むっちりは世界を救う
真朱マロ
第1話 むっちりは世界を救う
あたしは今日も食べている。
お腹がたぷたぷになっても気にせずに、ゆっくりモグモグ咀嚼する。
山盛りのパスタに、どっしり分厚いステーキ。
背油を散らした濃いスープ麺に、風味多彩なスパイス煮込みも湯気を立てている。
グツグツ煮立ったオリーブオイルと海鮮たっぷりのアヒージョも最高だから、パンのお代わりをちょうだい。
フワフワやわらかなケーキに、サクサク歯ごたえの良いクッキーに、喉越しひんやりのアイスクリーム。
ズッシリ重いパウンドケーキに、生クリームをたっぷりつめたシュークリーム。
くどいぐらい甘くてバターの香るスイーツはあたしの味方。
固形物ばかりじゃ駄目だよね。
咳き込む前にじっくり喉を潤わさなきゃ。
甘いジュースに、ほっこりする甘酒に、アイスを乗せたカフェラテも飲み放題
目の前の食事を片付けて、はふぅと深い息を吐く。
うん。異世界なのに、馴染みある食事で良かった。
そうじゃなければ世界を救う前に、あたし、きっと心が折れていたと思う。
本当に本当に、美味しいご飯がある異世界に召喚されて良かった。
特に、米があるとか、ラーメンがあるとか、カレーのスパイスも流通してるとか、最高の異世界だ。
食後のミルクセーキを飲みながら、あたしは回想する。
あの日、就職を期に実家から引っ越しばかりだった。
安っぽい小さなアパートでも、念願の一人暮らしで一国一城の主の気分だった。
とりあえず必要最低限の日用品をそろえ、図書館で限界ギリギリまで料理の本を借りた。
初心者向けから専門チックな難しそうな本まで、食事からデザートまで作り方が出ている料理百科まですべて網羅して、持ち帰れる限界まで借りた。
紙本の良いところは、写真で名前すら知らない料理でも、視覚で選べるところだろう。
出来上がりの写真で選んで、名前がわかれば、料理動画を検索できるしね!
待ってろよ、名も知らぬご馳走さんたち!
ぽっちゃりをなめんな、料理経験はなくとも、欲望には素直に生きるのだ。
初出勤のその日まで、好きなものを好きなだけ作って食べるその幸福に、足の先から頭のてっぺんまでズブズブに浸かるぞぉーと、あたしは燃えていた。
肩にかけたバッグの重さに、紙の本って重すぎやろ! と思いながらアパートに帰りつき、扉を開けた途端、あら不思議。
足元にキラキラ光る複雑な文様で出来た丸い円が現れ、吸い込まれてしまったのだ。
気が付いたら、お城の広間のような場所にいた。
キラキラした光と円は消えたけれど、やたらキラキラしたお兄さんやイケオジに囲まれていた。
知ってるよ、あたし。これ、異世界転移ってやつだ。
小説にはまったく興味がないからあたしは読んでないけど、弟が好きでズラズラといろんな転移や召喚バージョンを頼んでないのに語ってくれたから知識だけは豊富なのだ。
どのパターンなんだろう? と恐々イケメン集団を観察して、その表情が友好的なのでホッとする。
やっぱりね、辛い目や痛い目に合うのは嫌だもの。
なんてことを考えているうちに、王冠をかぶったイケオジがあたしの前で片膝をついた。
「聖女様、どうか我々をお救いください」
眉間のしわまで芸術的な美しさを持つオジサマだな~となどと観察しながら、あたしは「いいよ」って快諾した。
イヤって言ったって、あたしの聖女ポジションは変わらないだろうから、抵抗するエネルギーが無駄だもの。
それに、まぁ、来ちゃったものは仕方ない。他にやる事もないからね。
なんてことを考えていたら、渋い王様自らが救護室にあたしを案内してくれた。
なんでも、各地に瘴気だまりができて、そこから生まれる魔物退治でたくさんの騎士さんたちがケガをしたらしい。
ケガそのものは治癒魔法とやらで治せたらしいけど、一度傷ついた身体には瘴気が残って、今も苦しんでるんだって。
瘴気を浄化できるのが聖女だけだから、無理を承知であたしを召喚したんだって。
へぇ、そうですか。ぐらいしか言えないよ、ピンとこないから。
説明されても、まぁ、ぶっちゃけわかんない。
ただ、あたしにしかできない事があるんだってのはわかった。
そして、王様が深刻な表情で目の下にクマができている訳もすぐに判明した。
連れていかれた大きな治療室の中に、王様によく似た若い男の人もいたから、顔を見ただけで息子だってわかった。
王様の息子って事は王子様だよね。
「皆、優秀な我が国の騎士たちなのだ」
へぇ、息子を特別扱いしないんだ。
あ、王子様の頭をちょっとだけ撫でた。
しんみりした顔で「重篤な者から浄化を頼む」って王様が言うから、あたしはちょっと感心した。
こういうときに権力者って、えらそうに王子様を優先しろって言い出すと思ってた。
全員が同じ部屋にいて、同じようなベッドで、真っ黒な靄みたいなものに侵されながら、眠ったままうなされていた。
目覚める時間が日に日に短くなって、もうすぐ目覚めなくなるだろうってお医者さんが教えてくれた。
やってやろうじゃない! と気合を入れたけど、浄化の仕方がわからない。
魔法も使ったことがないので「ねぇ、どうやるの?」って聞くと、誰も知らなかった。
そうだよね、他に出来る人がいないから、異世界召喚で呼ばれたんだった。
う~ん、と頭をひねったところで、弟が万能扱いしていた魔法の言葉を思い出した。
「ステータスオープン! ついでに鑑定!」
ダメもとで言ってみただけなのに、透明なボードがブゥゥンと目の前に現れた。
王様たちはポカーンとしているから、あたしにしか見えないんだろうな。
ちょっと恥ずかしいわ~と思いながら王子様にボードを合わせると、なんと『300グラム』と表示が出た。
300グラムって何?
