第11話 全焼
しばらくして、教師に見つかった俺はまたも生徒指導室に連れていかれることとなった。だが、今度は単独だ。
「
呆れたようにこちらを見下す教師を睨み返さずにはいられなかった。頭で考えろだと? 考えるまでもなく
「まあ、確かに灰崎が持ってたのは矢島の金だったわけだし、お前は灰崎の窃盗を阻止したという形にはなるな」
「……じゃあそれで問題ないでしょうが」
「だからと言って、殴るのはやりすぎだろ。注意して先生を呼べば解決したはずだ」
「呼んでる間に灰崎に逃げられたらどうすんすか?」
「もっとやりようがあるだろうが!」
なんでここまで怒られなきゃならない? 俺は灰崎の卑怯な行いを止めたんだぞ? むしろ賞賛されるべきだろうが。
それとも、金を盗まれそうだったのが矢島だからか? この教師が矢島のことを個人的に嫌ってるから、ここまで突っかかってきてるんじゃないのか?
そこまで考えたら、また俺の中で怒りが渦巻いてきた。
「やりようって何すか? 俺が殴らなきゃ、矢島は金を盗まれるところだったんですよ? つーか灰崎は退学になるんすよね? 人の金盗んだんだから、警察に捕まってブタ箱送りなんすよね?」
「それは俺の口からはなんとも言えない。どちらにしろ、今回のお前はやり過ぎた。停学にはしないが、自宅謹慎してろ」
「はあ!? 灰崎はお咎めなしかよ!?」
「だからまだ何も言えない! そうやって怒ることでしか自分の意見を出せないのはお前の悪い癖だぞ!」
クソが。結局は教師も矢島のことを何も知らねえ。アイツがどんな思いで働いてあの金を作ったと思ってるんだ。灰崎みたいな周りを見下して歩み寄ろうともしないカスが手にしていい金じゃねえんだぞ。
矢島を守れるのは俺だけだ。俺がなんとかしてアイツを守ってやらないとならない。
数時間後、教師から解放された俺に矢島から電話がかかってきた。
「矢島、大丈夫か?」
『こっちは無事に払い込みも終えたけど……引田くんこそ大丈夫なの?』
「謹慎にはなったが大丈夫だ。それより灰崎のことどうする? 二度とお前の前に現れないようにシメておくか?」
『あー……うん、それなんだけど……あれ、灰崎くん? なんでウチに?』
「なに!?」
『え、あ、ちょっと、た、助けて!』
「おい! 大丈夫か矢島!?」
俺の問いかけもむなしく、電話は切れてしまった。
まずい。灰崎の野郎、逆恨みして矢島を襲ってやがるんだ。さっきの電話で矢島は家にいると言った。急いで向かわないと危ない。
矢島の家の場所は聞いてる。学校からそう離れてない一軒家だ。走れば十分以内でたどり着ける。
間に合ってくれ……!!
全速力で走り、ものの五分程度で矢島の家に着いた。外から見ても何かおかしな様子はないが、中で何か起こってるかもしれない。
「矢島!」
玄関の引き戸を開けて中に入る。薄暗かったが、何か声は聞こえた。
「……お前に……わけ……だろうが……」
間違いない、今の声は灰崎だ。しかも怒鳴ってやがる。もう迷ってる暇はない。
何か武器になるものはないかと探すと、下駄箱の上に工具箱があった。中からハンマーを取り出す。
俺が居間の扉を開け放つと、灰崎はまさに矢島に掴みかかろうとしていた。
「てめえ、ふざけ……!」
だから俺は、矢島を見下し続けたクソ野郎の頭に、全力でハンマーを振り下ろしてやった。
「ぐべっ」
灰崎は変な悲鳴を上げて床に倒れ、そのまま身体をピクピクと痙攣させていた。クソが、ふざけてんのはテメエだろうが。
「大丈夫か矢島!?」
「う、うん、大丈夫だよ」
見たところ、矢島には傷ひとつない。よかった、助けられたか……
というか、この部屋妙に暑いな。ストーブでも焚いてるのか? いや、そんなことよりまずは矢島を落ち着かせるのが先だ。
「灰崎の野郎、お前を殺そうとしてたんだな。でももう大丈夫だ。これでお前も安心して学校に通えるぞ」
「うーん、そのことなんだけどね」
矢島は俺に笑いかけたかと思うと、
「……え?」
俺の腹に包丁を突きさしていた。
「え、あ、え……? やじま……」
「僕さ、もうあの学校に戻るつもりないんだよね」
「あ、な、なん、で……?」
声を出そうとしても上手く出ない。いや、それどころか力が入らず立っていられない。
「なんでって、ねえ? 僕は灰崎くんと仲直りしようと自宅で二人きりで話してたのに、そこに引田くんが乱入して灰崎くんを殴っちゃったわけだよ」
「は、え……?」
「それで暴れる引田くんをどうにか止めようと、僕はとっさに包丁を取り出して説得しようとしたら、君の腹に刺さっちゃったわけだ」
何を言ってる? 矢島は何を言ってる?
「しかもね、君と取っ組み合ってるうちに、“たまたま”石油ストーブを倒しちゃった」
そう言いながら、矢島は隅にあった石油ストーブを蹴り飛ばして倒す。するとストーブの火は傍にあった布団に燃え移っていく。
「ああ、ああ、古いストーブだから安全装置が上手く働かなかったなあ。これでこの家も全焼しちゃうね、早く逃げないと」
「あ、ま、やじ、ま……」
「ああ、でも隣の部屋で寝てるじいちゃんを助ける暇はないかなあ。まあ仕方ないよね。緊急事態だもん」
「ま、まって……」
涙を浮かべて助けを乞うが、矢島は俺に背を向ける。
「うん、じゃあね引田くん。君の考えなしにすぐ暴力に訴えるところ、大嫌いだったよ」
笑いながら俺に別れを告げて家を出て行く矢島を見て、俺はようやく悟る。
ああそうだ。俺は利用されたんだ。結局は俺も矢島を理解してなかった。アイツが俺を嫌ってるなんて考えもしなかった。
振り返ってみれば、俺はアイツの事情は理解していても、アイツがどういう人間なのかは理解していなかった。勝手にじいさんのために働く可哀想なヤツだと決めつけ、俺だけがアイツを助けられると思い上がっていた。
ああ、ちくしょう。やっぱりそうだ、俺は予想通りロクな死に方をしなかった。考えなしに誰も彼も殴った結果、最期は自分が殴られて燃え尽きるんだ。
どんなに後悔しても、俺の周りには炎が広がっていく。全て焼けてしまえば、俺と矢島の間に何があったのかなんて……
誰も、理解できないだろう。
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