそれはそれ。仕事のことは部下に任せバアルは自室で別の仕事に取り掛かることにした。


 世界を手中におさめたバアルの仕事それは……。


「まずはエゴサーチだ」


 バアルは部屋の大きなソファにすわると管理システムを起動。すぐさま自身のダンスタグラム(インスタグラムのようなSNS)にアクセスした。


 先日アップした『サブダンジョンが敗北しました。魔王じゃなくなりました。いちダンジョンマスターとして出直しです』の投稿はバアルの予想通り炎上していた。


”魔王じゃなくなりましたね~”

"もっと露出してみたら?"

"この写真で何歳なの? 老けて見えるよ。"

"仕事辞めて私のもとに来たらどう?"

"こんなに綺麗なのに、魔王じゃないの?"

"結婚して子供産んだ方がいいよ。"

"いいなぁ、君みたいに自由な時間あったらいいなぁ。"

"その服、脱いだ方がよくない?"

"今日のメイク、失敗じゃない?"

"写真撮り直した方がいいよ。"

"魔王からの転落人生、どんな気持ち~ねえ"


「くそどもが……」


 バアルは毒づく。こいつらを俺のダンジョンにぶち込んでやりたいが、次元ネットワークの向こう側――異世界にいるユーザーを呼び出すことは難しい。


 それにこんな心無いコメントを書き残す者たちもバアルの収入源だ。


「フ……俺は狙って炎上させてるんだ。そうとも知らず騒ぐ哀れな愚衆……。まあまあポイントが入ったから良しとするか」


『最年少魔王バアルのサブダンジョン、新人に敗れる』

『バアル、魔王陥落』


 このニュースは世界制覇を成し遂げたとき以上の話題となり、過去最高のアクセス数と過去最高の“いいね”、ついでに過去最高の心無いコメントとともに過去最高のダンジョンポイントを獲得したのだった(ダンスタはいいね数に応じてポイントが獲得できる)。


「ふん……魔王の肩書きなぞ金にならんものどうでもいい。大切なのは“魔王になった”という事実であり現在進行形で魔王であることに特に価値はないのだ。愚衆どもにはわからんだろうが……」


 と呟いてから、ダンスタの検索欄に“ファーリス”と入力する。


「ファーリスのやつは……なにもアップしてないな……なぜ絶対にバズるこのタイミングで写真を投稿しない……?」


 ファーリスは宣戦布告のメッセージを送って以来、いっさいダンスタを利用していないようだった。いくつものカーソルが飛び回る意味不明のトップページには“ファーリス”の名前が表示されるのみ。きっとファーリスはSNSに興味がないのだろう。


 見た目は悪くないのにもったいないな。


 とバアルは残念に思った。


 写真こそ投稿していないがファーリスのアカウントのフォロワーはすでに50,000を超えている。バアルに勝ったダンジョンマスターとして認知されている。このタイミングで写真を投稿すればバアルのアンチを取り込んでもっとファンを増やすことができるはずだ。


 その後、バアルとのバチバチコラボ投稿を行えば、バアルとファーリス共にバズることが出来る予感がする。ポイント獲得のチャンスだが相手にやる気がないのではどうしょうもない。


「あいつは本当にダメだ」


 今がチャンスだというのに。ファーリスの部下の中ににSNSに詳しい者はいないのか!? 


 まさか俺が教えてやるわけにもいかないしな。


 と、そこまで考えてバアルは違和感を覚えた。


 なんで俺は、ファーリスのことを気にかけている? バアルは自分の思考がおかしな方へ向かっていることを自覚した。


 ファーリスのせいでベームベームとリコリス、フルートをはじめとする多くの部下を喪った。ファーリスに敗れたクミホはケガが完治した今も精神的なショックで部屋から出ることが出来ていない。


 大切な仲間たちをこのような目に遭わせたファーリスに対する怒りを忘れるな。


 怒りを忘れるな。怒りを忘れるな。怒りを忘れるな。何度も自分に言い聞かせる。


 しかし……今のバアルは何度言い聞かせてもファーリスに対する怒りを維持することが出来ないのだった。


「くそ……っ」


 長く生きすぎた弊害か。生き死にに触れすぎたからか。それとも魔王になるという目標を達成してしまったからだろうか。とにかくバアルは変わってしまった。


“お前燃え尽きちゃったのか?”


