第28話 声出しの話
教室に入ったら、クラスのみんなが浮足立っていた。いや、いつもテーマを決めずに騒がしい気はするけど、今日はクラス全体が1つのテーマで団結していて、いつもと違う騒がしさだ。
「文化祭で何をやるか、って話なんだけどさ」
「うん」
「劇と店番だったら、どっちがいい?」
「いや、どっちも嫌なんだけど……」
私の高校では、1年で大きい行事がおもに3つある。まず春、5月にやるのが体育祭。今年はもう過ぎちゃったから、体育が得意じゃない私は正直ラッキー。
そして次が、ここ、文化祭。周りの学校とかと大して変わらない、劇をやったり模擬店をやったり、あとは部活とかで出し物があったり。
あと3つ目は年越しをしてから、修学旅行があるよ。
そしてクラスごと、何かしら出し物をしなきゃいけないんだけど、その中で基本的には劇か模擬店かのどっちかをやることになる。一応模擬店の代わりに展示をやるのもありらしいんだけど、展示の許可はかなり厳しいから、積極的に狙うクラスは少ないんだって。
まぁ何を心配してるかっていうと、人と会話をしなきゃいけない環境とかたくさんの人に見られる環境は嫌だな、ってこと。
劇だとしたら絶対に裏方で、店番だったら――それはお客さんの少なそうな部活動に入ってなかった自分を恨むしかないからできる限り人がいなさそうな時間帯で……。いっそ、今から部活に入ろうかな……。
なんて話してたのは登校してすぐの話。ここで話した通りに事が運べばいいんだけど、ちゃんと役割を決めるのは朝のホームルーム。クラスメイトが全員集まる中、裏方がいいと手をあげるだけで注目を浴びる気がして戦々恐々中。
「えーと、じゃあまず何がいいかの案がある人~」
ぽつぽつと手が上がって、案が黒板に書き込まれる。まぁ、定番のお化け屋敷とかメイドカフェとか。劇だとシンデレラが挙がっていた。
「じゃー、もうなさそうなので多数決取りまーす」
アイデアは出尽くしたようで、雑に多数決に移行した。裏方になれるからメイドカフェか劇がいいなぁ。そう思って、私は劇の方に手をあげた。私の知ってる人たちはみんなお化け屋敷を選んでたけど。
謎の男子人気の結果、劇のシンデレラになった。誰がシンデレラの相手役をやるかで今男子は喧嘩勃発中らしい。
私は裏方がいい……なぁ……なぁ。
裏方を誰にするかって聞かれた時に手をあげようとしたら、沢山の文化部員が手をあげて、私の存在がかき消される。
文化部の人は部活の方の出し物もあるから、あまり練習がある演者になりたくないみたいだけど。あれ、これもしかして詰んでる?
「はぁ、よりにもよってなんでセリフが多い役を……」
「次はもっと自己主張したほうがいいかもね~」
「慰めてるのか嬉しいのかどっちなのさ」
「どっちかなら、どっちもかな」
流されに流された結果、よりにもよって魔法使いになってしまった。セリフは多いし、ミュージカル的な脚本だから歌うシーンもあるし。シンデレラ役の橘さんと出番がかぶることが多いのはちょっと気が楽だけど。
今は教室の片隅を借りて、役者陣でまとまって発声練習中。少し遠くで本田さんが衣装づくりの採寸をしてるのが見えてちょっと羨ましい。正直今からでも変わってほしい。
合唱部の人たちが声を出して、それに続いて声を出す。けど、周りに比べて二回りほど声が小さいから怒られてばかり。
「高田さ~ん、もっと声出して~。お腹から~」
突然お腹を触られる。何気ないボディタッチに声が上ずって、いい感じだと思ってたのが止まってしまった。
それにちゃんと気づいているのか、
「それじゃ、いったん休憩~。10分までね~」
ちょうどいいタイミングで休憩の合図。いや、ボディタッチをしてきておいてそれされてもって感じだけどね。
「はぁ~」
「さすがに疲れたね、葵ちゃん」
休憩の合図が聞こえた瞬間肩から力が抜けて、弱気な息が漏れる。橘さんは疲れたね~、って話を合わせてくれてるけど、私より明らかに息は上がってないから多分まだまだ余裕そうな感じだ。
「本当にちゃんとできるのかなぁ」
「今から弱気になってちゃ良くないよ。葵ちゃんはできる!」
あまりに投げやりな応援に、呆れて苦笑い。そしたら周りからちょっと変な感じで見られてて。
私に目線を向けていた合唱部の子に、疑問をぶつけてみる。
「……私、なんか変なことしちゃった?」
「高田さんって、橘さんと仲がいいんだよね?」
「うん、そうだけど」
「なんか、こんな顔も見せるんだな~、って」
私、どんな変な顔してたの!? 鏡がないからわからないけど、もしにまにましたりしてたらどうしよう。
「まぁ、葵ちゃんは私にぞっこんだし?」
「ちょっと、ぞっこんって……」
「な~んだ~。確かに橘さんだけ高田さんを名前呼びしてるしね~」
大団円みたいにまとまってるけど、私の中ではそんなことないからね!? 勝手にぞっこんなんて言われたらあらぬ誤解を受けるから。あとで叱っておかないと。
ただ、こうやって喋ったらちょっと緊張も解けた気がする。そして休憩の後、声が少し良く出た気がした。
いつか君に好きって歌えたら なし @NashiSan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。いつか君に好きって歌えたらの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます