矢島
最終話 理解
「……はい、はい。家が燃えてしまって、はい。すぐ来てください」
消防に連絡する頃には、僕がじいちゃんと住んでいた家は既に炎に包まれていた。
中にいる三人……じいちゃんも
僕がじいちゃんのためにバイト三昧の日々を送っていたのはウソじゃない。でもそれは、じいちゃんが好きだったからじゃない。むしろじいちゃんとの仲は最悪だった。じいちゃんからしたら、勘当同然だった息子が残した孫を真っ当に世話する気なんてさらさらなかっただろうし、じいちゃんが僕にかけた言葉は罵倒しかなかった。
『俺はジジイなんだから、若いおめえがちゃんと働いて俺に尽くすのが当然だろうが』
だけど外面だけはよかったじいちゃんには、多くの味方がいた。両親が僕に遺した保険金を使い込んで、僕には洋服ひとつ買うお金も渡さないなんて誰も信じなかった。それどころか、『育ててもらって恩知らずなことを言うな』と罵倒する人すらいた。
だから僕は、自分の境遇を理解してもらおうなんて考えは早々に捨てた。
代わりにこのクソみたいな環境からどうやって脱出するかをいつも考えていた。じいちゃんをどうやって消してしまうかをいつも考えていた。
そんな時だ、たまたま夜の街で犯罪に巻き込まれそうになっていたクラスメイトに声をかけたのは。
あの日、引田くんに出会ったのは本当に偶然だった。バイト帰りに知ってる顔を見かけたから声をかけただけだし、彼が良からぬことに巻き込まれそうになってるのを助けたというのも、結果的にそうなっただけだ。
だけど引田くんは、それだけで僕に依存した。それどころか僕の境遇を知った途端に、家庭にも学校にも居場所がない自分の境遇に当てはめて勝手に同情し始めた。僕のことを心配してくれることにが嬉しくなかったわけじゃない。だけど僕はそれ以上に、彼への嫌悪感が強かった。
僕のことを勝手に理解した気になって、実際とはまるで違う善人の僕を勝手に作り上げ、それを理由に暴力に訴える彼が心底ウザかった。
自分だけが僕を理解しているというクソみたいな優越感が気持ち悪かった。
だけど、そんな彼も僕がじいちゃんから解放されるために利用するには都合が良かったし、もう一人、利用するのにうってつけの人間がいた。
そう、僕を『理解できない』と見下して自分の地位を保っているつもりの灰崎くんだ。
本人は気づいていなかったかもしれないが、男女問わず陰で灰崎くんを嫌ってるクラスメイトは多かった。そりゃそうだろう。たまたまクラスで人気の高い井口くんと仲良かったから表立って嫌われてなかったけど、脂っぽいニキビ面のメガネが『理解できない』と連呼して周りを見下しているのを好きになるはずがない。
まあ、彼からしたら僕のことを『理解できない』と見下すことしか自分を守る術がなかったんだろう。哀れなヤツ。
だから灰崎くんのことも利用することにした。なにせ彼の行動パターンは誰よりもわかりやすい。学食の時もそうだった。
『僕と灰崎くんって割と似てる要素あるのかもね』
自分が見下している相手に親しくされたくないという幼稚なプライドをくすぐってやれば、彼は勝手に暴走するとわかっていた。
でも、そんなことはもうどうだっていい。灰崎くんと引田くん、それにじいちゃんが僕とどんな関係だったかなんて誰も理解できないだろうし、そんなに興味もないんだろう。
それでいい。僕だって周りの人間を全部理解することなんてできっこないし、周りも僕のことを見下したり同情したりすることはあっても、理解することは永遠にない。
理解できないなら、そのままでいればいい。
だから……
「『理解できない』と利用するためにわざわざ近寄ってくるなよ」
耳に届いた自分の声は、微かに震えていた。
理解できない 完
理解できない さらす @umbrellabike
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