 ファーリスの言葉が頭を過る。今のバアルの関心は、ポイントを如何に稼ぐか、如何にダンスタでバズるかで占められている。最優先で対処すべき“ファーリスのダンジョン”や未だ現れぬ“勇者”のことを考えることが出来なくなっている。


 あらゆることがどうでも良くなっている。


 怒りを忘れるな。怒りを忘れるな。


 言い聞かせなければ、自分自身を維持することが出来ない。自分の中の大切な何かが抜け落ちてしまったのか。


「次はダンジョンのアクセス数を確認するか」


 バアルはこの世界に多くのダンジョンを創造した。瓦礫の塔、三大迷宮が代表作だが、そのほかにも1,000を超えるダンジョンが各地に点在している。ダンジョンマスターはダンジョン攻略者の生命を奪うことでダンジョンポイントを獲得する。ポイント獲得の効率はダンスタグラムでいいねを稼ぐよりもはるかに高い。ダンジョンマスターの本業だった。


 アクセス数を見る。当然のように瓦礫の塔、三大迷宮といったメジャーなダンジョンのアクセスはゼロ。当然だ。世界のほとんどを手に入れバアルのダンジョンを攻略しようとする者はいなくなっている。検討に検討を重ねて創り出したダンジョンを攻略する者がいない……こんな虚しいことはない。


「ファーリスが育てば……フ……バカバカしい」


 とひとりごちバアルは自嘲した。


 管理システムを操作し、酒とグラスを購入する。光と共に現れた酒をグラスになみなみと注ぎ、それを一気に飲み干した。







 三日後。


「バアル様! 大変です! ファーリスどもが!」


 情報室を訪れるなりバアルの耳朶を騒々しい声が襲った。


「どうした?」


 バアルか表情を変えずに言うと、


「ファーリスたちがダンスタに写真を投稿しました!」

「なんだと!?」


 バアルの顔に緊張が走る。


「こちらをご覧ください」


 共有ディスプレイには、長い髪とすさまじく整った顔の女性(男性?)がウィンクをして笑っている写真が写っていた。間違いないファーリスの顔だ。前に会った時は喪服のような黒いワンピースを着ていたが今回は黒いメイド服を着ている。相変わらず胸はない。


「他の写真はあるのか!?」


「はい! メイドの格好をした女と向かい合って見つめながら掌を合わせる写真、セーラー服の三人の女と一緒にハートマークを作る写真などが投稿されています」


「誰だ! そいつらは!」


「ポイント管理ヘルプシステム、焔、小夜、アスタリッテ……われわれが“四天王”と呼んでいる敵の主力モンスターどもです!」


「いいねは……いいねはどうなんだ!?」


「1枚あたり80Mを獲得しています! フォロワー数は100Mを超えました! バアル様のフォロワー数に並ぶ勢いです!」


「くそ……っ」


 ファーリスめやるな……。バアルは苦々しく口元を歪めながらも、その目元は優しげな光を湛えていた。


 これでこそだ。これでこそサブ垢でこっそりメッセージを送った甲斐があったというもの!


「しかし……何で文章が全部文字化けしているのだ?」

「わかりません! もしかすると何かの暗号かもしれません!」

「よし解読を急げ!」

「はっ!」


 そう言うとバアルは部屋から出ていこうとする。


「バアル様どちらへ!?」

「決まっているだろう! 十二神将たちと新しい写真を撮ってくるのだ!」


「ファーリスのダンスタに複数のアカウントからクソリプを残しましょうか?」


「バカ者! アカウントをBANされたらどうする! ファーリスのダンスタには手出し無用だ!」


「はっ!」


「それからクミホにもファーリスの写真を見せてやれ! あいつが立ち直るきっかけになるかもしれん!」


「はっ!」


「ただしあいつのトラウマに触れるかもしれんから無理に見せるなよ! 会話の流れでクミホの方から見せてくれと言うように仕向けるのだ!」


 テキパキと指示をするとバアルは情報室を出た。


 どんな写真を撮ろうか。面白くなってきた。


 バアルの目には在りし日のギラギラした光が灯っていた。




********



 これで予定していたエピローグと番外編はとりあえず全部上げました。ここまで読んでくださりありがとうございます。他に思いついたらまた書きたいと思います。


 第二部の構想もないことはないので、もしかするといつの間にか連載中に戻っているかもしれません。その時はまた読んでいただけると嬉しいです。

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バグったダンジョンと魔王の世界 わらわら @highchine_haiba

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