第10話 絵瑠

「――はっ?!」

「えへ」


 何が起こったのか、理解が追いつかなかった。

 

「ささっ後が詰まってるから出よ」


 手を引かれるまま横のエリアへと向かい、先ほど撮った写真の落書きタイムが始まる。


 俺自身としては、俺と桐冬さんの疑惑の写真の真偽をハッキリさせたかったが、扱いがよくわからないのがなんとも恥ずかしい。


 桐冬さんに関しては手馴れた様子で落書きを行っている。

 なんとか盗み見ようとするが、「春はまだ見ちゃだめ!」と手で視界を遮られてしまう。

 

 現像されるまでの待ち時間俺らの間に会話はなかった。


 ただ、時より桐冬さんの顔色を伺おうとすると目が合って逸らす。そんなやり取りを三度四度繰り返していると。すとんという音と一緒に現像されたプリクラが落ちてくる。


 桐冬さんはカバンから小さいはさみを取り出し半分に切り取り、片方を俺へと渡す。


「後で、プリの写真送るからLIEN交換しよ」

「う、うん」


 ぎこちない様子でQRコードを見せる。

 すぐに登録され、俺の連絡先に新たな女友達が追加されることとなった。


 それから俺らはゲームセンターを後にして、近くのファミレスまでやってくる。

 ゲーセンを出るころには気まずいムードも幾分かなくなっており、普通に他愛もない会話をすることができた。


 席に着き、メニューの中から俺はオムライスとドリンクバーのセットを、桐冬さんはトマトクリームパスタとドリンクバーのセットを注文し、それぞれの飲み物を手に席へと戻ってくる。


 お互い向き合っていると、どうしても視線は唇へと吸い寄せられる。


 ストローでちうちうと飲み物を吸っているその唇が先ほど自分の頬に……と考えてしまいいまいち話に集中できない。

 

「ね~話聞いてる?」

「ご、ごめん」

「あのさ、うちだってじっと見つめられると恥ずかしいんだからね」

「悪い」

「まあ、春だからいいんだけどね」


 ずっと疑問だったことがある。何で彼女はそこまで俺を気にかけているのか。

 正直な話、自分は飛びぬけた何かがあるような人間だとは思わない。


 桐冬さんからしてみればただ同じ学年で同じクラスの、一生徒。

 それにプラスアルファ付け加えるとするのならば、彼女が仲のいい美鈴の幼馴染。


 いくら美鈴の幼馴染だからといったって所詮は友達の幼馴染ってだけで彼女にとってまったく関係のない立ち位置だ。

 それなのにあんな……ことまでして……。

 

「あのさ、桐冬さんはどうしてそんなに俺のことを気にかけてくれるの?」


 疑問を、俺は彼女に投げかけた。


 誰にでもなんてあんなことはしないだろう。そんなことを考えてしまうとどうしても意識してしまいそうで。いつかの美鈴のときのように勘違いのまま突っ走ってしまう可能性がある。


「気にかけてるというか、気になっているというか……。今ここで答えるのも恥ずかしいけれど」

「でも、正直俺には桐冬さんに気になって貰えるほどの何かがあるような気がしない」

「少し、言語化するだけの時間をうちにくれないかな」

「うん。俺もごめんこんなところで聞いちゃって。デリカシーがなかった」

「気にしないで、春の疑問も最もだと思う」


 再び静寂が流れる。


 幸いだったのは、ファミレスということもあって周りが少しだけ騒がしいのが二人の間に流れる微妙な雰囲気を多少和らげてくれていることだろうか。


 料理がきても、料理を食べ終わるまでもその回答が彼女の口から出ることはなかった。



 すっかり暗くなった空が俺らを出迎える。


 夜といえど生暖かい風が吹いていて、少し心地いい。

 俺も桐冬さんも帰り道が同じなこともあり、会話がないまま俺は家までの道を、彼女はJRまでの道をただ歩いている。


 もう少し歩けばJRの停車駅というあたりまで歩いてきたところで少しだけ後ろを歩いていた桐冬さんの影が止まる。


「ね、少しだけ公園に寄ってもいい?」

「わかったよ」

 

 俺はそのまま、近くの公園へと向かう。

 入ったのは大きい公園ってわけでもなくベンチとテーブルと、砂場とひとつだけ滑り台がある程度の小さい公園。


 だけど時間も時間なせいか、人っ子一人いない。

 それにここのあたりはだいぶ車通りも少ないせいか比較的静かだった。


「あのさ、さっきの答えじゃないけれど、私の気持ち伝えてもいい?」

「うん、ありがとう」


 一つすうと息を吸って、視線をこちらへと向ける。

 その緊張したような彼女の表情を見ると、こちらまで緊張してくる。

 

「まずね、一番春が気になっているであろうことから回答させてもらえればと思うんだけど、うちは春のことを一人の異性として好きだって思ってる」


 思いがけない告白に、脈打つスピードがどんどん速くなるのがわかる。

 こんな静かな場所だ。心臓の音が桐冬さんまで届いてるんじゃないだろうか。


「好きになった理由はしっかりとあるんだけど、今はそれは秘密にさせてほしいんだ。でもいずれちゃんと話すから。それは待っててほしい」

「そっか、わかったよ」

「確かに春は、自分から目立ちに行くタイプでもないだろうし、飛びぬけてカリスマがあるわけじゃないと思う。でもね、他の人がきっと見逃しちゃうような、見ない振りするようなことに対して行動ができると思うんだ。それが私にとって春を好きになった理由」

「なんかいい部分だけじゃなくて少し貶された気がするんだが?!」

「褒めてるよちゃんと」

「それならいいんだけど腑に落ちない」

「私はそんな春の優しさに救われたから」


 最後の言葉は俺に聞かせるつもりのない言葉だったのかもしれないが、しっかりと俺まで届いた。


「だからね、春。うちは、春が好き。美鈴じゃなくてうちを選んでよ春っ」


 彼女の必死な言葉が俺の心を打つ。


 正直に言うのであれば、こんなチャンス二度とない。

 だって、俺に対し好きといってくれているのは、あの桐冬絵瑠だ。


 学校内で彼女と比肩ひけんしうるのなんて美鈴くらいだ。

 そんな彼女が俺のことが好き? そんなことあってもいいのか?

 

 ぐるぐると思考が巡る。

 答えを、言葉を用意するのに時間がかかる。


「ごめん、春。答えは今じゃなくていいよ」

「それは桐冬さんに申し訳ないよ」

「でも、顔を見てれば色々わかったからまずはそれが見れただけでもよかったって思う」

「……わかった。しっかりと答え用意しておく」

「じゃあ、罪悪感なくなるように私から一つお願い」

「うん。何でも聞く」

「なんでもか~それなら私と付き合って?」

「い、いや! それは」

「うそうそ冗談。えっとね、私のこと名前で呼んで」

「名前……、う、うん……わかった」


 ふう、と今度は俺が一息つく。


「え、絵瑠」

「うん。春!」


 ちゅっと、今度は頬じゃなく、唇と唇。


 彼女のふわっとした匂いも、彼女から感じられる温かみも、にゅるっと吸い付くような唇のすべてに対して、身を委ねてもいい、そう感じてしまう自分がいた。



――――――――


お久しぶりですみません。

更新が遅くなった理由に関しては近況ノートに記載しますが、

お待たせしましたことお詫び申し上げます。

ぜひ、今後もよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺が好きな彼女と俺を好きな彼女が争っています。 音ノ葉奏 @otonoha6829

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