「・・・それで成果の方は?」
「成果、ね」
これは実に難しい話であった。
情報戦という見地から見れば「成果十分」と
言える程に実りある結果であったワケだし、
実戦という見地から見れば「成果絶無」の
這々の態であったわけで…。
畢竟として、成果の定義が曖昧であればこそ
今回の『成果』という奴は
「イエスでもノーでもある」という事になる。
だが、そういう僕の全能な優柔不断さを
テンガロンハットの奇抜なバニーガールは
見逃してはくれない。
「いや、分かるけど」
「分かるのか?」
「は? 分かるわけないでしょ」
「人格に致命的な問題があります」
バニーガールはマイルドセブン(昨今はそうは呼ばないのだと品出しの川田くんが確か言っていた)の灰を陶器のブタさんに落として紫煙を舌で押し出した。さながら、僕の六畳間は場末の商店街の胡乱な占いテントの態様である。
「成果無しだ」
「なんて言い草だ」
なんて言い草でハイカラなこのテンガロンハットのバニーガールについて補足しておくと、我が大いなる人生の師(彼の中から勝手に面白そうな事やらを学んでいるだけの話)の姪っ子のメイさんであらせられる。華の女子大生がどうして兼業無職の僕の六畳間でバニースーツに身を包みテンガロンハットを被っているのか? ———ちなみにテンガロンハットの上を切り抜いてちゃんとウサ耳も露出させてある———一重に、メイさんの趣味なのである。
「いくら治安が終わっているとはいえ、メイさんみ
たいな別嬪さんがボロアパートのベランダで胸丸
出しで一服してたら僕がデリヘル嬢にセクハラし
てるみたいな噂がそこら中に広まってしまうか
な」
「サイテー。
というかセクハラ出来ないデリヘル嬢ってそうゆ
う囃?」
「吟じます」
「やめて」
メイさんはせっせと窓を閉めて冷房の効いた六畳間に戻って来た。バニーガールのフィギュアが幾つか並べてある僕の部屋の中に等身大のバニーガールがいる(おまけにカウガールでもある?)。『ある日帰って来たらバニーガールのフィギュアが俺にだけ優しい美少女に受肉していたんだが!?』みたいなライトノベルを髣髴とさせる景色だ。
「ヘンタイ」
「目を隠してどうするのよ」
恐らくメイさんの一人称視点では僕の卑しい?目線は胸郭…というよりはその上にある立派な北半球を向いていたであろうに、何故か彼女は自分の目を隠しただけであった。普通、胸元を隠すべきなのではなかろうか。
「ヘンタイが私の世界からいなくなった!」
「量子もつれじゃないんだから…」
「文系にマウントが取れてよかったね。メンドウ
君」
メンドウ君とは僕である。
『面倒くさいから』…らしい。
甚だ皆目見当絶無な話だが、客観的に見てそうなのは間違いない事実らしかった。別に構わないですけどね?けどね?
「それで夕飯どうするの?」
そもそも今日はメイさんを西東京まで配送する為に召喚されていたわけだが、忘れ物を回収しに自宅に立ち寄ったところ、何故かちょっと休むかみたいな感じを出されて居座られている。これ以上僕の客観的ヘンタイ力の増長を許さぬ為にも、とっとと送り届けてしまいたい反面、こんな綺麗なバニーガールが僕のパーソナルスペースにあるという状況は決して悪くはなかった。なんだか負けたような心持ち。
「途中にファミレスあるでしょ? ココス?」
「1号線だから、多分デニーズかな」
「年下の女の子の揚げ足を取るのが趣味なんだ」
「泣くまでやっちゃうよー」
「えええん」
「可愛くない…」
嘘泣きが可愛くない。
「悪かったね、可愛くなくて」
「いや。
むしろメイさんは格好いいの人だから」
「それはそう」
「自分で言うんだ」
「いいじゃん別に」
「否定してるわけじゃないけど自分で言うんだ
と思って」
「思ったことが口に出ちゃうなんて
いい性格だね。メンドウ君」
「そうかな」
「…」
「コイツ皮肉って言葉を学ばないで生きて来たのか? いい年して」みたいな渋い表情をしてから、メイさんはまた、テックウェアだというベルトのイカついパンツと、それから兵隊さんが来ていそうなクールな黒のジャケットを羽織ってとっとと玄関の方へ抜けていってしまう。…皮肉なんて概念を知らない方が人として善良だと思うし、皮肉を使わない方が人としてよく出来てるとも思うんだよな。
——
…何と言ったか。ウィッグ…マツエク…ディルド…違う…。
「それなんだっけ、それ」
時折人間の言語域…だけに限定される事でもないけれど、人の知能は極端に低下する瞬間があると思う。
「ハンバーグ」
「そっちじゃなくて」
「ガルニチュール」
「フランス語でもなくて」
というよりイタリアンにフレンチの概念を持って来るのは反則技みたいな趣を感じずにはいられない。
「フォーク」
「違う違う」
「オタク君ってすぐ否定から入るよね」
「事実違うんだもん」
「何なの?」
「それなんだよそれ」
フサフサのつけ毛だ、オレンジの。
工業製品なんかにも似た響の奴があるんだ。
でも出てこないんだ。
「あっ、わかった」
「わかったくれた?」
「はい、アーン」
「…美味しい」
「500円ね」
「利益率えぐそう」
「もうイイ?」
「待って、分かった」
上体を起こしてメイさんのつけ毛に手を伸ばすも…何故だかメイさんが顔を上げたのでほっぺにお手手が不時着してしまった。
「『欲しいのはお前の唇だぜ』…みたいな話?」
「違うまふ」
噛んだ。
「違います」
「欲しくないんだ」
えぇ…。
「まあ…欲しくない…わけではない、か」
「じゃあ欲しいんじゃん」
「それは…ベッケンバウアーなんだよね」
「べ…何語?」
ギャル語…ギャル語じゃないかな?
別件・J・バウアー。
「これの名前、なんだっけ」
「エクステ」
「それだ」
席に戻る。そう、エクステ!
エクステンション、拡張、継ぎ足し。
「綺麗だねって言おうとしたら名前出なくて」
「メイですけど」
「そうじゃないんだよね」
そうじゃ、そうじゃなあい。
「綺麗じゃない?」
「違う」
「ちゃんと言って?」
「…き、beatiful…」
「はぁ…」
僕とメイさんは別に男女交際している仲とかではない。というか住む世界が全然違う。たまたま好きなマンガが結構被っただけの、青春を捧げたゲームが同じだっただけの…友人?…そう、仲間だ。
プレートの上を全部平らげたメイさんは食後のコーヒーを啜りながらこう言った。
「次は何企ててるの?」
「数でダメなら質かな、と」
「そっ」
メイさんはラブコメのメインヒロインみたく
ステップしたかと思うと立ち止まって、此方に顔だけを覗かせてこう言った。
「頑張ったらご褒美にご飯奢らせてあげる」
清々しい、図々しい笑顔だった。
「それは…少しは頑張らないとかな」
意外と気に入っているのだ、メイさんと2人きりで話す時間という奴を。やれやれ…と伝票を確認する。
Oh…
シフト増やさんとかもなあ……。