喧嘩

 —2日? それとも3日? 分からないけど、ガガザ領を抜けてからもうかなり南の方へと歩いた。だけど、やはり大きな山の中である事に変わりは無かった。


方位磁針コンパスは正常か?」

「間違いなく正常だよ。疲れてない、ガァル?」

「私は問題ない。お前こそ、少しは休んだらどうだ」

「考えとくね」

「遠慮なく言え」

「うん、ありがと」


 ガァルとは奴隷になってから暫くして会ったんだけど、何故だか随分と信頼されている気がする。私の方が彼女に頼ってばかりではいるんだけど…。


「よしよし。大丈夫だよ」

「うぅ…父ちゃん…」


 ミュナの膝の上には高熱のウェンが魘されながら眠っていた。無理も無い事だ、ウェンからすれば手に入れた自由が空気みたいに虚しいものだったんだから。イェルも少ない口数が更に減った。


「ミュナの様子に変化は?」

「全然。怖いくらいいつも通りだよ」


 ミュナはいつも通り優しくて他人の心配ばかりをしている。食べれそうな物が手に入っても自分より先に皆に分けてしまう。


「現状魔法が使えるのは彼女だけだ。無理にでも食わせて休ませなければ」

「うん」

「…2人の変化も何とかしなくてはな」

「うん」


 冷静なガァルが羨ましい気がした。決闘都市に向かおうと言い出したものの、確かに名前以外分からない場所を死ぬかもしれないリスクまで負って目指すのは変な事なのかも。こう見えて私ももういっぱいいっぱいなんだ。


「…間違ってないよね? 私」

「分からない」


 ガァルの回答は期待していた答えでは無かった。


「それは血闘都市についてみなければ」

「! そうだね。…ありがとう」

「気にするな」



 それからまた暫く。


「ガガザは死んだのかな…?」

「恐らくそうだろう。少なくとも、酷い手傷は負ったはずだ」

「なんで分かるの??」


 小川を伝って歩きながら、イェルは気を紛らわせるためかガァルにやたら話し掛けてた。ガァルはイェルが登りやすいように手を貸す。


「ガガザは奴隷が逃げた時のために追跡専門の傭兵を雇っている。それと領地内で対峙しなかったという事は、雇用主クライアントが死んで仕事する必要がなくなった。またはガガザは生きているが傭兵は死んだかだ」

「ふーん」

「そしてガガザは私たちを気に入っていた。傭兵が死のうが私兵を出し領内に検問所や追跡部隊を出す。その対応が出来ない程、疲弊消耗していたようだがな」

「ふ〜ん」

「どちらにせよ暫く奴と見える事は無い」

「ガァル! このキノコって食べれるかな?」

「…見せてみろ」


 …よく怒らないなって少し感心した。やっぱりガァルは大人びているし、大人達よりよっぽどよく出来た人だと痛感する。


「 」

「! 皆止まって」

「…何か建物があるみたい」


 先頭のミュナがどうやら建物を見つけたようだ! 安心してしまった心を無理矢理緊張させる。まだ分からないんだから。


「狩猟小屋か?」

「…ううん。もっと大きいよ。それに…人間が…10人以上はいる」

「妙だな」

「妙って、何が?」


 ガァルは深く考え込んでいるようだ。そんなに不自然な事には思えないけど。


「この地帯は…ミュナ、その人間達はどんな服装をしている?」

「服装? 見てみるね」


 ミュナの蒼い目が一段と綺麗に光る。透視魔法に更に集中して人間達の様子を調べているからだ。


「…皆バラバラの服を着てるみたい」

「サーカス団って言う人達だよきっと! 面白い人ばかりなんだって」

「あぁ、きっとそうだな。鎧をつけている者はいないか」


 興奮するイェルを宥めながらガァルは更に疑いを深めていくみたいに目を細めた。


「…いないみたい」

「…迂回しよう」

「俺は反対だ…!」


 背中のウェンが首を上げてか細い声で叫んだ。イェルも釣られて勢いづく。


「私も! きっと訳を話したら助けてくれるよ! 外の世界には良い人間も悪い人間と同じくらいいるって! ママもそう言ってたんだから! ね、行こうよ?」


 イェルは真っ直ぐな瞳で私を射抜いて、早く行こうと手をグイグイ引っ張る。その手を引き離したのは意外な事にミュナだった。ミュナは私から引き離した手を両手で包んで優しい顔で説得する。


