6話 旭山高校陸上部
放課後になった瞬間、
「はい、行くよ! はやはや!」
「ほ、本当に来てくれるんだね!
「あの……逃げないからその手つきやめようか」
観念したようにカバンを背負って、引き攣った顔で立ち上がる千奔。2人とも無意識に不審者の如く指をくねくねさせて千奔の前に突き出していたらしい。
同時のタイミングで急に恥ずかしくなって手を背中に回す。
3人で廊下を出て、歩き出したくらいで千奔が切り出す。
「てゆうか、コーチとしてって言うけど、勝手に部活にそういう形で参加していいのかな?」
「ちゃんと先生と部長まで言ってあります! オッケーもらいました!」
「アスカン仕事はやはやじゃーん」
「それやめろ」
言われても悪びれずにニヤーっと笑う翔華。
「それに2人とも喜んでたよ。速水くんがどういう形でも陸上部に関わろうとしてくれたの」
「お世辞は良いって」
熱を持って伝えてくれた明日香に対し、千奔はせせら笑うように反応した。
「そんな、お世辞なんかじゃ」
「……え?」
困った声が聞こえた瞬間だろうか、千奔の首根っこを翔華がいきなり掴んだ。
「
「個人的にもっと自分のコーチには夢と希望に満ち溢れて欲しいんだけどー? マイナスな事言わなーい、全力でポジってもらわないと」
「…………」
言われて千奔が目を丸くする。何の言葉も返さない翔華も、同じように目を丸くしてしまった。
「ど、どした?」
「あ、いや、ポジるって……FXかよって思っただけ……」
「いやツッコミの切れ味わるっ」
そう言われても何事もなくスタスタと歩き出す千奔に、翔華も明日香も目を合わせて首を傾げた。
2人をよそに、千奔は雑念を振り払うように髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き分けていた。
部室棟で着替えてグラウンドに集合する学校の指定ジャージの千奔と、スポーツウェアの翔華。
「着替えたんだ。はやはや」
「まぁ、跳び方教えないにせよ。制服でずっといるのは何かと不都合だろうしね」
「速水ィ!!」
声のする方に2人目を向けると、ジャージの上からでも筋骨隆々なのが分かる、185㎝くらいの男が立っていた。
「キャプテン、すみません。こんな形で陸上部に戻ってきて」
「いやいや! 初心者に教えてくれる人手があるのは大分ありがたい! ありがとなぁ速水」
「うっす」
背中をバンバンと叩かれて浮かない顔になった千奔を見て、翔華は相性悪そうな2人だなと悟る。
そんな向けられた視線に気づき、快活な声を再び放つ。
「君が新しく入ってくれる1年か!」
「はい!
普通に元気の良い真面目な挨拶だったので、千奔は目と耳を疑った。
どうやら、翔華は歳上や目上の人間にはちゃんと敬意を払って接するようだった。
中学でもある程度体育会系の上下関係を叩き込まれてるのが、雰囲気から伝わる。
「おぉー! そうか! よろしく鷲野! 俺は2年のキャプテン、
「しんキャプテンって……何か真のキャプテンみたいな意味みたいでカッコいいですね!」
翔華がキラキラとした笑顔で返すと、真は何度か目をぱちくりと瞬かせてから、めちゃめちゃ嬉しそうに破顔する。
「うおぉ! そんな素晴らしい返しをしてくれる後輩女子は初めてだァ!! 俺が真キャプテンとしてこの部活を絶対に残してみせるからなぁ!!」
「あたしも力をつけてバンバン勝てる選手になるんでよろしくおねがいしゃーっす!」
しっかりと頭を下げる翔華を見て、うんうん涙を流して頷く真と、反対に歳上の先輩ウケが良いタイプとして、謎に苛ついてしまう千奔。
上下関係がしっかりしている部活ほど、このスキルが大事だったりする。千奔は生憎持っていないが。
「ちわす」
「お疲れー」
「おぉ、
「ちわっす! 今日から陸上部に入った鷲野です! よろしくおねがいしゃーす!」
真に挨拶を返された2人、片方の女子は無気力そうに少しだぼっとしたジャージを着ていて、もう片方は背が低いが、ニコニコと愛想の良さそうな男子だった。
2人ともの視線を受けた瞬間に、再びはっきりと挨拶をする翔華。
「
「よろしくー、俺、中距離やってる
温かく受け入れられた翔華を見て、ホッとするのと同時に自分の時はこうじゃなかったと謎な対抗心が芽生える千奔。
翔華に対してジトーっと視線を向けるが、本人は全く気にせず、千奔に問いかける。
「アスカン陸上部4人って言ってたけど、皆さんとアスカン入れて4人ってこと?」
「いや、選手はもう1
千奔がきょろきょろと辺りを見回すが、聞こえていた真が、言いづらそうにらしく無い落ちた声で告げる。
「あー、そのな。黒木は辞めた」
「え……そうなんですか……まぁ、俺が言えた義理は無いですけど、残念です」
千奔が聞いて少しショックを受けたような顔をする。表情を作ったり嘘をつけない彼にとってそれが本意であることが見えた。
「心が折れた……と言ってな。色々理由も重なって」
「真との喧嘩が決定打だと思うけどね」
「ぐっ……面目ない」
ボソッと呟いた郁の言葉が、しっかりと刺さったのか、若干気を落とした様子の真。
だが、そんな少し暗めの空気の中走って来る女子。
「お,遅くなりましたぁ」
「遅いぞ
「ご、ごめんなさい。先生がいなくて練習メニュー確認に手間取っちゃって」
誤魔化すように叱責する真。
それに対して、手に持っている一枚の紙を、みんなの前に伸ばしながら明日香が言うと、郁が少しうんざり気味に口にする。
「別にユカセンいなくても、私たちでメニュー決めりゃーよくない? どうせ次の大会で終わりだし、あと2週間で負荷メニューもクソも無いでしょ」
「三浦、やめろ。折角1年の新入部員が入ってくれる事になったんだ。また教頭に掛け合ってみれば来年も続けられるかもしれないだろう」
「それで、この子だけ残して私達だけ引退する方が無責任な気がするけど。じゃ、jog(ジョグ)行くわ」
「おい、三浦!」
真の声も聞き入れずにグラウンドの外周に走り出してしまう郁。
制することの出来なかった真は、翔華に申し訳なさそうに声をかける。
「ごめんな、鷲野。入ってくれて早々嫌な気分にさせてしまった」
「いえ、あたし全然気にしないです。そっか。1年はあたしとはやはやだけなんですね」
「この空気で俺をカウントするな……」
自然に言い放った翔華に、思わず口の端が引き攣る千奔。
「ねぇ、はやはや、もっと同級生誘えないかな? 部活強制じゃないなら、帰宅部もそれなりにいるはずだし」
「この時期から? 4月から勧誘してる委員長でさえ成果が無いのに無理だよ」
千奔が冷静に、熱もなくツッコミを入れると、翔華の顔が黒く笑んだ。
「はやはやぁ?」
「あ、はい、ポジティブポジティブ。はい、練習行こう」
「こいつ悪びれもしねぇ」
現状が厳しい事は翔華も分かった。だが、やると決めた事に迷いはない。
袖を捲り、ヨシっと十二分に自身に気合いを入れていた。
Silver Collector Run ~永遠の二番手~ TOMOHIRO @tomohiro56
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