「筆を折れ?」
「休めると折るは同義語なんだっけ?」
「質問に質問を返さないで欲しいんだけど」
「これは解答の前に質問しているだけです!アンサーをさぁ、あんさん」
「同義語ではない」
「じゃーそうは言ってないよー」
親友の姉さん(双子なので同い年)の…カホさんとでもしておこう。彼女の能天気さは成人してからも相変わらずだった。不思議と苛立ちを感じた事はない。
「コーちゃんさ(僕の渾名だ。シンプルすぎて退屈すぎる)、最近何でもかんでも焦ってるじゃん?」
「焦ってるつもりはない」
「つもりがなくても、周りにそう見えてるって事は焦ってる証拠なのさ」
「ふむふむ」
「なんでそんな他人事みたいな反応?」
「何を言われようと僕の考えは変わらないから」
「おーいキャッチボールしよー、言葉の」
「してるが…」
「ドゥクシ」
頭の下にはカホさんの大腿、上には手。僕は完全に包囲されていた。
「何?」
「君はさー、出会った時からいつも必死だよね。何がそうさせるのかな?」
必死? 学校でもバイト先でもマイペースとしか言われたことがない。暗闇の中で反芻される思い出たちはやはり、覚えがないと最終判決を下す。
「しっー」
「…」
「減らず口が帰ってくるだけだから聞くのに没頭してて下さい!」
「分かったよ」
「しっー」
「(相変わらず面倒だな、こういうところ)」
カホさんの変わったところと言えば化粧をしているところと胸が大きくなった事くらいではなかろうか? 中学生の頃のカホさんは「しっかりした女の子」と言った教育現場における模範的シンボルだったが、翻って今は「奔放な女性」に入れ替わっている。…勿論異性関係について言及しているわけではない、断じて。
「どうして何かを作ろうとするの?」
作る…という程大袈裟な事をしでかしているわけではない。日常の中の閃きや発見を留めておきたいだけなのだ。
「どうして面白くしようとするの?」
それは当然、『面白いものは面白いから』に他ならない。面白いものが嫌いな知的生命体はいないと、ちっぽけな太陽系銀河の中の埃である僕は確信している。
「どうして人に甘えようとしないの?」
…………? これに関してはよく分からないな。カホさん流の「もっと構って〜〜〜!!」というサイン…なのか? 謂わゆる『かまちょ』なのだ、大人びて見えるくせに。弟の方にもっとそれが向けば僕は助かるのだが。
「…大体わかったよ、コーちゃんの胸の内」
「心霊番組の霊能者?」
「ちょっと! 怖い話禁止!!!」
「はいはい」
「生返事しない!」
「ハーイ」
「伸ばさない!」
「 」
「返事しろや!!」
「眠い…このまま寝ていい?」
「自由人か」
カホさんに背を向ける形で寝返りを打つ。女性ながら彼女の体温は低い。
「…太ももを触っているな?」
「あぁ、ごめん」
「別にいいよ、コーちゃんだし。裸だって見せ合ってるんだから」
「小さい頃と今じゃ違うでしょ」
互いに体つきも考えも変わった。僕はより男性的に、カホさんはより女性的に。無垢な少年少女がお泊まり会で見せる裸と、成人した男女が見せる裸の意味合いはまるで別宇宙だ。
「え? なにー? …もしかして私でエッチな事考えられちゃう感じ?」
「さあね」
その猶予がまだあったのは中学生のカホさんの姿で止まったままの時だ。もっと女体特有のしなやかさが露出している方が、僕は圧倒的に好みだ。つまり、そう言う事なのだ。
「私はあるよ?」
「は??????????」
「…ざんねーん♪ 冗談でーす」
「おやすみ」
「人の膝枕を使っておいて無礼だねー、コーちゃん」
そーですかとは言ってやらない。
「…人生長いんだから、もっとゆっくり楽しみなよ」
カホさんは秒針の音に合わせて僕の頭をワシャワシャと優しく撫でた。暫くはこの感触について考えながら休むとする。