「ガァルの言う通りにした方がいいと思うの、イェル。あそこの人達は何て言うのかな…凄くチグハグ・・・・で変な感じがするの」

「サーカス団の人だから当たり前だよ! 色んな種族の色んな人がいるんだから!! 大丈夫。きっと上手くいくんだから♪」

「ううん。あそこには人間しか…」

「大丈夫だって!!」

「…ウェン?」

「いざとなればお前の魔法で殺せるし。食い物や寝床…生きるのに必要な物が手に入るんだぞ?」


 確かにウェンの言う通りではある。人間はそのほとんどが魔法を使えないし、魔法の使えるミュナにはどう転んでも勝てない。ある程度大きい建物みたいだし、生活に必要な物も揃っているのは間違いないと思う。


「…そんな事に、あまり使いたくはないな」


 珍しくミュナの声音は低く、いつもの明るい調子から想像出来ない程暗かった。そんなミュナに苛ついたのか、ウェンは私から飛び降りてめっいぱい胸倉を掴み上げた。


「状況分かってんのか!? 俺たちみたいな奴隷に選択してる余裕なんかねーんだよ!! 奪わなきゃ死ぬだけだ!! こんな知りもしない殺風景な森で!!」

「そんな風にしないと生きられないなら、私死んでもいい」

「何だと! このヤロウ!!」

「ウェン!」


 拳を振り上げたウェンに飛び掛かろうとするも、沈黙を貫いていたガァルが先にその手を掴んだ。


「離せよ!!」

「離すのはお前だ。早くしろ」

「うぁぁぁ…」


 ガァルは異様に力が強く、彼女の拳が握り込まれるほどウェンの骨からは軋むような音が響いた。ウェンは渋々ミュナの胸倉を離した。


「ミュナ!」

「大丈夫。ウェン、腕見せて」

「うぅ…クソッ」


 ミュナは優しいな…どころではない。話が纏まらないし、むしろ散らかる! 仲間同士で喧嘩していられる状況じゃないのに。


「よし…行こう」

「正気か?」

「ちゃんと確認してからね」

「…確認って何だよ?」

「考えがあるの」


——


「………」


 ——沈黙。只々沈黙だけが続く。大の大人が様々集まって、それでも。俺にはどうにも気まずくて耐えられない環境だ。隣の肌の黒い兄さんは少しは口を動かす気分に見える。


「なあ兄さん」

「…何だよおっさん」

「何処の国から来たんだ? 俺あ地図にも乗ってねえ島国から、ちょいとね」


 俺の祖国って奴はここ左大陸のずーーーと右下の方にあるとかで、こっちじゃなんて名前で呼ばれてるかすら分からない。


「何だそりゃ。つまらないジョークだな…俺はガストニアからだ。出稼ぎに来てみたらこの様ってわけ」

「へへへ、お互い欲をかいてトンだ墓穴だな」


 向こうの大陸には黄金の山があるなんて甘言に騙されてみりゃ地獄の底もいいところ。閻魔様だってこんな地獄ぁごめんだろうさ!


「…ウイス、キー? 聞かん名前の酒だ」

「何でも密造酒なんだとよ。ま、これを飲むゃ黒疽なんかイチコロって話らしいからな」

「ハッハッハ! 酒で死神病が治るかよ」


 俺は少し注いだカップを兄さんに渡してコツンとカンパイした。…喉をあったけぇ樽の香りが駆け抜けて、鼻からふっと抜ける。兄さんはこの感覚が初めてだったらしく軽く咽せた。


「エッホエッホ…イイ酒だなこりゃ!」

「そうだろ?」

「穢らわしい…黒肌」


 誰かの忌まわしそうな声が聞こえた。兄さんは心底不思議そうに答えた。


「穢らわしいのは白肌の方だろ? 入っちゃ行けないところに入ったり持ち出しちゃいけないもん持ち出したり…それで勝手に騒いで病気をばら撒いて!」

「なんだと!? …」

「全員黙れ。喋っていると黒疽を引き寄せる、静かにしていろ」

「「「………」」」


 嫌いなんだよな〜こういう空気。黒疽病なんかはもっと嫌いだがね。


「あの…」


 正面のドアからノックの音と小さい女の子の声が聞こえた気がした。こんな辺鄙な山奥にいるはずもないし、聞き違えだと思ったが部屋の空気が殺気だっている。どうやら本物の女の子だ。なんでこんなところに…まさか感染者か!?


「お水を頂けませんか?」

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奴隷エルフの剣士・レェナ 溶くアメンドウ @47amygdala

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