第27話 私のお部屋の話
何を思うことがあったのか、橘さんが唐突に家に来たいと言ってきた。
「だって自由になったんだも~ん。それに、葵ちゃんのお母さんにもあいさつしなきゃでしょ?」
ちょっと前までそんなこと言わなかったのに。
「で、本当のところは?」
「うそは言ってませ~ん」
だそうで。これ以上深く探ると怒られそうなので、諦めることにした。
お母さんにメッセージを送ったら仕事を早く切り上げてでも行く、なんて言われちゃってどうするべきか悩みつつ。
でも何日も早く帰ってこられても私が困っちゃうしお母さんの仕事先にも迷惑をかけそうなので。橘さんを連れていくことにした。
「そういえば、葵ちゃんの家に行くの久しぶりだね」
「学校から行くのも何気に初めてだしね」
「そうだね~、なんか嬉しい」
「そういえばお母さん、仕事頑張って終わらせて来るって」
「そっかー、なんか申し訳ないね」
「そんなことないよ。むしろタイミング合わないとずっと家にいそうだし」
そんなことを喋りながら歩いていればあっという間に私の家に着いてしまう。楽しいと普段は長く感じる時間すらあっという間だ。
「ただいまー」
「おじゃまします」
いつも通り誰もいない家にあいさつをしたと思ったら。
「おかえり~」
想定していなかった声が聞こえて、橘さんの前なのにリビングまで走ってしまう。
「ちょっと、お母さん!? いつの間に帰ってきてたの!?」
「そんなに驚かなくたっていいじゃない。仕事を早く切り上げてきただけよ」
「それにしたって早すぎだと思うけど……」
「まーまー、で。隣の子が橘さんね」
「初めまして」
「ずいぶんかわいい子じゃない。どうやってたぶらかしたのよ」
そうこっそりとお母さんが耳打ちしてくる。
「たぶらかしたってそんな……」
あまりに失礼な会話すぎる。こっそりと橘さんの方を見たら苦笑いしていて、変な誤解をされている気がすごいする。
「とにかく、澪ちゃ……橘さんとはそういう関係じゃないから!」
『そうなの?』
なんでかお母さんと橘さんの声がハモって、爆笑。いつの間に私よりお母さんと打ち解けているかもしれない。
そのせいか、お母さんはいつの間に橘さんを口説いているようで。変なことを吹き込まれる前に、渋々な気持ちを抑えながら私の部屋へ引っ張っていった。
「何気に部屋に入るのも初めてだよね」
「だって面白いものもないし……」
こんな白無地の壁紙な部屋が面白いわけがない。別に漫画がいっぱい置いてあるわけでも、ゲームとかが置いてあるわけでもない。
それを見て、橘さんは言葉を失っている。さすがにここまで無趣味な部屋も珍しいのだろう。
「……葵ちゃん、普段何してるの?」
当然の疑問ではある。でもさすがにベッドでゴロゴロスマホ見てるだけですなんて言えないしなぁ。
とはいえごまかすアイデアを考えるには何もなさすぎて、いいアイデアも出ず。ただ目線を逸らした。
「さては何もしてないな~?」
私を見て呆れるように見つめてくる視線が痛い。
「そうね、葵はもう少し何かしたほうがいいわね~」
「ちょっと、お母さん!?」
お母さんがお盆にお菓子とジュースを持ってやってきた。視線が別の方向を向いたことに安心しつつ、話を盗み聞きしていたことに怒りを覚える。
「もー、盗み聞きしないでよ」
「だって楽しそうに会話してるところで、どうやって入るか悩んでたのよ」
「それはそうかもだけどさ~」
こうやって会話していると、お母さんが親バカな気がしてくる。
「とりあえずトランプしかなかったけど置いてくわね」
トランプだけ置いて行かれても正直困るけど、何もないよりましだ。ジュースのコップを手渡して、さて何をしようなんて話しかける。
「うーん、ババ抜きとか?」
「そうだね」
何もすることがないから、二人でやるとしても楽しそうに思えた。
「……さすがに二人だと、味気ないね」
「……そうだね」
「ジジ抜きのほうがよかったかな」
味気ないゲームを1戦やれば、妙な落ち着きだけが残って会話もぎこちなくなる。
こんなはずじゃなかったのになぁ。
「ま。葵ちゃんのお母さんに挨拶もできたし、今日は帰るかな」
「なんか何もなくてごめんね~」
「いいよいいよ。もともとは喋るだけの仲だったんだし」
なんか気を使わせてる気がして申し訳ないな。
「今度は、私の部屋にも……」
「ん? 何か言った?」
「なんでもないよ!」
そう顔を赤らめて隠す橘さん。大体何を言ったか聞こえてるし想像もつくなんて、今は言わないほうがいいかな。
せっかくだし送っていきなさい、なんてお母さんに言われて一緒に駅まで歩くことに。
別にいいよって橘さんは言っていたけど、お母さんはそこまで見越してか買い物を頼んできたのでしょうがないのだ。
「私も何か始めようかな」
「いいじゃん、何するの?」
「といっても何するかは大体決まっててさ。楽器やろうかなって」
「楽器っていうと……ギターとか?」
「そうそう」
「ギターかー。葵ちゃんに似合いそう」
そう橘さんが笑ったあたりでちょうど駅に着いてしまった。会話の物足りなさを感じて、こうしてみると普段ずっと喋っていたんだな、って思う。
橘さんの背中が見えなくなった後、寂しさを感じながらスーパーの方向を向いてのんびりと歩き出した。
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