いや、なにかの重さなのはわかるけどさ。
むぅ~んと唸ってしまったあたしは悪くないと思う。
でも、気を取り直してボードで「浄化の方法」を探そうとしたら、検索欄が出てきてちゃんと調べる事が出来た。
透明なスマホみたいで便利だ。
「浄化って初めてだから、お試ししたいんだけど、誰がいい?」
ストレートに尋ね過ぎたのか、見守ってくれていたイケオジ集団たちが引いた。
それでも最高権力者の王様が、ちょっぴり口元を引きつらせながら王子を指名した。
ペーペーの騎士さんたちでお試しせずに、息子での実験を許可するのだから、王様はいい人だね!
あたしは説明書通りに王子様に手をかざし「浄化!」って言ってみた。
ピカーっと光るような演出はなく、その一瞬で黒っぽい靄だった瘴気が消えた。
偉業なのに、地味だ。本当に、地味すぎる。
普通の人に黒い靄は見えなかったのか、周りに控えていた聖職者っぽい人たちがわっと歓声を上げながら説明して、王様や王様の従者みたいな人たちもぱぁっと笑顔になった。
すっかり普通の顔色に戻ってすやすや眠っている王子様の様子に気をよくしたあたしは、調子に乗って寝ている騎士さんたちも浄化する。
軽い軽い、ちょちょいのちょいで浄化できてしまった。
「ねぇ、軽いケガをしただけでも、瘴気って奴が体に残って困ってる人がいるんじゃない?」
おぉぉー! という歓声を受けながら、討伐に出て怪我の治療は終わったけれど瘴気に侵された軽度の騎士さんたちの所にも出張っていった。
任せなさい、今のあたしはヤル気なのである。
それにしても、瘴気がまとわりついた腕や足はうまく動かないと言いながらも、キンキンと派手な音を立てて剣を振り回してるんだから、騎士って元気だな。
鑑定を一人一人に試してみたけど、動ける人は『30グラム』ぐらいで、ちょっと症状が重い人は『100グラム』ぐらいだった。
これはもしかして身体に残っている瘴気の量? と閃いたけど、まったくもって違いました。
ええ、魔法を使った対価を払うのは、使用者本人に決まってるよね。
「せ、聖女様。そのお身体は―?!」
イケオジたちの驚愕の叫びに、自分の体を見たら、あらビックリ!
なんと、もちもちぽっちゃりの我儘すぎるBMI40間近だったはずのあたしの身体が、シュシュッとスリムなモデル体型になっていたのだ!
え? 鑑定で出てきたグラム数って、浄化にかかる対価交換で消費されるあたしの体重だったの?
重篤で瀕死だった王子様の命の重さって、あたしの体重300グラムと同じなの?
重いんだか、軽いんだか、ちっともわかんないけどさ。
強制ダイエットじゃん! と思ったものの、生まれてこの方ぽっちゃり街道を歩み続けてきたあたしなのに、いまだかつてないスリムさで身体が軽い。
今、ちょうどいい感じかもしれない。
だけど、すぐにゾッとする。
瘴気溜まりっていつの間にか出てきて、瘴気も魔物も消える事がないみたい。
つまり、この世界では浄化作業がエンドレス。
そんなの、あたしの身体の方が骸骨状態になって、先に消えちゃうよ!
と、いうことで、今に至る。
ガリガリになりたくない一心で検索したのだ。
そして浄化の対価を、体重消失からカロリー消費に変更できたのである。
いやもう、本当に危ない所だった。
強制ダイエットで死が迫るって、摂食障害以外でも起こるものなんだね。
怖いよ、異世界。
幸い、あたしと一緒に転移してきた荷物の中に、あたしの世界の料理本が山ほど詰まっているから、食の好みは伝えやすかった。
図書館にはごめんなさいだけど、異世界に来ちゃったから本は返せないもんね。
王城で暮らすことになったから、王宮料理人さんたちの腕の確かさを毎日確かめている。
幸い、味覚が似ていたのか、王様も王子様たちも、同じ食事を楽しむことができている。
最高だね、美味しいご飯は!
そして、あたしは世界を救うため。
魅惑のむっちりボディはまだスリムなままで我儘だったポヨポヨ感を取り戻せていないから、今日もたくさん食べて食べて食べ続けるのだ。
さぁ、今日も世界を救うために頑張るぞー!
むっちりは世界を救う 真朱マロ @masyu-maro
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